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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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定刻

四十二番は自分の重みを利用して滑りあがり、すれ違っていったシャムロックを見て、ああなるほど、あのぐるぐるという動作はそういうことだったのかと妙に納得した。


四十二番が滑空していくと、向こう側に、サクラが近づいてきた。


サクラは両手を広げて待っている。


四十二番は今回も飛び出すのが恐かったが、そのサクラの姿を見て、すっかり恐怖が吹き飛んでしまった。


「サクラ!」


叫ぶと、サクラの表情が一瞬、揺れた。


そして四十二番は、ハンドルから手を離し、サクラの腕の中へ飛び込んだ。


サクラは四十二番をしっかりと抱きとめた。


四十二番は思い切り飛び込んだのだが、サクラの体は上手く衝撃を和らげてくれた。


サクラは四十二番を強く抱きしめた。そして静かな声で、四十二番の耳元で優しく語りかけた。


「おかえりなさい、おかえりなさい――私の大事な、大事な、トゥルーズ」


四十二番の胸が、息が出来ないくらいに苦しくなった。


それは、サクラに強く抱きしめられているからだけではなかった。


四十二番の目から、ぽろぽろと涙があふれていた。


「サクラ、サクラ――恐かったよ、私、すごく恐かったよ」


サクラは四十二番の柔らかな髪を優しくなでた。幼子をあやすように柔らかな手と気遣いで、四十二番をなだめていた。


「ええ、良い子――とてもよく頑張ったわね。本当に勇敢な、偉い子」


四十二番の目にあとからあとから涙があふれた。


「ありがとう、サクラ、サクラ――恐かったよ、気持ち悪かったよ、嫌だったよ――」


サクラは四十二番の首元を抱き寄せるようにした。少し背の高いサクラに持ち上げられるように、四十二番の体が少しだけ宙に浮いた。


「ひどいことをされたのね? かわいそうに――でもトゥルーズ、貴方のおかげで、シャムロックの元持ち主を追い詰めたわ。どんな賛辞でも足りない、大手柄よ」


泣きじゃくる四十二番を、サクラはなだめ、称えた。


四十二番はすすり上げながら、悲しそうにつぶやいた。


「あのね、サクラ――私ね、ファーストキスだったの――あんなひどいのが初めてだなんて、って――」


サクラは四十二番の顔を覗き込んだ。


四十二番は突然見つめられて驚き、少し目を伏せた、が、サクラは構わず、四十二番に顔を近づけ――





優しく、口づけた。





ほんの少しの時間が、四十二番には永遠のような時間を伴って感じられた。


サクラがゆっくりと唇を離し、決まり悪そうに微笑んだ。


「そういうのは忘れましょう? 今のが初めてだと、貴方は嫌かしら」


頬をなでられて、四十二番の顔は見る見るうちに赤くなっていった。





「さっ、サクラ――」





「良いの。迷惑ならすぐ忘れて頂戴。やはり貴方の言うとおり、貴方は人間だったのね。とても温かかったわ」


代わりに四十二番には、温かくも冷たくもない、不思議な感覚が残った。


四十二番の胸が激しく高鳴る。きつく抱きしめられているので、サクラにもそれは伝わっているはずだった。


「いつまでもこうしていたいけど、トゥルーズ、あまり時間がないわ」


サクラは注意深く回りに目を配らせている。その視線の先、既に上陸を開始している無数の歩兵が近づいてきている。


「あ、あの、サクラ――」


「大丈夫よ。貴方のことは絶対に守るし、誰一人死なせはしないわ」


「ううん、そうではなくて、その――」


サクラはまだ四十二番を持ち上げている格好だった。いやむしろ、四十二番の足は完全に地面から離れていた。


「ちょっと、恥ずかしいっていうか」


サクラは自分がほとんど四十二番を抱きかかえるような状態になっていることに気付いたが、あまり意に介しているようではなかった。


そしてむしろ、四十二番をしっかりと抱きかかえなおした。四十二番はいつの間にか自分が「お姫様抱っこ」になっていることに気付いた。


「っ、――サクラ――!」


真っ赤になった四十二番を尻目に、サクラは平然としている。


「また少し飛び降りるわよ」


そうサクラが言うが早いか、四十二番の体はふわりと宙に浮いていた。


サクラが跳躍した――その体は軽々と舞い、そのまま真っ直ぐにステージへ落下した。


せり出した花道の真ん中、二人は着地する。


四十二番の鼻梁に、熱い風が吹き付ける。


*******************************************************


歓声が上がった――観客たちは、落ちてきた二人をまだ演出だと思い込んでいる。


