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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
9/57

気配

(あれ?)


侵入してすぐに、四十二番に奇妙な感覚が起こった。



(なんていうか、――懐かしい?)



最初に降り立った部屋はなるほど、無人だった。雑然とコードと廃材が散らばっているだけで、難なく侵入が出来た。懸念されていたセキュリティアラームも発生しなかった。


ローズは周囲を見回した。部屋の用途は不明である。というより、しばらく何にも使われていない部屋だったのだろう――部屋の機能を示す家具や機械等の類が存在しない。


部屋から注意深く廊下を覗いたローズは、何かに気付いたように立ち上がり、そしてかなり不用意に廊下へ躍り出た。


「お姉様!」


「サクラ。問題ないわ。誰もいないもの」


ローズを追って二人も廊下に出た。確かにその通りだ。誰の気配もない。


「サクラ」


「はい」


「ここは、例の場所に間違いないわね?」


「ええ。間違いありません」


「では何故? 全く人間の気配がないわ――侵入者がこう堂々としているのに、何故誰にも見つからないのかしら?」


三人の背後で、さびたドアが開く音が聞こえた。


ローズとサクラが素早く身を翻し、三人はドアの影にまた身を潜めた。


「お姉様、私にひとつ、仮説がありますわ」


「言って御覧なさい」


「人間の気配がないのは、人間ではなく――」


ドアの向こう側から、湿った重いものが付着する音がする。



「ひ、っ!」



四十二番が短い悲鳴を上げた。



顔を出したのは犬のような「何か」だった。頭と思しきところには犬の顔があるのだが、首の根元がぱっくりと割れていて、そこから二本の巨大な牙が覗いている。


「人間ではないものが状況を制圧しているのでは、と」


「もう仮説ではないわ。事実よ」


ドアが開ききると、全体としてナメクジのような造形をしている胴があらわになった。


「それ」はこちらに気付いたようだった。ぬちゃっ、という音がしたかと思うと、ぞわぞわと追い立てるような音とともにこちらに向かって這い出てきた。


明確な敵意だった。その造形からは想像もつかないような速度で飛び出してきた「バケモノ」に対し、反応したのはサクラだった。一瞬、ローズが制しかけた手には気付かなかった。


バケモノは立ち上がるような動作を見せ、その体は膨張したかに見えた。サクラは怯まず、まっすぐに懐へ飛び込んでいく。


バケモノの首元の巨大な口が開く。背中から巨大な指のようなものがぐるりと取り囲むようにサクラを襲った。一瞬、サクラの姿がバケモノの体に包み込まれてしまい、見えなくなる。


しかしすぐに強烈な破裂音とともに、サクラが飛び出した。携えていた折り畳みロッドが伸びきった状態でその手に握られている。バケモノの体の一部が裂け、黒い液体が飛び散った。


サクラはそのままバケモノの頭にあたる部分を片手でつかみ、引き寄せ、ロッドで思い切り殴打した。バケモノは、まるで人間のような奇妙な叫び声をあげた。


二発、三発。全く落ち着いたサクラは一発一発の結果を確かめながら、また次なる一発を放つ。そして瞬時に飛び退いた。


たった今までサクラが居た場所に、バケモノの背中から生えてきたもう一本の巨大な指が叩きつけられた。建物全体が揺れるような強い衝撃があった。転がり、受け身を取ってサクラが体勢を立て直す。


「ミームフォーム!」


サクラが叫ぶ。


「な、なんですか、あれ――」


震えている四十二番に、ローズは平然と答えた。


「私たちのようなドールだけではなく、モンスーン社は生体兵器も開発しているわ――」


サクラが身を翻して次なる一撃をかわした。サクラは四十二番を振り返り、ニヤリと笑った。


「本来はある種の幹細胞に働きかけて人工臓器を製造するための技術が、生物の身体能力を格段に向上させる技術へと発展し、やがて軍事作戦の中で最適化されていった。モンスーン社が誇る、対歩兵殲滅兵器――それが、ミームフォームよ」


