開演
ライフルを構えた少女たちは、音もなく体を揺らし始めた。
ステップを最小限に、上半身の動きだけでうねりを作っていく。
身に付けているのはカッターシャツとタイトなパンツだ。しんと静まり返った会場に、ステージ上に並んだ少女たちの静かな動きによる衣擦れの音だけが響く。
やがて、動きは均一なものから枝分かれしていった。
いくつかの振り付けのパターンを数名ごとのグループが遂行していく。少しずつ移動やステップが増えていき、次第にタップダンスに近い挙動へ発展した。
前へ、後ろへ、右へ、左へ、少女たちが銃を構えたり下ろしたりしながらパフォーマンスを続ける。
次に、グループはふたつに分かれた。真ん中の花道への入り口を境に両端に寄っていく。
そして、タップが連符を刻んだ後、一斉に止まった。
また照明が落ちる。
怒涛のような歓声が沸き起こった。
ステージの後ろを、ひとつの影がゆっくりと歩いている。
マイクを携えており、真ん中の空間まで来て、けだるげに体の前で手を組んだ状態で静止した。
甲高い、ピアノの単音のフレーズが流れ始めた。
シンセサイザーの煽るような重低音が少しずつピッチを上げていく。
風が巻き起こるような浮遊感が生まれている。歓声もそれに合わせて音量と音階を上昇させていくようだ。
そして、一気に全ての照明が最大出力で開かれた。
挑戦的な表情の、ローズの姿があらわになった。
普段よりも鮮やかな赤で染められ、より豪奢なレースが施されたドレスだった。
ややしかめた顔は、自分に注がれる視線を取るに足らないものと斬って捨てるような迫力すらあった。
燃え盛る炎――これがこの少女に深く刻印されたイメージだった。
真っ赤な紅を引いた口元は固く結ばれ、華奢で小柄ながら空間に膨張するかのような迫り来るイメージはまさに、吹き上がる炎を連想させた。
ステージ上のあらゆるものに乱反射した光は、観客の目をしばし焼いた後、このローズの姿をこれでもかとくっきりと網膜に焼き付けた。
ローズが不敵に微笑む。
いつも彼女がそうしてきたように、歪んだいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
オーディエンスから一斉に手が上がる。そのうちの大半にスマートデバイスが握られている。撮影とともに全世界へ向かってその様子は放たれていく。
ステージ上にバラの花びらが撒き散らされている。
ローズがゆっくりと前進した。バンドがルーズなテンポで演奏を開始した。
花道を歩いていくローズを、オーディエンス・ショットが、空中を舞うドローンが、照明の数々が追っていく。キラキラと光のチリを撒きながら、ローズが進んでいく。
重々しいビートから徐々に加速が始まる。ローズの歩みもそれに合わせて速くなっていく。速くなっていく。
これを追う様に、踊っていた少女のうちの二名が駆けていく。やがてローズは小走りに駆け出し、花道の先端、円状に広がった小ステージへ駆け込んだ。
ローズの絶叫が会場に轟き渡った。
その小さな体から発せられたこの強烈な音波は、聴く者の耳をつんざき、腹を震わせ、足元から濃密な熱を沸き躍らせた。
バンドが奏でるビートが、二倍の速度へ変貌していた。
会場全体が震えるように動き出していた。そこかしこでモッシュが発生し、巨大な渦のような流れが発生した。
怒涛のように連発される言葉と旋律の奔流に、居合わせた者は残らず震え上がっていた――そして同時に、自らの意思に関わりなく、夢中で踊りだしていた。
ローズが手を掲げれば手を掲げ、ステップを踏めばステップを踏んだ。異常な狂騒だった。会場を、割れんばかりのコール&レスポンスが満たしていく。
そして、その背後からふたつの影が現れた。
ステージの両袖から出てきたそれは、中央で合流すると手をつないだ。
悲鳴に近い声が次々と上がった。
サクラとシャムロックだ。
サクラは黒と白の、着物に良く似たデザインのドレスを纏っている。ローズに比べれば控えめだが、その長身から優しく垂れ下がるシルエットは、張り詰めた優雅さを醸しだしている。
