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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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前夜

マッドアイランズ・ロックフェスティバルの前日に、会場は一般に開放された。


用意された贅沢なオーディオシステムは有志のDJたちが自由に使用できたし、そこかしこのビーチでジャム・セッションに興じるアーティストたちがいた。


無料のモーターボートがオールナイトで行き来しており、酩酊したパーティ・ピープルを何度も運んでいる。


中には翌日のフェスティバルのラインナップにも入っている有名なアーティストもいたが、運営側の粋な計らいにじっとしていられなかったのだ。彼らは自由でフラットな雰囲気を心から堪能していた。


当日の会場運営は全てモバイルバッテリーで賄う予定になっており、その一部はこの前日でのお祭り騒ぎに貸与されていた。ただし照明器具のほとんどは機能しなかったので、あちこちで焚き火がされることになった。


それに合わせて、原始的なパーカッションのビートを中心としたエスニック調のダンスミュージックが好んでかけられた。誰からともなく上着を脱ぎ捨て、あらんばかりの力で叫ぶ声が時折上がる。


島の周囲は開放されていたが、内側のほとんどは整備されていなかったのでレイブは発生しなかった。男女が、あるいは同性同士が肩を抱き合いながらこの闇に消えた。


こんな彼らも、本会場にはほとんどの者が立ち入らなかった。本会場内部の設備は貸し出しされておらず、機器や楽器を持ち込むには高すぎる柵が侵入を阻んだ。


そんな中でも数名は理性を失って、敢えていけないことに手を染めたくなるものである。実際、この前夜祭の最中に数名が柵をよじ登って中に侵入した。


そして彼らは残らず、数分後に会場外のぬかるみに意識を失って浸されていた。彼らにその間の記憶はなかったので、酔ったかトリップしたか、不可抗力によってさまよっただけだと思われただけだった。


またひとりがぬかるみに放り投げられる。


ぱんぱん、と手を叩いて腰に手を当てた小さなシルエットがあった。


シャムロックである。


「まったく。入ってきてもなんにもいいことないのに」


あきれたように呟くと、踵を返して本会場へ戻っていく。


これだけ侵入に対してナイーブになっているのは、ゴールドコーストでの一件以降、襲撃者の頻度と数が段違いになったからだ。


『相手』は本気で自分たちを仕留めに来ている、とシャムロックは感じていた。他の二人にしてもそれは同じだろう。基本的に三人は迎撃ではなく逃避によって安全を確保し続けていた。


シャムロックは高い柵をひと跳びで軽々と乗り越え、メインステージへ向かった。


夜の風は心地よく涼しく通り抜けていく。この島のどこかに、刺客が紛れ込んでいるかもしれない。それでもこの夜は凪いでいるように静かで、柔らかに豊かな香りを含んでいる。


ひとすじの悲しさと、それを包み込むような不思議な温かさを感じながら、シャムロックは歩いた。


メインステージはとても大きい。


フェスティバル型のライブステージとしては珍しく、花道が用意されている。


両翼はたっぷり二十メートルはあろうかという規模だ。ヴェールの向こうには、巨大なディスプレイがあるはずだ。


あちこちにホログラムを出力するデバイスが取り付けられていて、その上全体として幾何学的なまとまりを持っていた――プロジェクション・マッピングを受け入れるためだ。


鳥が飛んでいくような形をしたステージを、シャムロックは思案深げに歩き回り、ふと立ち止まって見上げる。


「ねえ、サクラ」


返事はないが、ステージ上部の屋根の上にはサクラが座っている。真っ直ぐに、前方の建物を見つめている。


「明日、上手くいくかな?」


シャムロックが無邪気な調子でした質問にも、サクラは答えなかった。もとより、シャムロックはサクラの返答を期待していなかった。ここに来てから、サクラは一言も発していない。


「それとさ、なんか僕だけしゃべっててちょっと申し訳ないんだけど――僕たちって、何で歌って踊るんだろう?」


サクラはまだ答えなかった。少し目を細めて、一点をまっすぐに見つめている。シャムロックはゆっくりとステージを一周した。


「多分ね」シャムロックは続けた。


「そもそも僕たちは、それしか出来なかったんだ、歌って踊って、あと色々やって、所有者を満足させるだけの存在だった。それは今の僕たちも、結局のところ何も変わっていないんじゃないかな」


サクラが少しだけ顔を上げた。ややあって、答える。


「そうね」


短い返答だった。シャムロックはうなずいた。


「私たちは踊る人形。私たちは取るに足らないお慰み。私たちは道具よ。だからこそ歌うし、踊るし、戦うわ」


「サクラは、恐くない?」


サクラは顔をしかめ、くちびるを噛んだ。


「恐いわ――とても恐い。明日にでもこの身が動かなくなるのではと、でもそれよりも――この短い生のうちに捉えた小さな光でさえも、やがて消えてしまうのではないかと」


「うん」


シャムロックは相槌だけを打った。


シャムロック自身にも同じ感覚があった。


ただのロボットとして生きて死ねば、何も苦しまずに済んだかもしれない。あるいは、普通の人間として生まれていれば、何も心悩むこともなく生きていけたかもしれない。


今自分が得ているこの一分一秒が、果たして価値のあるものなのか。


シャムロックにも、分からないでいた。


「だからこそ、『敢えてそれを選択する』って、ローズならきっと言うよね」


「ええ――」


サクラの体が小刻みに震えていた。


「その通りよ。ほんの少しだけ、お姉様が言っていたことが分かってきたわ。明日どうなるか分からない。意味のあることをしているのか分からなくて、恐い。でももうこの選択肢以外を取る方法は、私たちにはないわ――そうでしょう、シャムロック?」


「うん」


シャムロックは、サクラを見上げて笑いながら相槌を打った。


「それって、すごく、楽しいことなんだね」


サクラが身を震わせ、自分の肩を抱くように身を縮めた。


「ええ、そう。楽しくって、息苦しくって、これが――生きてるって言うことね」


風に乗って、焚き火の灰が飛んできた。焦げたような香りが、夜の海風に乗せてやってくる。月が差し込み、ステージを照らす。


「ねえ、サクラ」


シャムロックが灰のうちひとつを指に取った。


「僕たち、明日生きていると良いね」


その灰を、放るように空中へ浮かばせると、それは粉々に散って空気に溶けていってしまった。


サクラは答えなかった。


また、真っ直ぐ前を見つめている。


やがて差し込んだ月が雲に隠れ、ステージは闇に沈んでいく。



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