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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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旋回

四十二番は目の前に並べられた大量の肉料理に圧倒された。


マナーも何もあったものではない。ホテルの一室の床一面に、ところせましと古今東西の肉という肉が並べられているのである。


ローズはその真ん中に座って、巨大な骨付きのローストチキンにありついている。脇にはフルボトルを三本合わせたような大きなワインボトルが置いてある。


(山賊みたい!)


四十二番は感動すらしていた。サクラはベッドに腰掛け、ナゲットを無造作に口に放り込んでいる。

様々なソースの香りが入り混じっているが、不思議なことに油っぽい空気ではなかった。


(やっぱ、すっごい高いんだろうなあ――)


四十二番はぼんやりとそんなことを考えていた。


「トゥルーズ! 貴方も少しは食べているかしら?」


ローズはあっという間にローストチキンを平らげて、四十二番に声をかけた。



『四十二というのは真実の数字ね! それならば貴方はトゥルーズよ』とローズは四十二番に呼称を与えた。四十二番はやはり、フラワーズの一員ではないようだった。



「貴方は不思議なドールね。サクラが気に入るのも少し分かる気がするわ」


ローズはフォーク一本でステーキを持ち上げて、そのままかじった。


「でも、記憶がないのは不憫ね」


サクラはしばらく考え事をしていたようだったが、膝に乗せていた皿を置いてローズに尋ねた。


「お姉様、フラワーズの他のメンバーはご存知?」


ローズはステーキを平らげて、既にミルフィーユ・カツレツに手を伸ばしていた。


「ううん、そうねえ。あと知っているのはもう四人かしら――貴方と同期のモデルよ。私の可愛い妹たち」


「今はどうしているのでしょう」


「分からないわ。貴方や私と同じように一度廃棄されているとするなら、もしかしたらそのままスクラップになっているかも知れないわね」


少し暗い声色だった。


「お姉様を探すのも苦労しましたわ。もしこの子――トゥルーズがいなければお姉様にたどり着けなかったかもしれない」


サクラもこの呼び方を採用したようだった。


そして例の暗号はやはり、ローズが繰り出したものだった。


「いい? こうして身をアンダーグラウンドに潜めながら世界のどこにいるとも知れない協力者にメッセージを送るのは並や大抵のことではなかったわ。そしてここまでやってこれた可愛い妹と、それを導いた麗しいフェアリーにも御礼を言わなくてはね」


フェアリー? 四十二番は耳を疑ったが、それはやはり自分のことを言っているようだった。

顔が熱くなってきた四十二番をよそに、ローズはもう次の話題に移っていた。


「正直、誰も来ないのではないかと不安になったこともあったわ――でもまさか、一度に二人もやってきてくれるとはね。これでひとつ、目的に大きく近づいたわ」


ローズもまた、元所有者を殺したいと願っているドールだった。四十二番が確認する以上で、ローズとサクラの間で行動目的の確認はされなかった。恐らく当たり前になっているのだ――というよりは、ドールが所有者に対して敵意を向けてはいけないという通念の方がよっぽど間違っているのかもしれない。


「ソウルが告げる真実の言葉には抗えないわ――これは私がサクラに最初に教えたことだけど、それは失った記憶が戻って来なくても、何も変わらないことよ」


ローズを所有していた人物なのだから、よっぽど壮烈な人物なのだろうと四十二番は思ったが、ローズはそれを否定した。


「いい? この世は大抵、取るに足らない人物が幅を利かせるものよ。私を買えるだけの財力の代わりに、どんな犠牲を払ったと思う? 馬鹿馬鹿しいわ」


ローズの足元には、肉料理の皿に交じって短機関銃が置かれている。MP5と呼ばれる、数多くの陸軍で制式使用されているものである。


ローズの目は透き通っていて、遠い場所を眺めていた。そこには寂しさよりも、強い覚悟がにじんでいる。


「それよりも大事なのは己の運命を見失わないことよ。どれだけボロボロにされても、心の中の黄金は絶対に奪わせないこと――そうすればきっと、いつか道は拓けるわ」


四十二番は、二人をかわるがわる眺めた。


「前所有者を、追うんですね」


サクラは笑って、何も答えなかった。

二人の話から、敵対する相手が相当な財力や権力を有していることは明らかだった。


二人が常軌を逸した戦闘力を備えていることは先のやり取りで分かったが、それでもそれぞれの国を代表するレベルの富豪に弓引くというのがどういうことなのかは、四十二番には想像のつかないことだった。

そして、当の二人には、一切の躊躇もなかった。


「ではサクラ。次に向かうのはどこ?」


サクラは足元のローストビーフを取ってひときれ口へ運んだ。しばしばサクラはこうして、自分の言葉に時間を与えることがある。ゆっくりと咀嚼し、嚥下してから告げた。


「北アイルランド、ベルファストへ――」


これを聞いて、ローズは目を丸くして、そして笑い始めた。


「サクラ! ブラーヴォ! それは傑作だわ」


サクラは笑っていない。いたって真面目な面持ちだった。


「あのう――なぜベルファストへ?」


四十二番が質問を挟むと、笑いがおさまったローズが答えてくれた。


「ええ、実は最近ネットを騒がせているリーク情報があってね。なんでも、ベルファストのある施設に、軍が重要な戦略兵器を持ち込んだということらしいわ」


「それを――どうするんです?」


「そうね、どうするのかしら、サクラ?」


「簡単です、お姉様。ちょっと拝借しにお伺いするの」


ローズはまた笑い始めた。


「そういうことよ、トゥルーズ。この単純で愛らしい行動目的を素敵だとは思わないこと?」


「ええと――素敵です」


そう言いながら、四十二番はその意味があまりよく理解できていなかった。戦略兵器を拝借する?


サクラもローズもそんな四十二番を意に介さず、ご機嫌で食事を続けていたので、四十二番もそれに従った。大きなベーコンの塊が乗った皿を引き寄せる。


サクラが歌い始めた。ここに辿りつくまでにサクラと四十二番はあちこちに滞在していたが、サクラは手持ち無沙汰になるとよく歌い始めた。今回は、ローズも加わってちょっとしたセッションのようになった。


さっきの曲だった。美しい和音のやり取りのせいで、歌の悲しい歌詞や今の非現実的な状況が分かりづらいものになっていった。二人は楽しそうだった。


「そういえばサクラ、覚えている? 貴方、出荷前は本当によく泣いたものよ。貴方のお守りをしていたボタンは本当に気の毒で――」


「あら、お姉様だってよく“訓練”後に落ち込んでいましたわ。アイリスにひどくやられたって」


「余計なことを言うものではないわ」


「お姉様だって」


ローズが機嫌の良さそうな笑い声を上げた。

サクラもクスクスと笑った。


『楽しくもなければ、この世は並べてことも無し』


そういうローズとサクラの声を四十二番は思い出し、この驚くべき二体の壮麗なアンドロイドの行動について思いを巡らせた。


そう、この人たちは、楽しくさえあれば何だってやるのだ。

やがてローズは我慢できずワインボトルを直接傾けはじめた。はじめアルコールを断っていたサクラも、飲みはじめるとグラスを何杯も空けた。



再会を喜ぶ姉妹の静かな宴は、夜遅くまで続いた――。




読んでくれてありがとうございます。感想もありがとうございます。励みになります。

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