シャムロックは緑色のドレスだ。彼女のドレスもまた、いつもより鮮やかな色彩だった。ゆったりとしたドレスは、三人の中で最もシンプルな装飾だったが、胸に大きなケルト十字をあしらっていた。
トラックは間奏に入り、踊っていた少女二人とサクラ・シャムロックが入れ替わった。
三人はステップを止め、小ステージに真っ直ぐ立った。
オーディエンスは荒れ狂う波をより激しく際立たせた。三人を崇めるように、両手を掲げて懸命に体を揺らしている。
サクラがローズに何かを耳打ちする。
ローズは苦笑いし、何かを言い返した。
そして、ローズがマイクを掲げた。
「こんばんは、メルボルン。最高の夜が始まったわ」
バンドが演奏をフィニッシュへと展開させた。会場を振るわせるキック・ドラムが二つ鳴り響くと、また割れんばかりの歓声が沸き起こった。
ローズとサクラが踵を返し、そこにシャムロックだけが残った。
バンドネオンとフィドルがバンドに加わる。
「メルボルン! ご機嫌だね」
拍手と口笛が鳴り響く。シャムロックは手を大きく振った。
「ありがとう、こんなに歓迎されたのって始めてかも」
また拍手と歓声が上がる。
「それじゃ、あんまりおしゃべりしててもしょうがないかな。次は僕の曲だよ。昔々、あるところに、素敵な王子様がやってくるのを待っている女の子がいました――ね、よくある話だ」
シャムロックは少しうつむいて、首を振ってから続けた。
「でも、王子様はいなくなった。時計は十二時を打って、僕のおうちは魔法が解けたらなくなっちゃった!」
鋭いギターのストロークから、フィドルが痛切な旋律を重ねた。
シャムロックが、にっこりと笑う。
「これは、僕のささやかなおうちと、素敵な、大事だった家族のおはなし――」
言うや、ギターのストロークが激しさを増した。ストレートな8ビートのロックナンバーだ。体を揺らしていた観客は腹の底から歓声を上げた後、跳ねるように縦に動き始めた。腕を挙げているものも多い。
シャムロックの、いつもより鋭いボーカルが響き渡る。
" 僕はおとぎ話の中に生きていたんだ
誰にも見つからない遠い国でのお話だよ
あの記憶も香りも忘れてしまった
だってとっくの昔に置き去りにしてしまったから "
会場のあちこちにモッシュが発生した。シンガロングも起きている。
二曲目にも関わらず、観客の熱気は相当なものとなっていた。せりだしたステージで、シャムロックはほとんどステップを踏まず、搾り出すようにマイクへ向かって声を張り上げる。
歌詞の主人公である少女は、おとぎ話の夢から覚めた後、魔法のお城を埋めるシャベルを手にした。その手で、少女は自分のファンタジーを葬っていく。
歌詞のもの寂しさとは裏腹に、激しいビートが会場をどんどん煽っていく。
「パラッパッパラッパッパーラッ!」
オーディエンスとシャムロックの声が重なった。たくさんの手が挙がっている。
誰もがシャムロックを見ていた。シャムロックは手を挙げて応える。
初夏のチリチリとした空気が、時折吹く風に運ばれてくる。海の匂いと汗の匂いが混じりあい、透明で官能的な雰囲気を醸し出していく。
二番に入ると、それまでほとんど動かなかったシャムロックがスキップのようなステップで踊り始め、おどけたようなパフォーマンスを始めた。
会場のボルテージがうねるような熱気を運び始める。バンドもステージ上で激しく頭を振っている。誰もが笑っている。
一方で、歌詞はどやはりこか寂しげな内容だった――それは、おとぎ話を信じていた女の子が、自分のファンタジーと決別していく。
" でもやっぱり魔法だったんだよね
手でつかむことは出来ないし
心で感じることも出来ない
僕はそれを信じることが出来なかったんだ "
シャムロックの目に、照明に照らされてキラキラと光るものが浮かんでいる。
「ありがとォー! 最高だよ!」
シャムロックが叫び、オーディエンスが歓声で応えた。
佳境に入ってきました。頑張ります。
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