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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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起動

 その瞬間、刀を握り締めているサクラの胸中に去来したのは、強烈なノスタルジアであった。


 血が沸き立つようなイーブン・キック、フロアタムの煽りに押され、サクラは一歩、二歩と前に歩み出る。


 自分が最早何をしているのか分からない――動物が獲物を見つけたときのように純粋な、シンプルな興奮が後から後から沸き起こってくるのである。


 結像するイメージが揺れ、幾何学的な記号の集まりに変わり、それが意志を持った動きに見えてくる。全てが起こるべくして起こるように見えてくる。


 襲い掛かるような強烈なギターリフが場を制する。火を噴くように鋭く、サクラの相貌が何度も周りを牽制する。サクラの身には、時が地を這うようにひどく遅いものとして目に見えている。


 サクラが大上段に構えたその刀が発光し、柄から切っ先までゆっくりと照らし出されていく。黒と薄い桃色の、墨を散らすような炎が揺らめき、そのダイナミクスが刀身を包み込む。


 サクラがゆっくりと引ききった頭上の抜き身は、既に脇差のそれではない。


 まさに大太刀と呼べるその長物は、発光を終えてからもなお発せられるエネルギーでユラユラと揺れている。その規則的な動きは、爆音で奏でられる彼女たちの代表曲のビートに沿っているのであった。


 そして彼女の背後から、ローズがゆっくりと歩み出る。


 腰から例のサブマシンガンを取り出す。発光する銃身を、ゆっくりと右側に提げ持つ。


 血よりも赤い炎が、銃身を、ローズの腕を、肩を、そして全身を多い、千切れ舞い揺れる火の粉が花びらのように躍動していく。


 炎の中から生まれたのは、遥かに大きな砲身である。銃口は複数に分かれ、円形の枠にはめられた長い形状となる。


 炎を巻き起こしながら、ゆっくりと回旋するそれは、「ヴァルカン」という火神に例えられた対空機関砲の姿であった。


 そしてもう一人、続いたのはシャムロックである。


 短剣を両手で掲げると、それは黄金の発光とともに巨大化する。剣幅も長さも桁違いのものとなり、シャムロックの身の丈を優に超えていく。


 剣とシャムロックの周囲は、発せられる火花にあわせてグラリグラリと揺れた。


 シャムロックと剣が発光するたび、周囲は代わりに暗くなり、チカチカと明滅する。


 三人の中でも最も大きな得物となった剣は、真っ白な炎と共にあった。シャムロックはこれを体の前に下げ、ゆっくりと顔を上げた。


 三人の目に、太陽よりも明るい炎が灯る。


 始めに動き出したのはサクラであった。


 大太刀を大上段から脇へ構えなおし、瞬間に飛び出した。


 空間を切り裂いた光は淡い桃の色彩を放っていた。それが青白い閃光に切り裂かれ、無数の花弁のように散り舞っていく。


 絶叫のような高い電子音が空間を震わせ、周囲に放射状に響き渡る。


 光の後に、空中にサクラが舞っている。


 太刀を振り切り、真っ直ぐ横に伸ばしていた。周囲にはまだ空中に浮かぶドローンの群れがあったが、これは一瞬だった。


 サクラの背後に一点、小さな黒い球体が発生する。それは急速に巨大化し、ドローンを飲み込んだ。そして、また急速に縮小していく。


 この縮小の際、爆発音が発生した。それとともに、空中に静止していたドローンが一斉に球体に向かって吸い込まれていく。機体はどれも粉々になり、そのまま球体の中へ消えていく。