そしてサクラに向き直って、抑揚のない声で言った。


「――首ね」


サクラはわずかにうなずいたように見えた。すぐに飛び出すと、振り上げられた指が落ちてくる前にバケモノの首元に重い一撃を加えた。さっきよりも高い声が響き渡る。


バケモノが非常に細かく震えた。金属音のような奇妙な音が生じ、バケモノの体がみるみる縮んでいく。サクラは二転、三転と飛び退いた。バケモノはあっという間に人間よりも小さい姿になった。


動かない。サクラは構えていたロッドを下ろした。


「サクラ」


「はい、お姉様」


「不用意はやめなさい」


ローズが親指で廊下の奥を指した。そこには上下階それぞれに繋がる階段がある。


「お出ましよ」


サクラがわずかに眉をひそめた。


「音を立てすぎましたわね」


「少しね。過ぎたことは良いわ。迎えるわよ」


ローズは四十二番からサブマシンガンを受け取り、レバーを動かして安全装置を解除した。


サクラは動かなくなったバケモノの体を蹴飛ばすと、奥の部屋へ身を隠した。

ローズは階段入口脇の死角に身を滑り込ませた。四十二番もその後ろで息を殺す。


上階からゆっくりと降りて来たものがある。小声で何かを呟き、時折立ち止まりながら、確実に近づいてきている。


ぬっ、と顔を出したのは人間であった――三人の男だ。


男たちの身のこなしは注意深く見えたが、ローズと四十二番が身を潜めている箇所の確認は行わなかった――この不用意が命取りとなった。


目出し帽で人相を隠し、迷彩服とバックパックとライフルを装備している。バケモノが残した血を追って廊下を進んでいった。


(耳を塞いでなさい)


ローズは四十二番にそう静かに告げた。


音もなく飛び出し、一片の容赦もなくフルオートの銃撃を背後から叩きこんだ。四十二番の居場所からは、ローズが体を小刻みに震わせながら発砲を続けているところしか見えなかった。


しばらくして、ローズの動きが止まったのを見て四十二番はおそるおそる立ち上がった。


廊下を覗き込むと、三名の男が向こう側に向かってうつぶせに倒れていた。硝煙の向こうに赤黒い血がべったりとはりついている。


「サクラ! もう良いわよ」


奥の部屋からサクラが出てきた。心なしか息が上がっている。


「まだいたのね?」


ローズが楽しそうに訊いた。


「ええ――お姉様の言うとおりだわ。不用意には気を付けなくては」


バケモノの返り血をさっきよりもしっかりと浴びているようだった。ローズはカラカラと高い声で笑った。


「では次は貴方に任せようかしらね――」


ローズが階段を見遣る。どうやら奥のエレベーターは既に使えなくなっているようだった。


「階段の上に七名、でも少し様子がおかしいわね」


三名はまた死角に戻った。この方法で、かつ相手が数名であればもう一度くらいは処理できそうだった。だがいくら長期の戦局で士気が下がっているとは言え、そう何度も同じ手が通用するわけではなさそうだった。


少なくとももう一度はこのまま様子を見る――そういった形で、三名はまた身を潜めていた。




そして、しばらく経った。




誰も下りて来ない。



ローズがびくりと身を震わせた。


「お姉様!」


先に声をあげたのはサクラだった。


「――ローズ?」


恐る恐る声をかけた四十二番に対して、ローズは「しっ」という動作で答えた。


「濃密な気配――今までどこにいたのかしら――」


そう小さく呟いたローズの目は、わずかながら興奮の色を帯びている。その妖しい光が、またキラリと動いた。


「来るわ」


その言葉の直後、鈍い音が鳴り響いた。上の階からだ。何かが砕ける音と、ものが固まっている場所に何かが突っ込んだ音が続き、発砲音がさらに続いた。


戦闘だ。上階で衝突が起きている。


ローズが階段の踊り場へ体を滑り込ませた。壁にぴったりと身を付け、周囲を見渡した。四十二番に向かって「来い」という合図を送る。


上の階からの音はしばらく続いた。発砲音、衝突音、また破砕音。


「手前に複数、軽火器装備がいるけど、向こう側の『何か』に手も足も出ないようね」


階段を登っていくと、四十二番にもはっきりと『何か』の音が聞こえてきた。


低い電子音の唸りのような音だった。シンセサイザーが奏でる低音のようだ。


階段からローズがゆっくりと頭を出した。OK、とサインがあり、サクラと四十二番も上階の様子を覗き込んだ。



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