決着
四十二番は口を開けたまま、三人の姿を見つめていた。
花火のような明るい閃光が何度も何度も四十二番を照らした。時折舞い散るバラや桜やシロツメクサの花びらが上空に広がった。
さっきまであんなにひどく絶望していたのに、と、四十二番は嘘のような、吹き飛ばされたような感覚でいた。
三人は楽しんでいた。
四十二番が見立てそこなった戦況を迷いなく戦い抜き、躊躇なくキラードローンの弾幕と対峙し、あの巨大な意味不明の怪物を前にして全く恐れていない。
まるでいつも彼女たちが立っているステージと変わらない、最高のパフォーマンスのためのお膳立てだったと、そう宣言するかのように。
いつかサクラが語ったのを、四十二番は思い出した。
何よりも恐れるべきなのは、自分が自分でないまま消えてしまうことだと。
何かになるために、自分であるための戦いに赴くとき、何一つ恐れることはないのだと。
彼女たちはとうとう手にしたのだ――自らと、誰かのために戦える場所と、理由を。
四十二番の隣で、この戦いを全世界に配信し続ける勇敢な男がいた。
リッキーである。
リッキーはスマートデバイスを構えて、ぶるぶると震えている。
それでもなんとか、その撮影を止めなかった。
配信のことを察知したのはごく一部の人間だけだった。
しかし遠く離れたマンチェスターから、この配信を熱狂的に見守っている者たちもいた。
リッキーには、今目の前で起こっていることが何なのか、理解は出来ていなかった。
しかし、ひとつだけハッキリしていることがあると理解していた。
「これまでになかった事件が起きている」。それだけが彼の現実的な感覚であった。
後に彼の配信は動画として有志から公開され、空前のバズを引き起こすことになる――。
ガールズが歌いながら、巨大な正体不明の生物と斬り結ぶ、その雄姿である。
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呆然と、オフィスでうなだれる男が居る。
男の横顔を、まぶしい夕日が殴った。
彼、ジェレミーは、それ以上の活動の一切を拒否していた。
――負けた。
完璧だと思った計画は倒れた。ガールズは完全に包囲できていたはずだ。
デバイスの無力化は完了していたはずだった。しかし、デバイスは起動し、当局が投下したミームフォームはことごとく返り討ちに遭った。
彼は既に確認していなかったが、ガールズは激しい戦闘を一通り終えると姿をくらませた。
最早起こってしまったこと、そしてそれは取り返しのつかないことだ――彼に分かる唯一の事実である。
インシデントである。フラワーズの生死は最早関心事ではない。世界の軍事勢力地図が書き換わる瞬間がやってきたのだ。
しかしもう何の気力も残っていなかったジェレミーは、このように繰り返すだけだった。
(どうして、こんなことに――)
連絡のつかないフィールド氏も、安否は絶望的だった。
そんな彼のオフィスに、人影が現れた。
三名の、フォーマルなスーツに身を包んだ男たちである。
真ん中の男は、隠す様子もなく、拳銃をジェレミーに向けている。
「任務、ご苦労だったな」
男は静かにそう告げた。それはすなわち、ジェレミーの命運がここまでであることを端的に示していた。
ジェレミーはうらめしそうに男を見上げる。男は眉ひとつ動かさない。
「第五世代、量産に一番向いているモデルで、命令には忠実だ――」
ジェレミーは独り言のようにつぶやいた。
「俺の、偉大なる開発成果のひとつだ」
男は、いや、アンドロイドは答えない。
「今更だが、お前らがもう少し優秀だったら、俺は今頃こんな汚い仕事をせずに済んだんだ――あの、トキガヤが来るまでは、全ては身の程を弁えた技術開発だった」
ジェレミーの呪詛は続くが、アンドロイドが向けた銃口はピクリとも動かない。
「まさか、トキガヤの作品にまんまと一杯食わされて、自分の作品に殺されることになるとはな――」
ジェレミーの声は段々と小さく、力を失っていく。
「なぜあのガキが、四十二番という個体識別番号を占拠していたか、分かるか?」
「無駄なおしゃべりはやめておけ。より大きな苦しみがお前を迎えるぞ」
アンドロイドがそう冷酷に告げる。
しかし、ジェレミーはそれを無視して続けた。
「ああ、モンスーンには都合の悪い事実かもしれないな。あのガキが、トキガヤにそっくりだなんて――」
甲高い、軽い銃声だった。
ジェレミーの声は途切れ、後には静寂が訪れる。
ジェレミーは自席で首をガックリと垂れ、二度と動くことはない。
その足元に、アンドロイドが銃を置く。
「対象の生命活動停止を確認――任務完了を報告します」
アンドロイドがそう告げる。
これが、この一連の事件の中で、モンスーン社のスタッフが唯一完遂した任務であった。