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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
35/57

渡豪

オーストラリア、メルボルン。


今年で7回目になるロックフェスティバルの準備が進んでいる。


今回の運営委員長のマクブライドは、突然降ってわいた二つの問題に頭を抱えていた。


ひとつは、連合政府絡みの案件である。


重要人物二人のアテンドが表向きのミッションだが、その裏には非常に細かい注文が並んでいた。


そしてそれらを眺めていたときに、マクブライトの脳裏によぎったのは「隠蔽」という言葉である。


オリンピックやロックフェスのような大きなイベントの裏で、麻薬取引や人身売買などの普段では行えない違法なオペレーションを遂行する連中が、世の中には一定数いる。


イベントでは情報の奔流が発生する。その際に、重要なアラートやニュースは容易に押し流されてしまう。そこにそういったオペレーションを挟むと、普段よりも上手く隠し通せることが多いのだ。


そうした目で見てみると、重要人物というのも本物が来るかどうか怪しいものだ。


そもそもこれ自体も陽動のようなもので、実際にはこの細かい注文リストの方が重要なのかもしれない。


「なあリサ、こいつをどう思う」


マクブライドは、オフィスで新聞を読んでいた部下に声をかけた。


リサは何も言わず立ち上がり、マクブライドのところまでやってきて、その注文リストを手に取って眺めた。


「これ、プライベートパーティですね。多分、違法の」


「やっぱり? やっぱりそう?」


リサはフン、と鼻を鳴らした。


「警察に言っといた方が良いですよ。そもそもこのイベント、元締めがマフィアですし」


「やっぱり? やっぱりそうした方がいいかなあ?」


呆れ気味にリサがため息をついた。


「でも出来ないでしょ、社長。今この仕事蹴ったら、私たち明日から職なしですよ」


「そうだよなあ」


マクブライドは頭を抱えた。


「あ、そうだ、リサちょっと聞きたいんだけど」


「何です」


「『コールド・リップス』ってグループ、知ってる?」


「ええ、有名ですよ。何を今さら」


「何か、ど真ん中のトリで出させろって言ってるんだよねえ」


「何言ってるんですか。断ってください」


「それがさあ、事務所がスポンサー料で凄いお金出すって言ってるんだよ」


リサが即座に立ち上がり、またマクブライドのところまで来て、彼が眺めていたメールを覗き込んだ。


「ね? 凄い額でしょ?」


「社長」


リサの目が真剣そのものになっていた。


「私たちにも便宜を図ってもらいましょう。そしたら私、この仕事に初めてやりがいを感じられると思うんです」


「君ねえ~、もうちょっと言い方あるんじゃないかな~」


言いながら、マクブライドは既に返信文を作り終わっていた。自分のところにも交渉手数料を3%くれ、というものだ。それだけでこのオフィスを移転できるくらいの資金になる。


