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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第一話 白き威容

2020/10/01 空いた時間で行間直していきます。

まだこの地の者が畑を耕し狩りをし、自然と共に生きていた頃、一人の青年が山に分け入った。

日々の糧を得る為、狩りをする為である。

だが、この日の山はいつもとは明らかに空気が違った。

鳥のさえずりも獣の気配も感じず、まるで音が何かに飲み込まれたような静けさに包まれていたのだ。

それは心地良いものではなく、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。

しかしそう思いながらも生きる為には糧を得なくてはならないと、青年は山の奥へ進んでいく。

そして初めて目にすることとなった。

この何とも言えぬ空気を作り出した元凶を。


「何だこれは…こんなものは昨日までなかったはず…」


そこは大地が大きく抉れ陥没していた。

自らが知る昨日までとあまりに違う景色に、青年は暫し立ち竦んでいた。

そして、その大きな穴の中心に視線を向ける。


「何かいる。あれは…何だ?」


見やれば白くて何か大きなものが、そこに横たわっている。

青年は恐れに支配されそうな心を押さえつけ、それに歩み寄ろうとしていた。

その時、耳鳴りに似た音が響き思わず眉間にしわを寄せる。

そして次の瞬間、頭の中に何かの声が響いた。


『こっちへ来い。お前だ。そう、お前だ。』


これは何か不味いと思ったが、何故かその声に抗うことが出来ずふらふらと足が勝手に前へ進み出る。

そして次第にその姿を眼前にて捉えることとなった。


「これは…何と大きな山犬だ。このような山犬が何故…」


異様、そう表現することしかできない光景に青年は生唾を飲み込む。

その山犬は全身が真っ白な体毛で覆われており、青年の黒々とした髪色と相反しより際立っているように見えた。

瞳は力無くも、未だ格外の片鱗を宿し赤く輝いている。

一目で弱っている事実は見受けられたが、不思議なことにその体には傷一つ無いようだった。

呆然と眺める青年、すると山犬は何を思ったか自らで体の一部を噛みちぎり告げる。


『飲め。』


またあの声が脳裏に響いた。

やはり抗うことは出来ず、青年はおぼつかぬ足取りで流れる赤い液体に顔を埋める。

それから幾許か、気でも触れたか一心不乱に時も忘れ飲み続けた。

どれほどそうしていたのだろう。

体に強い衝撃を感じ我に返ると、山犬とはそれなりの距離が出来ていた。

数舜のち、どうやらこの山犬に突き飛ばされたのだと認識する。


『骸を晒すのは好かん。』


またも声が響いたかと思えば、肌をチリチリと焼くほどの熱が山犬から発せられた。

その熱は凄まじく、大地さえも赤く鼓動を打つほどだ。


『血を守れ。』


またも声が響くが、それはこれまでとは違いまるで体の芯を侵すような感覚があった。

形容するならば、魂に刻まれるといった所だろうか。

青年はその威容から目を離すことが出来ず、白く大きな体が砂塵の如く溶け消えるまで眺めていた。


「…一体何だというのだ。ん?何かあるな。骨か?」


青年は山犬がその身を晒していた場所に、白い何かが落ちているのを発見する。


「これは…剣、か?」


それはこの世のものとは思えぬ見事な造りの片刃の(つるぎ)であった。

少し反りのある刀身が、太陽の光を反射し怪しく輝いている。

その全てが白。

刀身の長さは三尺(90cmくらい)近くはあるだろう、(つば)などは一切なく、単一の素材から削り出されたかの様である。

そして青年は恐る恐る、本能に促されるままゆっくり手を伸ばす。


「ぐっ…あっ…ぁぁぁぁああっ!!」


持ち手と思われる個所を握るやいなや、全身を焼き尽くさんばかりの熱が青年を襲った。

青年はあまりの痛みに耐えきれず、その場を転げまわり、ただひたすらに耐え続ける。

一体どれほどそうしていたか、心が砕けるかと思われた頃、漸く収まったのだった。


「はっ、はっ…何だというのだ。何が起こっている…」


不可解なことに現象の芯であろうその剣からは、手を放そうという意思が欠片も抱けなかった。

だが不可解なことはそれだけではない。

青年は疲れ果て帰り道を歩いていると、肌をさらさらと心地よい感触が撫でつける。

大気に何かが満ちている、そう感じることが出来た。

そして本能が促すままそれを口に含み飲み込むと、活力が溢れ不思議と疲れが霧散したのである。


「俺は一体…何になってしまったのだ。」


心の有り様も普通とは言えないものであった。

これほどの出来事があったというのに、言葉とは裏腹にそれが当たり前であるかの如く受け入れてしまっている。

己の体の状態を確認すると、疲れだけではなく喉の渇きさえなくなっていることに気付く。


「ふぅ、これからどうすべきか。今まで通り暮らしていけるのか?」


自宅へ戻り青年が一心地つくと、己の状況を嘆くように呟いた。

そこはとても家とは呼べぬ、ただ山にぽっかりと空いただけの洞穴である。

しかし近くには小川も流れており、奇跡的なほど生存に適した場所ではなかろうか。

青年は自らのことを何も知らない。

気付けばただ一人、この山にいたのだ。

それから石を砕き刃物にし、服は獣から剥いだ皮に穴をあけ纏っただけの姿、原始さながらといえよう。

そうして、それなりの月日をここで一人で生きてきた。

青年はふと目をやる、収める物さえないそのあまりに美しすぎる刃に。

すると、何故か不思議と手に馴染んでいることに気付いた。


「ここを出るか。食べずとも生きられるのならどこへでも行けよう。」


手荷物など何もなく、青年はその身一つで旅に出ることを決意した。

目覚めて以来、一度もここから離れたことは無く、僅かな郷愁をその洞穴に抱く。

そんな感傷を振り払う様に目を瞑りこれからに思い耽っていると、己にも一つだけ持っているものがあったと自覚する。

この世界のことも自らのことも青年は知らないが、ただ一つだけ覚えていること、それは名だ。

今となっては己が人であったと実感できる唯一のもの。

そして己が魂に刻むが如くそれを言葉にする。



自らの名は【刀一郎(とういちろう)】であると。

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