第百一話 思惑4
「フアユ~~ッ!?」
刀一郎達と比べれば比較的大柄と呼んで差し支えないだろう男は、大きな机にしがみ付き怯えた声で何かを喚く。
「師匠、これならば自分にも分かります。『お前たちは何者だ?』と言っているようです。」
「ほお、初めて勉強の成果が出たな。」
褒められた刀一郎は得意満面の笑みを浮かべ鼻を鳴らす。
しかし、その後も次々と喚き散らす男の言葉にはさっぱり付いて行けず、肩を落とした。
そして情けない相棒の代わりのつもりか、白姫が口を挟む。
『俺を誰だと思っているんだ。お前たちを処刑?打ち首?まあ、そんな意味の言葉を述べているな。』
「へぇ~、そりゃ怖えな。じゃあ…殺される前にやっちまうか。」
言葉が通じなくとも分かることはある。
次良から洩れる殺気は本物であった。
隣に立つ刀一郎でさえ全身に寒気を覚えるほどに。
そんなものを向けられたバイロン・ビショップは完全に腰が砕け尻餅をついた。
股間部分にはシミすら出来ていた。
丁度その時、階段をバタバタと駆け上がる音が聞こえ、二人が振り返ると、
「あぁ~~っ、遅かったか…。」
項垂れる青井、その後ろでは愉快そうに笑う沖村の姿も見える。
同時にイオリア島の憲兵らしき者達も同時に駆けこんで来ており、怯えながらも意地を見せ次良達の前に立ち塞がった。
足音はまだ聞こえ、後から遅れてやってきたのは伊吹とクライヴ。
そしてアレクシアとアーロンもその後ろから恐る恐る顔を出している。
「惣万さん、刀一郎さんも、釈明を聞かせてもらえますか…?」
青井は言っても無駄だと分かっていながも、自らの立場を放棄するわけにはいかず問い掛ける。
一方問われた二人はと言えば、刀一郎は文字通りあまり深く考えておらず、次良は飄々とした態度で簡単な説明に終始する。
そんな状況の中、声を張り上げたのは、態度も服装も表情も全てが偉そうな男、バイロン・ビショップであった。
どうやら憲兵が盾になったことで強気を取り戻したようだ。
バイロンは問題の二人を指さし唾を飛ばしながら憲兵達に怒鳴り散らしている。
「…アイプレミディットゥッ!!」
『私が許すから早く撃て、と言っている様だぞ?』
『白、本当にそんなことを言っておるのか?庭の惨状を見てまだ勝てると思えるのは只の馬鹿じゃぞ。』
『だから、只の馬鹿なのであろう。』
神々の会話など聞こえていないのだから無理はないが、只の馬鹿と言われた男は戸惑う憲兵に相も変わらず喚き散らしている。
そしてそんな間に割って入ったのはクライヴであった。
その顔色は誰が見ても良いとは感じないだろう。
そして、喚き散らすバイロンを宥めながら切々と何かを語る。
そのやり取りは長く続き、次良が退屈から欠伸をし始めた頃、漸く折り合いを見せたようだ。
落ち着いた頃合いを見計ってか、王族二人も駆け寄り何か話している。
あまり感情を探る事はしない様にしている刀一郎だが、状況が状況なだけに止むを得えず探りを入れると、アレクシアに向ける感情だけ侮蔑が混じっている事を汲み取ることが出来た。
それがどんな経緯から来ているものなのかは分からずとも、それだけでこの男の性根を判断するには充分に思えた。
そしてそんな感情を向けられている事実に恐らく気付いているであろうアレクシアは、二人の前に立ち深々と頭を下げ謝罪を口にする。
「とても失礼なことを兵達、言いました。許してください。」
その顔はいつもの快活な少女のそれではなく、国を背負う者しか持ちえない高潔さが見て取れた。
一方居た堪れなくなったのは問題を起こした二人。
次良にしても考えがあっての行動であったが、この少女がこれほどまでに国を慮る行動を取れるとは予想していなかった。
何故なら、南条からこの少女の背景を多少は聞いていたからだ。
それはとてもロメルという国に忠誠を抱けるような生い立ちではなく、憎んでいるとさえ推測させるものだった。
この予定外の行動の為、次良はこの後取るはずだった行動を中止せざるを得なくなってしまった。
次良の考えというのは、無理矢理にでも畏怖を植え付けること。
簡単に言えば、彼らの制止を振り切り本当にここでバイロンを殺してしまうつもりであったのだ。
そしてロメルの者達に、塩漬けにでもした首をもって本国へ向かわせるつもりだった。
殺すのが領主ただ一人という所にも拘りがある。
こちらがやる気なら、お前(王)をいつでも殺せるという意思表示になるだろう。
本国で同じことをやるとなれば相手にする兵の規模も別物だろうが、次良は問題ないと思っていた。
まあ、それを相手側がどう取るかという問題はあれど、なるようになる、そう思っている。
最初から己を見下して来る相手にどんな言葉を用意しようとも、どんな物を見せようとも無駄なのである。
技術力の高い逸品を見せつけられて態度を改める様な者達は、はなからよく知りもしない存在を見下したりはしないものだ。
それどころか嫉妬に狂い、奪いにさえ来るのではないか。
そんな者達と対等な関係を築くには、結局恐れを抱かせるしかないのである。
つまり、力だ。
図らずもアレクシアの行動は、この先両国の関係にとってあまり良いとは言えない結果を生んでしまった。
恐れを抱かせる程には追い詰める事が出来ず、屈辱と憎しみだけを植え付ける形になってしまったのだから。
だが、次良は同時にこうも考えていた。
もしかしたら、それこそがこの少女の狙いなのではないかと。
自分達と本国が完全に衝突する流れを作り、壊してもらおうとしているのではと。
その様な考えが頭を過るが、まさか咄嗟にそこまでの考えは浮かばないだろうと思い直すと、瞳を潤ませる少女の頭を撫でるのだった。




