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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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夕餉

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 *


暗い、広い部屋のど真ん中にテーブルが置かれている。


黒いベルベットの絨毯と黒いテーブル、黒い大きな椅子を、温かい色調の証明が照らしている。サクラと四十二番は差向いに座っており、それぞれの前には温かいオニオン・スープが湯気を立てている。


「そこまで落ち込むことではないわ。そう塞ぎ込まないで頂戴」


サクラが優しく語りかけた。


部屋に二人以外の気配はなかった。


「まさか貴方、踊り方まで忘れているなんて」


「ごめんなさい」


四十二番は気落ちした、消え入るような声で呟いた。

サクラはかぶりを振った。


「謝る必要なんてないわ」


困ったとばかりに机に頬杖をつき、うつむいたままの四十二番を覗き込むようにした。


「でも、少しずつでも記憶を取り戻さないと、今後に関わるわね」


四十二番はステージの上の感覚を思い起こした。

興奮と狂騒と、どこか寂しさの入り混じった不思議な空間だった。確かに自分はあの空間に、一瞬「懐かしさ」を感じたのだった。


しかし、それも結局はっきりしない感覚で、記憶はまだ闇の中だ。そして派手に転んだショックで、四十二番はひどく居心地の悪い気持ちになっていた。


「怪我がなくてよかったわ」


少し間をおいてそう言い、サクラは笑った。仕草で四十二番にスープを勧める。

四十二番は落ち込んでいるだけではなかった。確かに転んだのは少なからずバツが悪かったし、サクラには迷惑をかけてしまった。でもそれよりも、自分について、サクラについて、さっきの場所と女の子たちについて、いくつも分からないことがあった。


(私、これからどうしたらいいんだろう――?)


サクラはそんな四十二番をしばらく見つめて、また「ふっ」と笑った。


「大丈夫よ。貴方はついてるわ」


四十二番は顔を上げた。サクラが自分の心を読んでくれるのを待っていたのかもしれない。サクラはまた頬杖をついた。


「貴方には私がついているわ。どんなことだって力になってあげる。何でも分からないことがあったら聞いて頂戴」


四十二番はサクラのとても優しい笑顔と言葉に胸が詰まった。少し涙がこみ上げたが、何とか我慢した。


「ありがとうございます」


サクラはうなずいて少し首をかしげた。「さあどうぞ」という仕草に見えた。

四十二番もうなずいて、ひとつめの質問をした。


「ここはどこですか」


「良い質問だわ。とても素敵」


サクラはまた仕草でスープを勧めた。四十二番はようやくスプーンを手に取った。


「ここは私が昔よく来ていた――連れてこられていた場所よ」


四十二番がすくって口に運んだスープのひとくちに驚いた。


(めちゃくちゃ美味しい!)


サクラは目を細めた。


「ここが安全なのは、もう私以外この場所を知らないから。“あの人”はもうこの近くにいなくてね」


「“あの人”?」


「そう、私の前所有者よ」


所有者、と聞いて四十二番は面食らった。でも考えてみれば当たり前だ。アンドロイドはモノなのだから、誰か所有者がいてしかるべき代物だ。


「それは――どんな人でしたか?」


「とーっても、お金持ち」


サクラはいたずらっぽく笑った。


「私を設計させて、最高の素材と技師を集めて、まだ完成すらしていない最先端のAIをインストールさせるくらいにはお金持ちだったわ――でも」


サクラの顔から表情が消えた。


「私の頭の中に、“あの人”や私の過去の生活に関わる直接の記憶はないわ。恐らく何らかの手が加えられたのね」


「『手』?」


「そう。都合の良い悪い、というものがあったようね。特に私のような『特注品』には様々な思惑がついて回るわ」


四十二番は「特注品」と聞いて、あの男の言葉を思い出した。


「じゃあさっきあの男の人が言っていた『フラワーズ』って」


「そう、私も『フラワーズ』のうちの一体よ」


「あっ」


そこで四十二番はようやく気付いた。「サクラ」は花の名前だ。


「そういうことよ――貴方はどうかしら。私の知らない顔だから、おそらく別のモデルだとは思うのだけれど」


サクラは飲み干したスープの器を少しだけ端に寄せた。器を片付けに来た給仕の男の子もまた、アンドロイドなのだろう。給仕は暗闇から出てきて暗闇に消えた。


「ただ『フラワーズ』が全部で何体存在するか私は知らないし、多分誰も知らないんじゃないかしら。この広い世界のあちこちから、有志が多額の資金をかけて自分の欲望にそう最高のアンドロイドを開発する――それが、私たち」