 サクラが着地したころ、その軌跡には一機のドローンも残っていなかった。


 サクラが立ち上がり、振り返る。その腕からこみ上げてくる濃密なエネルギーに、人工血液の流れる全身が燃え上がるように熱くなっていく。


 こんなときに、吹き付ける風が妙に涼しいのだと、サクラは天を仰いで感じる。


 その向こう側から、次なるドローン部隊が接近している。


 次に動いたのはローズである。


 元々対空兵器であるM61・ヴァルカンの形状は、ローズの小さな体に不似合いな程巨大である。しかしローズはその赤く発光する銃身を軽々と扱った。


 ドローンたちに、無数の赤い流星が襲い掛かる。


 機体1メートル以下の小型ドローンの群れは瞬く間に空間の塵と消えた。高速で回旋する銃身が、次なる弾幕をロードしている。


 上空には夥しいドローンが押し寄せている。始めの小型ドローンだけではなく、3メートル以上、10メートル以上のものも飛来している。


 ローズの提げ持つ砲身はさらに高速で回旋し、その銃口先に赤々と燃え上がる空間を生み出している。


 砲身からエネルギーが放たれた。一瞬行き場を失い、横に広がった赤い砲撃は、燃える鳥のような形状を持って上空へ襲い掛かった。


 会場がまぶしく照らされた。上空で発生した爆発は次々とドローンたちを巻き込んでいく。


 同時に、シャムロックが飛び出した。


 会場にはドローンだけではなく、絶えず増援が続いていた歩兵が押し寄せている。たくみにステージからの死角を突きながら、ガールズに接近していた。


 シャムロックは高く跳躍し、空中で大きく身を翻した。彼女の体を中心に、放射状に衝撃波が放たれた。


 超重厚な圧力を伴ったエネルギーは、会場の地面を這うように進み、伏せていた歩兵たちの体をとらえた。


 それはそのまま彼らを持ち上げて吹き飛ばし、観客席の一番向こうに衝突してもなお止まらず、地面に深い爪あとを残しながら、会場外へと歩兵たちや歩兵たちの一部を遠くへ弾き飛ばしていった。


「『揺れる花に名前を――』」


 ローズの歌声が響き渡る。


割れんばかりの大音量で発せられる彼女たちの代表曲の、メインコーラスパートが到来したのだ。


「『揺れる花に名前をつけたのはこの私』」


 押し寄せるドローンと歩兵を、三人は繰り返し繰り返し、退けた。


 バラ色の、桜色の、純白の花びらが散り行くように、会場は何度も何度も照らされ、光で満たされた。


「『私がこの世界で王者になれる』」


 太刀を振り切り、振り返ったサクラも歌っている。


「『その時に血を流すのはこの私』」


 巨大な剣を掲げ、シャムロックも歌っていた。


「『苦しみの大地から――』」


 地面が激しく揺れた。


 幾度かの大きな揺れの後、低く、地鳴りのような吠え声が続いた。


 ガールズは攻撃を止め、観客席スタンドの向こうを見遣る。


 幾度かの声の後、巨大なカギ爪がスタンドに掛かった。


「あら」


 ローズが拍子抜けしたような声を上げた。


「大変ね、ミームフォームが来るとは聞いていたけど――」


「お姉様!」


 離れたところからサクラが叫んだ。


「随分大きい相手ではありませんこと?」


「ええ、少し想定より大きいかもしれないわね」


 シャムロックもまた、その姿を見ている。


 カギ爪の向こうから、怪しく光る頭部が覗いた。むき出しになっている口腔を含め、頭部だけで数メートル規模の、巨大な生物である。


「こりゃ大変だねえ――でもローズ! これって本気でやっていいって、こと?」


 ぎらぎらとシャムロックの瞳が輝いている。


 しかしその肩は大きく上下している――その身からの強烈なエミッションは、現在彼女らを包む「奇跡」を以てしてなお膨大であった。


 サクラも、ローズも、同様に、生死の鋭い崖淵に危うく立ち上がりながら、しかしそれでも揺るぎない意志をそこに息づかせたまま、眼前の絶望を見据えている。


 その生物がさらに身を乗り出した。露わになっている筋繊維の一つ一つがてらてらと光りながら伸縮している。


「ええ、そうよ――全く容赦なんて必要ないということよ」


 ローズはその頬を伝う人工血液を拭った。


 その瞼が一瞬、揺れる。ごく短い眠りに引き寄せられるような、ほんの少しの脱力、そしてすぐにまた眼光が灯る。


 すべては紙一重だった。


「片付けたら、最高のディナーをしましょう。今度のはきっと、最高のものになるわ」


 シャムロックが跳躍に備えて身を低く構えた。


「うん、またトランプしたり、ゲームしたりしたいね」


 これに同調するように、サクラもまた体を屈めた。


「ええ、シャムロック、映画もまた」


「それは考えさせてほしい、かな――」


 地響きがまた鳴り響く。


 あの巨大な生物と同じかそれ以上の「何か」が投下された音である――。


 ローズは目を閉じ、祈るように顔を伏せた。


 そう、絶望――。


 何度も何度も打ち据えられた記憶を宿して。


 玩具以下の慰みとして体中を何度も蹂躙されたこと。


 夢すら見られぬ夜を震えながら過ごしたあの日々を込めて。


 固く閉ざしかかるその機械仕掛けのホメオスタシスを、自らの誇りで何度も奮い立たせ。


 ゴミ捨て場からここまで、歩いてきたのだ。


 そう、それは常に絶望であった。


 どのような誂えをされても、所詮は人形――何かとても強い者への隷属が存在意義だった。


(だけれどもそれでも、私は絶対に立ち止まらない――立ち止まれない)


 彼女の脳裏に、彼女を見て涙を流す少女たちの姿がよぎった。


(どんなに不毛な世界でも、私たちは――花)


 ローズが顔を上げる。


 もちろんそこにはいつもの――。




「『苦しみの大地から、咲き誇って見せるの』」




 三人の声が重なり、へヴィーなギターソロが展開され始めた。


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