イーブン・キックが地面を揺らしている。


これが三人の立っていたステージだ、と、四十二番は不思議な感覚を得た。


曲は終わりに向かっている。観客はめちゃくちゃに踊り、モッシュを生んでいる。


「サンキュー、マッドアイランズ!」


ローズの声が響き渡った。サクラは四十二番をゆっくりと下ろした。


四十二番の足は震えてよろめいた。ローズが後ろから歩いてきていて、その四十二番を支えた。


VIPルームから、シャムロックが飛び出してきた。高く跳躍したシャムロックは、一直線にステージまで滑空してくる。


そして着地し、ステージに四人が揃った。四十二番は何とか自分の足で真っ直ぐに立った。


「さて――」


ローズが一歩前へ出る。


「お膳立ては完了ね。ここからが勝負よ」


そう呟いてから、オーディエンスへ向かった。


「みんなありがとう――それから、よく聞いて頂戴」


ローズが声を張り上げた。


歓声で答える観客たちを、ローズが制する。


「残念だけど、みんなとの時間もここまでのよう――安全なショーは、ここまでよ」


歓声はすぐにどよめきに変わった。


さっきまでステージに立っていたバックダンサーたちが、半ば無理矢理に、オーディエンスの中に入っていく。


「すぐに、このステージを出る準備を始めて! 今から、このステージは、悪魔の毒牙にかけられて、あっという間に地獄の業火に焼かれることになるわ」


どよめきがどんどん大きくなる。アンドロイドたちが、観衆を出口に向かって押していく。


「本当にごめんね、みんな! でも次のステージできっと会おうね、絶対会おうね!」


シャムロックが言った。


どよめきは大きくなっていき、悲鳴のような声が上がり始める。抵抗しているものもかなりいる。


「お願い、急いで頂戴――もうすぐそこまで、連中が来ているわ! 」


これを受けたのは、モニターにまた映し出されたMCトライ・ハーダーだった。


「すぐに会場を離れる準備を始めてくれ――彼女の言っていることは本当だ」


そしてまた画面が切り替わり、マッドアイランズの海辺が映し出される。


物々しい装備に身を包み、ライフルを構えて進軍する歩兵だった。


数え切れないほどの人数だった。どよめきがどんどん大きくなる。


「彼らがここまでたどり着くのにあと約十分! それまでにここを抜け出して頂戴――良い?」


ゲートが開かれた。しばらく誰も動けなかった。しかし、ひとり、またひとり、出口に向かって動き始めるものが現れる。


「さあ早くしてくれ! 幸いなことに、集まった金にはまだ少し余裕がある。イベンターに問い合わせて、お前らを乗せて運ぶだけの船は用意してある! 北側の浜辺を目指して走ってくれ!」


MCの声を受けて、人々が少しずつ会場外に向かって動き始める。


しかし、それよりも先に、異状が発生した。


ガールズに向かって、真っ直ぐに飛んでくるドローンが一台――。


ローズがもう一歩前に出て、これを撃った。


強烈な音が発生し、会場の中空で、派手な爆発が発生する。


どよめきは一気に悲鳴に代わった。


「なるほどね――」


ローズが笑う。


「これが、連合政府を敵に回す、ということかしらね」


ローズの眼に、会場に向かって無数のドローンが接近してくるのが見えている。


「早く! 早く逃げて頂戴!」


サクラが花道の中腹あたりまで駆けて、叫んだ。


オーディエンスは堰を切ったように逃げ始めた。一気に出口に殺到するのを、今度はバックダンサーたちが抑える格好になる。パニックが起こりかけているが、何とか退避は進んでいる――ドローン群の接近までには、なんとか観客の移動は完了できそうだった。


ローズ、サクラ、シャムロックの三人は、遠くステージの向こうを見つめている。


上陸した連合政府の部隊は、ステージを包囲するように接近しているのである。


「準備は良いかしら?」


サブマシンガンを手にしたローズが問う。


「ええ、お姉様――少し長くかかりすぎたかしら」


サクラが腰に差した脇差に手をかけながら答える。


「僕はいつでも大丈夫だよ!」


短剣を両手で提げて、シャムロックも答える。


「はい、ローズ――」


何も持っていなかったが、四十二番も答えた。


その後ろで、バックダンサーたちがライフルを構えている。





「それでは始めましょう――ショー・タイムよ」





ローズが真っ直ぐに手を挙げた。



「Hasta La Victoria Siempre!」



ローズの叫びが、熱で焼ききれそうなマッドアイランズの空に、鋭く響き渡った。


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