四十二番の器も空になった。次に運ばれてきたのは貝とエビが入った少し大きめのココットだった。バジルやオレガノの華やかな香りが広がる。


「マナーなんて気にしなくていいから、おかわりも好きなだけどうぞ」


はい、と四十二番は元気よく答えた。サクラは笑った。


「それで、サクラさんは」


「サクラ、でいいわよ」


えっ、と四十二番は言葉に詰まった。自分がこんなに綺麗な子を呼び捨てにしていいのか分からなかった。だが、


「サクラは」


「そう。それでいいの」


「――サクラは」


四十二番は繰り返してみて、何とも言えない心地よさがあることに気付いた。素敵な名前だ。


「今は誰のものなんですか?」


「今は誰のものでもないわ。捨てられたの」


「えっ」


サクラは何食わぬ顔でムール貝から身を取り出して口へ運んだ。四十二番はしばし言葉を失った。この人が捨てられる? どうしてそんなことが起きるのだ?


「難しいことではないわ。新しい子が来たからよ」


「でも、あなたみたいな人を捨てるだなんて、そんなのおかしい」


「ありがとう。でも起きてしまったことなの」


サクラは少し寂しそうに笑った。


「私たちスカイドールズは、人の欲望に忠実に作られるものだから、常に変化する人の欲望に合わせてどんどん新しいドールズが開発されているの」


「でもサクラは、その、以前のマスターの特注ではないんですか」


「特注だからこそ、かも知れないわね。所有者が飽きたら、おしまい」


そんな――と四十二番は絶句した。こんな人を前にして「飽きる」だなんて、どんな神経してるんだろう?


「それに私自身、あまり献身的なドールではなかったのではないかと思うわ。夜伽も得意ではなかったかもしれないし、〝あの人〟を十分満足させられていたとは言えない状況だったかもしれない――何となくそんな気がするだけで、何も、覚えてはいないけれどね」


「夜伽――」


そんな言葉が出ると思っていなかった四十二番はまた固まってしまった。サクラは眉一つ動かさずエビの身を口へ運んだ。


「ええ。ドールズの宿命というか、所有者が求めることは叶えていかないとね。捨てられてしまうから」


そしてグラスの水をゆっくりと飲んだ。


「――私みたいにね」


笑えない話だった。四十二番は、サクラを好き勝手にした人間が存在することが信じられず、また、許せない、と強く思った。しかしその目の前でサクラはとても淡々としていて、まるで未練のようなものを感じなかった。


「あの、サクラ」


「ええ。次の質問は何かしら」


「“あの人”に会いたいですか?」


「ええ。殺したいわ」


即答だった。それまでの言葉と全く変わらないトーンだったが、そこには剥き身の切っ先のような底冷たい鋭さがあった。それは紛れもない「敵意」だった。


「ごめんなさい、驚いたかしら。でも、偽りようのない事実なの。私は〝あの人〟を殺したいの」


「どうしてですか?」


「記憶にないけれど、私のソウルが何かを強く主張しているの。それはこう言っているわ――『己の尊厳を踏みにじったものを決して許すな。奪われたものを取り戻せ』と。私はそれに同意するわ。貴方はこの言葉を正しいと思う?」


「――はい」


四十二番は正直に答えた。サクラもそれに満足そうに笑った。


「だから私には武器が必要なの。それにはひとつずつ条件を揃えていかなければならない。色々とこうして潜り込んで調べているのだけど、“あの人”につながる情報は見事に秘匿されているわ――“モンスーン社”によってね」


「モンスーン社って、何ですか?」


「全てのドールズの開発を行っている企業よ。一応、全てのドールズはモンスーン社のシステム上で管理されていることになっているけど、貴方と私を見れば明らかなとおり――システムなんて所詮いい加減なものね」


二人は魚料理を平らげた。次にフィレ・ステーキが運ばれてきた。大きくはないが、分厚くカットされていて贅沢な見た目だ。実に香ばしい、ワインとチーズの香りのする一品だった。


「せっかくシステムから逃れたんだから、自由を楽しまないとね」


サクラは片目を閉じた。所謂ウインクだ。少し古い動作なのに、サクラのとても長いまつ毛が揺れるのが綺麗で、こういうのを優雅と呼ぶのだと四十二番は思った。


「次の質問があるかしら?」


「ええと――どうしてサクラはあそこに?」


「さっきのクラブハウスかしら? 特に理由なんてないわ。ただ“何か”を感じたから――でも、大正解だったようね。貴方のような素敵な女の子に会えたんだから」


四十二番はそう言われて顔が紅潮するのを感じた。まただ。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。


「じゃ、じゃあ――サクラは、これからどうするんですか?」


それまで余裕を感じさせる笑みをたたえていたサクラの表情が、わずかに曇った。


「それがね――私がゴミ捨て場から逃げ出してからもうかなり立つんだけど――何の手がかりもなくて、困っているの」


サクラの言う「手がかり」とは、彼女が果たそうとしている復讐の相手、つまり元所有者に繋がる何か、という意味だった。フラワーズの存在は巧みに現代社会から隠され、所有者たちの情報も、リアルにもネットにも転がっていないの、とサクラは言った。


