第十話 国の未来
「ああそうだ。都留岐、皆さんに直近暮らしていける程度の金子を。」
翌日、皆が目を覚ましたのを確認し、阿斗里から何かを手渡される。
それは大きさ様々な金属板。
一面に【岐】、その裏には【美】という文字が記されていた。
一、そして十と記されているのが赤茶色、百と記されている板が銀色に輝いている。
一行はこれが何か皆目見当もつかず尋ねた。
すると、まさに得意気に口を開いたのは都留岐。
「ふはは、驚いたであろう。我が伊邪那村ではこれを使って物のやり取りを行うのだ。」
その説明を受けても、老齢の集団はピンとこないらしく、近づけたり遠ざけたりして訝しげに眺めている。
そんな中、いち早く理解を示したのはやはり天元。
「なるほど、これを通し皆が共通の価値認識を持つことで、食料その他のやり取りを簡潔にさせているわけですね。」
一方刀一郎は、何故かこれが当たり前のことであるように思えて仕方がない。
そして天元の言葉を聞いてもまだ理解していない者に、一人一人説明をしていくとそれなりの時間を要する結果となった。
「伽耶、弥奈、住居へ案内して差し上げて。」
阿斗里は傍に控えていた二人の女性に声を掛けると、刀一郎にだけ視線を向け残るよう促す。
弥奈と呼ばれた女性は比較的若く、阿斗里という青年と同じくらいだろう。
一方伽耶と呼ばれた女性は、老齢と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。
そして一行は仕事、給金、貨幣でのやり取りについて一応の理解を示したところで、これから住む家屋へと案内されていった。
「残って頂いてすみません。刀一郎さんとはどうしてもじっくりと話さなければならないと思ったもので。それと、敬語はいりませんよ。」
阿斗里は座るように促しながら、申し訳なさそうに語る。
その脇には黙して都留岐も控えていた。
そしておもむろに懐から、少し古ぼけた一枚の紙を取り出した。
その一枚は、製紙技術など知らない刀一郎にも、その技術の高さを伺わせるものだった
「驚かないのですね。もしかして見たことがあるのでしょうか。本当に不思議な人だ。」
語りつつ、阿斗里はそれを目の前に広げた。
そこには左半分が欠けた三日月の様なものが描かれている。
恐らくこれは地図であり、今刀一郎たちが立っている場所なのだろうと解した。
「お分かりのようですが、これが私達の住む大地です。そして、伊邪那村はこの辺りになります。」
阿斗里は三日月の北端近くを指差す。
そして今度はスゥ~っと下になぞっていき、告げる。
「そしてここが、天津乃都です。」
最南端までは行かずとも、そこから少し北上した辺りにそれはあった。
二つはまるで対比する形で存在している。
「都を中心に据える皇国は天津乃宮様が治めています。聞く限り間違いなく賢君でしょう。誰から聞いたかは追々。」
聞けば、天津乃宮とは民が呼ぶための名であり、真名は告げないのが通例であるらしい。
話は続き、地図を指でなぞると、今度は三日月の真ん中辺りを指さす。
そして険しい表情で告げた。
「この辺りまでの村や集落は、もう殆どが皇国の一部と言っても過言ではありません。」
それを聞いて刀一郎も口を開いた。
「先ほど賢君だと言っておられたが、ならば、問題ないのではないか?」
「今はそうですね。ですが、次の代、更にその次の代ではどうでしょうか?」
その存在自体を知らなかった刀一郎には応えようもない。
しかし、何となく想像することは出来た。
父が成した偉業を傘に威張り散らず無能の姿が。
「念の為という話です。そう、念の為。そうなった時この地にあるのが一つの国、一人の王では民に混乱をきたしてしまうでしょう。」
阿斗里は地図に落としていた視線を上げた。
そして、その真摯な眼差しで刀一郎を見やる。
