乱入
ディープスプリング・バウト!
この不定期のポッドキャストももう三十八回目だ! ちょっと間が空いたが、お前ら元気か?
これまでDSBは、次のジェネレーションをロックする最高に熱いアーティストを紹介してきた。全世界のリスナーはこの情報をSNSで拡散して、新しいムーブメントがいくつも生まれてきたと自負しているぜ、相変わらずな!
おいお前ら、シケたカオ、してんじゃ、ねェーぞ! 俺様がトライ・ハーダーだ、お前ら調子はどうだ? 俺はこの通りピンピンしてるぜ、今なら最高のリリックが飛び出すところだが今日は残念ながらオアズケだ! DSBでは史上初の事態だ――二回連続で同じアーティストを紹介したことはこれまでなかったが、ガールズ、恐れ入ったぜ!
さて突然だが今回はDSBにとっては初めてづくしだ。マッドアイランズで発信されてるファッキン・クールなフェスと生中継が繋がってるらしい! そして俺は今そのフェスにお邪魔してるというわけだ。どうだ、暑苦しいか?失敬。これが俺のスタイルだ!
さてこのポッドキャストに殺到しているお前らなら知ってるだろうが、さっき全世界に配信されているこのフェスの生中継が、なんだかよくわからねえ業者に買い取られたせいで全然見れなくなっちまった!しかも会場は停電のせいでクソみてえに盛り下がり、せっかくのパーティが台無しだ!誰のせいだ?もちろんいつだって悪いのはリチャード・ニクソンだ!
そういうわけで今回はちょっとした企画も用意してきたぜ。気が利いてるだろ?こんなの滅多にないぞ!とにかくとっとと今回のゲストを紹介しよう。
今やお前らに世界中が夢中だ! 俺を覚えてるか?プラチナ・ガール! あれからそれなりに時間がたって、俺はまた会えるのを楽しみにしてたぜ。
今週もご登場願おう、コールド・リップスだ!
ローズはモニターを見ていた。大写しになったMCトライ・ハーダーを見上げている。
MCはそんなローズが見えているようにその姿を見下ろし、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ヘイ、お前本当にプラチナ・ガールか? そんなシケたツラ、俺は見たこともねえぜ」
ローズはぼうっとトライ・ハーダーを眺めているだけだ。
会場は少しだけザワつきはじめている。照明は依然として予備照明だけで、スポットライトのようにローズを照らし出している。その様子を、一台のドローンが音もなく近づいてきて、撮影していた。
「まあいい。プラチナ・ガール、今回のインタビューは前みたいに時間がたっぷりあるわけじゃない。会場にいる連中も、この配信を見ている連中も、全員、大人しく俺が言うことをようく聞いておけ」
トライ・ハーダーの顔の斜め上に表示されている数字、視聴者数が爆発的に増加していく。
「何も隠さずに言うぜ。このライブ・アクトは攻撃されている。それも途方もなくデカく、多く、クソみたいに大量の金を持った連中にだ。連中は『コールド・リップス』の活躍を快く思ってないようで、恐らくこの間のゴールドコーストでの一件も連中の仕業だ」
モニターが切り替わる。トライ・ハーダーの代わりに、網の目のようなシステム図が表示された。赤く染まった線の中で、黒い点がひとつ点滅している。
「M.U.D.のナイトとしても活動してきた俺だが、これは内緒だぞ! いいか、今ここが俺たちの攻め落としたちっぽけな砦――このモニターと音響システムの一部、それとドローン一台だ。これで俺は会場とのインタラクションを成功させている。いいか、砦なんてそう簡単に落とせるもんじゃねえ。これは俺がある友人、どっちかっていうと悪い友人だが、そいつの腹を掻っ捌いて、埋め込まれていたある機械を除去して停止してやったからなんだが――」
トライ・ハーダーがまた映し出されてたモニターに、別の男が割り込んできた。
「ガールズ、――ガールズ! ほんとうに、すまなかった」
息を切らせるように大声を張り上げたのは、ディーンであった。頭と腹に包帯を何重にも巻いている。
「僕はこのT.H.に救われた、君たちも生きて帰ってくれ――君たちは今を生きる若者たちの希望だ、頼む、ガールズ!」
ディーンは別の誰かに羽交い絞めにされたようで、それからすぐに画面から消えた。
「すまない、少し邪魔が入ったが、奴も功労者だ。奴のおかげでこのモニターを占拠できたわけで――とにかく、時間がない。ここからはシミュレーションだ」
黒い点がじわじわと広がり、網の目を侵していく。
「今の俺たちにもう少しだけサポートがあれば、システム全てを奪還できるし、さっきまでガールズが見せてくれていた最高のステージを取り戻すことが出来る。そこで、だ」
さらに画面が切り替わる。安っぽいチラシのような毒々しいデザインで、何かの機械が紹介されている。
「連中のアタックを遮断してシステムを取り戻すための環境だ!」
超巨大サーバー群のレンタル費用であった。その真下に「$5,000,000」と表示される。
「こいつは俺の貧弱な出資力では到底及ばねえ高すぎる目標だ! さてこれを手に入れるにはどうする?」
モニターが元に戻る。再度大きく映し出されたトライ・ハーダーの上方に、小さな象のアイコンと「TIP」というロゴが表示されている。
「俺に出来るのはこうして話すことと、あとはラップを歌うことだけだ。だが聞いてくれ。みんなもガールズを眺めるとき、何かを見ているだろう? 俺は見ている。もしかしたら、俺たちの諦めた夢が、途方もねえ野望が、傷つけられた過去が、フェニックスみたいに蘇るんじゃねえかって――ガキの頃夢見たヒーローに、彼女たちならなれる。だがそれはやっぱり難しいことだった――でっけえ敵がいて、こいつらはいつも俺たちを見張ってる。いつでも俺たちはこいつらに負け続けた。相手が誰かも分からず、自分よりも強い奴に頭を下げ続けた日々――だが、彼女たちは抗った!」
MCの声は少しずつリズムを帯び始めている。それがラップの形を取り始めるまで時間はかからなかった。
「反抗とは孤独だ、孤独は宿命だ、誰しも抗うことを馬鹿にするし、誰かの為に生きることを否定する。奪われた奴は奪われたままでいいと、それはそいつのせいだと嘯くだろ? 俺は違うと言いたい、どんなに惨めなやつでも胸を張って生きていける、そんな夢を見ながら眠るんだ、しかし今は目を覚ますときだ!」
MCの声が、静まり返った会場にこだました。誰もがじっとモニターを注視している。
MCは注意深く、視線を左右に動かした。
「後は分かるな? 俺は日本のコミックが大好きで、こういうときに引用したい良いセリフがある――『俺に力を分けてくれ』!」
静寂が続いた。
誰も動かなかった。
惨めに立ち尽くすローズに、誰も、何の反応もしなかった。