「それじゃあ――困りましたね」


本当に困ってしまった四十二番を見て、サクラはまた口元をほころばせた。


「あまり計画は細かく立てる方じゃないの。元々歌って踊るのが本分だから――でも、まずは、どうしても会って話をしたい方がいるの」


「それはどなたですか?」


「私のお姉様よ」


サクラはナイフをくるりと回した。サクラの指にはまっている指輪に当たって軽快な金属音が鳴る。


「お姉さんがいらっしゃったんですね」


「ええ。実は『フラワーズ』は同じ技術を元に作られていて、私の製作時にモデルとなった型番があるの。そしてその方とは、出荷前にとても仲良くさせていただいたわ」


「やっぱり――綺麗な方なんですか?」


「ええ。私は私の造形を客観的に評価は出来ないけれど、おそらく私より美しいわ」


「そんな方、いるんですか」


正直な感想だった。サクラは高い声で機嫌のいい笑い声をあげた。


「それは貴方、世の中いろんな価値基準があるのよ。どう考えたって私が全世界の人々にとってのナンバーワンではないわ――でもね」


サクラはここで一旦言葉を切って、フィレ・ステーキを口へ運んだ。四十二番もそれに習い、口に入れたフィレ・ステーキの柔らかさに目を見開いた。非常にポピュラーで、人間の歴史を長く楽しませてきた食感だ。甘さを湛えた肉汁が口いっぱいに広がる。


サクラがうっとりとした目で話し始める。


「あの方はもしかしたら、そうなれるかもしれないわ。お姉様の目は、そこにいたドールズに勇気を与えて、自分らしく生きることを肯定してくれた。あまり多くを語る人ではなかったけれど、でも優しくて、意思がまっすぐな、最高に素敵なドールだった」


四十二番もそれを聞きながら、夢見心地のような快い感覚を得た。そして同時に、自分もその人に会いたいと思った。

サクラが不意にテーブルに紙を取り出して置いた。広げると、手のひら二つ分くらいのメモになっていた。


「今はネットも有機的につながっていて良いわね。大抵のことは分かるわ」


四十二番が覗き込んだそれは、一見無造作な文字の羅列だった。


「でも、お姉様に少しでも近づくために色々な情報を収集したけど、結局上手くつかめないでいるの。手に入ったのはこのメモだけ」


「これは、何ですか?」


「分からないわ。いくつかのサーバーから自動的に送信されているメッセージのようなのだけど――私のソウルは、これをお姉様が送ったものだと確信しているわ」


四十二番はまた改めてメモを覗き込んだ。


暗号の一種のようだった。四十二番は夢中でそれをじっと見つめた。サクラは少し驚いたように目を見開いて、四十二番が文字を辿るのを見ていた。


「サクラ」


「何かしら?」


「次の言葉に覚えはありますか? ――H、L、V、S」


「H、L、V、S――」


サクラはつぶやいた。そして、その顔が見る見る驚きにあふれていった。


「“Hasta La Victoria Siempre”――お姉様の口癖だわ!」


サクラはメモを手元に引き戻してまじまじと見つめ、そして顔を上げた。


「素晴らしいわ、貴方! どうやってそれを?」


「ええと――なんで、でしょう?」


サクラは一瞬呆気に取られたようだったが、改めてメモに目を落として、納得したように頷いた。


「世界に存在する標準時の経度を乱数として文字列をシャッフルしているのね。貴方、なぜそんなことが分かったのかしら」


四十二番にはそれが全く分からなかった。ただ、見つめていると、何となくアルファベットが四つ浮かび上がってくるように見えたのだ。


「ともあれ、お手柄だわ。本当に素敵。あとはとても簡単なパズルだわ。――なるほど、ゼロが基準になっているのね」


「あのう――」


不安そうに声をかけようとした四十二番をよそに、サクラは意気揚々と立ち上がった。


「それじゃあ、行こうかしら」


「えっ」


「貴方、行くところがないなら、少し付き合ってくれないかしら? もちろん貴方さえよければ、だけど」


サクラはとても明るい笑顔でそう申し出た。目が燃えるように輝いていた。


四十二番には断る理由はなかった。サクラといれば安心だったし、恐らく自分の境遇としては彼女と別に行動するメリットもなさそうだった。


「はい、でもどこへ?」


「そうね、すこぉし足を伸ばして――イングランドへ」


四十二番は目をしばたいた。


サクラはそんな四十二番に、くすくすといたずらっぽい笑みで応えただけだった。


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