「この地の、いえ、この国の未来の為、貴方のお力をお貸しください。」
刀一郎は思う。
己の力を実際に見たこともないこの者が、なぜそこまで己を重要視するのかと。
そして思い至る。
自らに仕える部下を、その言葉を、それほどまでに信頼しているのだと。
そして思うのだ。
この様な関係性を己も築きたいと、誰か心から信に足る者に仕えたいと。
それはこの者であるかもしれないし、そうではないかもしれない。
そして刀一郎も向き直り口を開いた。
「微力ながら、粉骨砕身、振るわせていただきましょう。」
返答を聞いてか、阿斗里はパァ~っと明るい年相応の顔をのぞかせる。
心なしか、横に控える都留岐も黙したままではあるが、何となく嬉しそうだった。
しかし、喜んでばかりもいられぬと、阿斗里は表情を引き締め語り続けた。
「今この村の人口は皆さんが来てくれたことで四千人を越えました。」
横でふふんと鼻を鳴らす都留岐と、意外に平然としている刀一郎。
そんな不思議な空間で、今度は村の成り立ちについて語りだす。
「実はこの村はそれほど昔からあったわけではないのです。小さな村や集落が何十と寄り集まって最近作られたんですよ。いえ、正確に言えば出来ている最中ですね。」
刀一郎は昨日見た村の風景を思い返し、なるほどと納得した。
立ち並ぶ建物のいずれもが、歴史を感じさせるとは言えない新しいものだったのだ。
同時に、それにしても短期間でよくもあれほどの家屋を作ったものだと感心する。
木材が豊富に手に入る立地とは言え、一人一人が協力し合わなければ土台無理な話だろう。
「少し前まで私達が行おうとしていたのは、この地図における北にある村々でも、都と同じように貨幣を共通価値として定着させようというものでした。」
阿斗里の声色が少し褪せる。
しかし物々交換が主流の世界にあって、中々上手くはいっていない様子だ。
それも当然、こんな金属板を持って来て貴重な食料と変えてくれと言われた所で、ふざけるなというものだろう。
「最初から簡単に行くとは思っていません。だからこそ、今はこの村の規模を大きくすることに専念しているのです。」
規模が大きくなれば、様々なものが流通するようになる。
そうすればここでしか手に入らないものも出てくるだろう。
それを手に入れるにはこの貨幣を使うしかない。
ならばそれを手に入れるには、という流れになっていくはず。
刀一郎は話を聞きながら、この流れにある芯を感じ取っていた。
そもそもこの仕組みには、貨幣の流通量を決める権限を持った者、つまり阿斗里への絶対の信頼が必要になる。
(大したものだ。この若さで一体どれほど物事の先を見ているのか・・・。)
キラキラとした眼差しで語る阿斗里を眺めながら、今は只、その未来を切り開く一刀になることを誓うのだった。
「あ、それと、これは私からのお近づきのしるしです。受け取ってください。」
そう言って差し出してきたのは、一着の衣類。
言われて気付いたが、今の刀一郎の姿は集落の者たちと比べても少々原始的だ。
心遣いに感謝し、早速今着ている一枚布を脱ぎ、もらった服に袖を通し二寸(6cm)ほどの腰布で締め間に鞘を挟む。
意外に袖丈は短く、手首までは届かないくらい。
下は膝を少し過ぎた辺りまではあるが、動きの邪魔にはならないだろう。
「都の方では、民は大体こういうのを着ているらしいですよ。知り合いから譲ってもらいましたが、私には寸法が合わなかったもので。」
不要なものを押し付けた形になり申し訳ないのか、阿斗里は少し苦笑している。
しかし、生地の作りも手触りも滑らかで、良いものだということだけは分かった。
服とは不思議なもので、それなりの物を着ると自分が上等な存在になった様な気がするものだ。
これは良い物をもらったと、刀一郎は今まで着ていた一枚布も大事に抱えると礼を告げた。




