第百二話 目的地到着
イオリア島の港からは、刀一郎達より一足先にロメル軍の船が出向していった。
言わずもがな、バイロンの指示によるものだ。
はるか遠い国からやってきた礼儀知らずの無作法と無礼、そして野蛮さを本国に伝える為である。
あの騒ぎの後、青井を中心とした皇国側との話し合いがもたれたが、激昂したバイロンの怒りは収まる事無く寧ろ悪化した。
元凶を連れて来たとしてアレクシア達にも構わず怒鳴り散らし、刀一郎達を何度も指差しその命を捧げる事を求めた。
そんな怒りを向けられた当の本人、次良はと言えば、
「うん?先に無礼を働いたのはそっちだ。それを詫びることなく、俺に死ねと…?」
目視出来そうなほどの殺気を次良が纏うと、バイロンは部下の後ろに隠れて何も言えなくなっていた。
次良ほどの者が纏う殺気は、たとえ武人でなくとも感じることが出来る程濃密である。
クライヴも何とか場を治めようとするのだが、次良に一睨みされただけで動く事すら出来なくなった。
そんな、まるで空気が文字通り重くなったと錯覚するほどの空間で口を開いたのは伊吹だった。
「ま、まあまあ惣万殿、ここは穏便に行きましょう。話せば分かる、とは言いませんが、取り敢えず最初から喧嘩腰では何も進みません。」
次良は熱くなっている様に見えて、狙い通りの流れを作る為に行動している。
目の前の男が気位だけは高い傲慢な男だと見越した上で、本国での小競り合いに発展するよう仕向けているのだ。
そして当然の様にバイロンの指示を受けて、一人の衛兵が外に駆け出して行った。
それを確認した次良は、もうここでする事は無いと言わんばかりに、大人しく背を向け領主の部屋を後にする。
バイロンはその態度を見て更に激昂したか、日が暮れてもなお屋敷からは怒声が響いていたという。
▽▽
翌日、追い出される様にして皇国一行は港を出港した。
一先ずこの場でロメル軍の軍船に追い回され無かった事に安堵した後、青井はこれからどうするべきか思案に暮れる。
このままロメル本国へ向かってもいいものか。
戻るにしても、皇国まで行きつけるほどの食料はないのでどこかで補給する必要があるのだが、今の状況で寄港所を問題無く使わせてもらえるとも思えなかった。
そんなどんよりとした空気が漂う船長室には、青井と次良が向き合っている。
「惣万さん、何故こんな事を…」
彼らが最初から友好目的で来た訳ではない事は青井とて知っている。
だが、その上で何とか交渉して良い形に持っていくのが外交だと思っていたのだ。
そんな青井にしてみれば、次良の行動はあまりに短絡的に映った。
「遅かれ早かれだ。あいつらは最初から皇国を属領にするつもりだ。言っておくが、話し合いなど期待するだけ無駄だぞ?だったら今、本国を奴等に攻められる心配のない今、格付けを済ませておくべきだ。」
「格付け?…まさか、ロメル本国を落とすと?」
「流石に落とすってのは無理だがな、統治者に恐れを植え付けることは出来るさ。」
「しかし……」
「知っているか?奴等はガラリアと手を結ぶ可能性が高い。そうなってからでは手遅れだ。」
事はもう起こってしまったのだ。
時間を巻き戻すこと等出来ない以上、今出来ることを決断しなければならない。
幸いと言っては何だが、ロメル王国も今はまだ、ガラリア帝国からの侵略に対し防衛戦力を残しておく必要があるはずであり、遠い皇国に今すぐ大軍を派遣することは出来ないだろう。
青井は様々なことを思案した上で、アレクシア達を船長室へ呼んだ。
「単刀直入にお尋ねします。我々は港へ入港する事は出来ますか?」
普通に考えれば敵と認定されているであろう今の状況、だが、こちらはたった一隻である。
沈める気になれば簡単に出来るであろうが、この機に乗じて使者に無理難題を吹っ掛ける方が得と判断するのではないだろうか。
少なくとも、青井はそう判断した。
問い掛けに対し、ロメルの要人一行は顔を見合わせてからアレクシアが口を開く。
「大丈夫です。私達が先に港へ行き、説得してみます。」
もう殆ど淀むことのない流暢な皇国語でアレクシアは語った。
その瞳は力強く、真っ直ぐに未来を見ているようだ。
それがどんな未来の光景かは分からないが。
話し合いは長く続き、ロメルという国の根幹にある問題なども語られた。
そしてアレクシアは意外な提案を持ち掛ける。
「青井船長、先の展開次第では英断して頂きたい事があります。」
▽▽▽▽
それから九日後、決して良いとは言えない空気の中、反して航海は順調に進みロメル本島南側に位置する玄関口【グランドポート】へと辿り着く。
それは【偉大な】と名付けられるだけあって、その名にふさわしい大きな港町だった。
聞けば、この町だけで人口は五十万を超えるらしく、中心の都ともなれば三百万を数えるという。
一行にしても規模自体は出発前に聞いていたのだが、実際に見ると思っていたよりも大国なのだと実感させられる。
アレクシア達はここまで随伴してきたロメル船籍に乗り換え、青井がしたためた文を手に港へと向かった。
その姿を見送る皇軍の一行には、一様に緊張感が張りつめている、次良以外は。
▽▽▽▽
アレクシア達が港へ渡ってから、早二十日以上は経とうかという頃。
毎日筒を覗き込んでは溜息をつくという行為を繰り返していた船員が、慌てて船長室へと走る。
すると皆が甲板に集まり、少しずつ近づいて来る船に視線を集中させた。
それは白馬が描かれた旗を上部に掲げた、五十メートルほどはあろう大型船。
そして皇海龍の目と鼻の先まで近づき、ゆっくりと反転した。
先導の意味だと解し青井の号令で後に続くと、皇軍の皆は覚悟を胸にせり出した背の高い石造りの桟橋に停泊するのだった。




