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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
33/57

始動

「市場はアメリカだけではありません。今ではアジアも大きな市場で、コアなファンをつかむには欧州も忘れてはいけません。グレイト・ディバイドはコミュニティを大きく分断しましたが、マーケットはひとつです」


ローズがリッキーにいくつかの質問をし、リッキーはそれに具に答えた。少しでも気がまぎれれば、と、出来るだけ細かく話をした。


「面白い話をありがとう――」


しかし、それもいつまでも続かない。コーヒーが冷めきる前に、ローズがうつむいてしまった。


「ローズさん」


決心したように、リッキーが言った。


「あなたが懸命に取り組んでいるのはとてもよく分かる、痛いほどに――でもそれは、ある程度、というものを超えているかもしれません」


リッキーは言葉をあえて選ばなかった。ローズもよく理解しているはずだったからだ。それを、自分ではない声で語ってあげなければならない。


「あなたは、とても優しい方だ――だから、トゥルーズさんが帰ってくるまで、おそらくベストを尽くし続けるだろう。でもそれは、とても危険なことだ」


ローズがカップを持ち上げて傾けた。視線は窓の外をとらえている。


リッキーの脳裏に、戦い、歌い踊るローズの姿が浮かんだ。


「あなたは完璧なアンドロイドだ。それは、すなわち、死を恐れないということだ」


ローズは答えなかった。しばらくの間をおいて、リッキーが続ける。


「死を恐れないパフォーマンスはしばしば、時代を変えてきた。でも、それらは破滅的な最期を迎えることになる――だが、あなたがたの魅力はポジティビティだ。破滅してはならない」


ローズはリッキーの言葉に答えなかった。しばらく思慮するような様子を見せたが、ふと、苦笑いのような小さな笑みを見せた。


「リッキー」


「はい」


「私はね、待っているの」


今度はリッキーが聞く番だった。


ローズはゆったりと時間を持ち、じっと窓の外を眺めながら、続けた。


「世に、待つというやり方は、実はたくさんあるわ。あるものは、取るに足らないことで気を紛らわせ、あるものはいらいらと時間が過ぎるのを確認しつづける。またあるものは全く異なることをしはじめ、またあるものは、懸命に戦う――そして私は、戦い続ける者だわ」


ローズが不意に、リッキーの方を向いた。


まっすぐな視線だった。リッキーはそれをまっすぐに見据えた。


ローズは不思議そうに、続けた。


「なぜ戦ってでも、その目的を追い続けるの? 私には分からないわ。私は常に戦い続けて、諦めずに、立ち続けていたい――でもなぜ? ひどいことをされたから? 捨てられたから? どれも違うような気がするの」


リッキーは、ただ分からなかった。


これが一種の謎かけであることは理解していた。


ローズは既に、彼女の中に回答を持っている。しかし、リッキーはひとつの返答を試みた。


「ある、ロックンロールスターの言葉があります」


ローズが興味深いとばかりに片眉を上げた。


いたずらっぽい笑いが浮かんだ。そして、小さくうなずいた。


続けろ、ということらしい。


「――その男が言うには、こうです。『ロックンロールとは、選択肢のない音楽である』と。それしか出来ないから、それをやる。そしてそれを、人生で最高の選択だと誇るんだそうです」


リッキーは記憶を辿った。


あのアーティストはほかに、何を言っていただろう?


本来であれば、それ以外に選択肢がないからそうせざる得ない状況――人がしばしば運命と呼ぶそれ――を、『敢えて自分が選んだ』と宣言すること。


「そう――選択肢、すなわち逃げ道をふさいで戦う生き方は美しいのです。たとえそれが、他の誰かにとって滑稽でも、みじめでも、それを『敢えて選択する』ということに、意味があると」


ローズが、愉快そうに笑った。ローズが声を上げて笑ったのは、随分久しぶりだった。


「では私は、『戦い続ける』と、敢えて選択するのね――それはなぜ?」


リッキーには分からなかった。だが、おそらくローズならこう答えるだろう。


「それは、それが楽しいからでしょう」


「間違いないわ」


ローズが立った。やはりあまり背は高くない。


しかし彼女はいつも、ステージ上でとても大きく見えた。


それは彼女の揺るぎない自信から来るのだ――それは容姿や技術ではない。


彼女自身の「選択」に対する自信である。


「リッキー、私は待ち続けていたわ。これだけ上手く作られた私でも、やはりだめなときはだめだわ。今日までそうだったけど、とりあえずおしまいのようね」


ローズは、ドアの方にゆっくりと歩き始めた。


「私、じっとしているのが苦手なの。待っているときでも、進んでいるときでも、もがいて、もがいて、打開するのが好きだわ。滑稽でも、笑われても、それが私――でもね」


コトリ、とドアのあたりで音がした。


ローズがその音の発生元、郵便受けに手を入れた。


「いつだって知らせは、全く予想の出来ないところから届けられるわ」


郵便受けから手紙を取り出した。


ローズはそれを、静かに開くと、時間をかけて目を通した。


そして、それを読み終わると、顔を上げた。


ローズの目が、強い光を放っていた。いたずらっぽい笑みはより大きなものになっている。


「いい? リッキー。どんなときでも諦めずにやってみるものだわ――サクラとシャムロックを呼んで頂戴。今日のギグは中止よ」


「ええと――それは困ります」


リッキーは反射的に異議を唱えたが、ローズはそれを全く意に介しなかった。


「良いから、とにかく私の言うとおりにして頂戴。これだから生きるのってやめられないわ」


ローズは大きく伸びをした。


「あと、ありったけのフィレ・ステーキを――サクラが教えてくれた神戸牛が良いわ。柔らかくて最高」


「はい、それはいいのですが――ローズさん、どこに届ければ良いんでしょうか?」


ローズの、いたずらっぽい、大きな歪んだ笑みが、とうとう完全なものとして蘇った。





「そうね――オーストラリア、ゴールドコーストへ届けてもらえる? ついでに最高のホテルも用意して頂戴」


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