「送信、と」


「よく出来ました」


リサがマクブライドの画面を後ろから見ていた。


「君は抜け目がないよねえ~」


「社長も人のことは言えませんね」


もうすぐ午前が終わる。メルボルンの街は、これからランチタイムを迎えるところだ。


もちろんこの街の誰も、これから起こるであろう壮絶な事件にまだ、全く気付くよしもない。



*************************************************************


ポート・フィリップ湾は、二つの突き出た半島に囲まれた大きな湾だ。


そのうちモーニントン半島は、鳥のくちばしのような細く突き出た先端を持っており、この一帯はリゾートとして多くの観光客を集めている。


特に先端近くの原生林の残るナショナルパークからソレントにかけては高所得者層の別荘地として人気が高く、各国の著名な実業家が大邸宅を並べている。


ミリオネア・ウォーク――すなわち、億万長者の小路と名付けられた海岸のストリートにもそれは顕著に現れている。


ゴルフクラブや会員制のビーチ、テニスコート、プールなど、彼らが心地よい休日を送るための施設があちこちに用意されていた。


その一角、真新しい邸宅が、スタン・フィールドによって落札された。


つい一週間前のことだ。スタンは新しい住まいに概ね満足だった。


内装やオプションについてはそこまで細かい注文はつけておらず、周囲といかに没交渉でいられるかが彼にとって大きな問題だった。


彼にとって幸いなことに、メルボルンにはモンスーン社の関係者はほとんど訪れない。


彼はスタッフたちに「少し遅い休暇で、しばらく帰らない」と伝えてあるが、実際にはアメリカへ帰るつもりはなかった。


「少しは慣れたかな」


ビーチに面したバルコニーにベンチがいくつか置かれており、白いワンピースと紺色のカーディガンを羽織った四十二番が座っている。


四十二番は振り返って、優しく微笑んだ。


「はい、マスター。ここはとても良いところですね」


「気に入ってくれたか。うれしいよ。既に落札者が決まっていたんだ、買い取るのには苦労したんだよ」


スタンは四十二番の隣に腰掛けた。


ほんの少し、四十二番が身じろぎする。


とても精巧な代物だ。オフィスで雇っている量産個体とはわけが違う。


首筋の影、時折見せる不安そうな表情、 どれも人間のそれと区別がつかない。


「ありがとう、マスター。私のために、こんな素敵なプレゼントをくれるなんて」


「なんだってわがままを言ってくれていいんだよ、シャムロック。君のためにお金をたくさん用意してある」


スタンはサングラスを外して、にっこりと笑った。


四十二番も笑い返して、海を眺めた。


スタンは身震いした。もう老いが隠せない体に、ときめきがほとばしるのを感じるのだ。


散々金で女を買ってきたが、あんな作り物ではない、リアルな質感を存分に堪能しているのだ、私は。


そしてスタンは、四十二番の白い手を握ろうと、手を伸ばした。


胸が高鳴る。


これまで、女性の手を握るのにここまで躊躇したことがあったろうか? しかし、手を握る前に、四十二番が出し抜けに海の向こうを指差した。


「マスター、あれは?」


「ああ、あれか――」


四十二番が指差したのは、海上に浮かんでいる巨大な構造物だ。


方々から重機が腕を伸ばしており、何艘もボートが止まっているのが見える。


真っ青な海の中に蜃気楼のように浮かび上がるそれは、海上要塞のようにも見える。


「もうすぐ夏になるだろう――あそこでお祭りがあるそうだ。君はあまり気にしなくて良いが、音楽は好きかね?」


「ええ、私、音楽は大好き!」


四十二番がスタンへ向き直った。無邪気な笑顔になる。


「そういえばそんな設定も注文したかな。五年も前のことだから、覚えていないが――そうか。それなら行ってみても良いかもしれないね。大きな音楽フェスティバルが開かれるんだよ」


四十二番は不思議そうにスタンを見つめている。スタンはその様子に眉をひそめた。


「『音楽フェスティバル』が分からないかね? 連中め、チューンアップにしくじったか」


スタンはおしゃべりを中断し、四十二番を連れて屋内に戻った。リビングルームの壁に、カフェオレ色の肌の男が浮かび上がる。


「ミスター・フィールド、御用でしょうか」


「マイキーを出せ」


男は、毒を飲んだような苦しげな表情を見せた。


「恐れながら、ミスター・フィールド。あなたの担当は変更になりました。御用は私へお願いします」


「何だと」


スタンが声を荒げると、男は身を縮ませた。


スタンはいらいらと首を振り、男へマイキーを呼び戻すことと、納品されたものに不具合があるらしいことを手短に伝えた。


男はしばらく返事をしなかったが、スタンが同じ文句をもう一度怒鳴りつけると、返事と謝罪と媚びのような言葉をいくつか残して消えた。


「何を考えているんだマイキーは? まさか、不具合があることを分かっていて納品したんじゃないだろうな」


ぶつぶつと呟いているスタンをよそに、四十二番は自動的に起動したモニターでニュースをぼうっと眺めている。


特集番組だ。空港が騒ぎになっている。


到着ゲートには相当の数の人が集まっている。


リポーターは早口で到着するアーティストについてまくしたてている。アメリカ全土を揺るがすライブパフォーマンスを行ってきた三人組の、初の来豪です。老若男女問わずこの人だかり、SNSでは早くもバズを狙ったポストが無数に投稿されており――。


スタンがその様子に気付いて近づいてきた。


四十二番は真っ直ぐに立って、モニターを見つめている。


「どうした? 空港にも興味があるのか」


テロップには、「マッドアイランズ・フェスティバル ヘッドライナー到着」とあった。


なるほど、とスタンは合点がいった。


この個体は、盗まれている間はおそらくどこかに保管されていたか何かで、ほとんど社会性を身につけていないのだ。


反面、個性を示す個別のデータは予め用意するため、情報の網羅に一部不整合が生じているに違いない。


「なるほど。やっぱり君は音楽が好きなんだね? どれ、どんなアーティストだい」


四十二番はまっすぐにモニターを指差して、振り返った。


「マスター、私、この方たちのライブを観に行きたいのですが」


「ああ、いいぞ。とびっきり最高の席を用意しよう」


ゲートから、数名のガードに守られながら小さな影が現れた。


『コールド・リップス』というロゴが画面を彩った。


サングラスを外し、沸き起こった大歓声に答える少女が大写しになる。よく画面に映える緋色のコートを着ている。


リポーターがまたまくしたてる。リーダーのローズのイメージカラーはご覧のとおり赤です、オーストラリアに小さな、美しいサンタクロースがやってきました――。


少女は立ち止まり、コートを荒々しく脱ぐとガードマンのひとりに押し付けた。手を振りながら歩き去ってしまう。


四十二番が立ち尽くしている。続いて降りてきたのは、黒髪でTシャツ姿の少女だ。さっきの少女よりいくぶん背が高い。


「随分よく出来た造形じゃないか。まるで――」


論評しようとしたスタンを遮るように、四十二番がスタンの方へ駆け寄ってきて、人差し指でスタンの口元を押さえた。


「マスター、ありがとう! 私、おなかすいちゃった」


スタンは四十二番の突然の行動に驚いたが、すぐに答えた。


「ああ、私もだ。そろそろ昼食にしよう」


今度はどうにか躊躇せず、スタンは四十二番の手を握ることに成功した。


四十二番は無邪気に笑い、それにスタンも笑顔で答えた。


二人が出て行った部屋で、モニターにシャムロックの姿が映し出された。それを見ているものは幸いにして、いなかった。




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