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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
32/57

霧雨


BBC、デイリーレポート――

「コールド・リップス」が全米を躍らせているのを知っているか?



NNR、エブリー・モーニング・ショー――

ポッドキャストの同時接続のギネス記録更新へ――新人三人組アイドル「コールド・リップス」により



RS誌月間最優秀新人パフォーマンス賞(辞退)――

我々のオファーを断った謎の大型新人の正体を追え!



インターナショナルCG・特殊撮影協会よりコメント――

新しいワイヤーアクションの可能性を切り開くライブエンタテインメント。ただし真似はしないように。




リッキーの元へ寄せられる記事は数え切れないほどの量になっていた。


ライブを一度行うごとに、情報拡散の勢いが増していく。はじめは戦略に沿った展開をするつもりだったリッキーだったが、フォロワーたちの勢い、メディアの食いつき方を制御できないと判断し、なるに任せることにした。


じきに、各メディアが「こんな記事を載せたい」と打診してくるようになった。それらもすべて「好きなように書け」と返している。


四十二番が離脱して以降は三人ともステージで容赦のないパフォーマンスを見せるようになった。


ドレスだけでなく、モッズ、トラッド、ボンテージ、ベリーダンサーなど、バリエーションに富む中でかなり扇情的な衣装や動きを採用するようになっていった。


それが奏功した――火のついたような三人の様子は、以前に増して美しく、強く見えた。


彼女たちの過激なパフォーマンスに少なからず批判も巻き起こっていたが、それらを抑え込むエネルギーが彼女たちにはあった。


彼女たちは、今相当躍起になっている――リッキーはそう感じていた。


それは言い換えれば、ムキになっているということかも知れなかった。


サクラによれば、四十二番は自分から同行を辞退したということだった。だが三人の様子は明らかにそれまでと異なった。


そして同時に、強い緊張感で満たされていた。特にローズは、好物の肉を口にせず、じっと考え込むことが多くなった。


ステージ上では、サクラのパフォーマンスが特に高い評価を得た。


一心不乱に歌い踊る彼女の姿勢は「何かとても重要なもののために戦っているように見える」と評したポストがSNSで広く拡散された。


チケットは発売前からサーバーを落とす騒ぎになり、ライブ当日は入場できない客が会場の周りで暴動に近い問題を起こすようになった。


(十分すぎる――だが)


雨が降っていた。


ローズが、窓の外をじっとにらんでいる。


オフィスから近い会場なので、ホテルを介さず事務所から直接現場入りする。


今日もニューヨークでライブだ。大型のクラブイベントのヘッドライナーに抜擢されている。


新人としては異例で、レコード実績のないアーティストが出演することすら初めてという舞台だ。


――ところで三人は、あれからほとんど「パーティ」をしていない。


四十二番がいたころは、ローズが肉を振舞ったり、サクラがスプラッター映画の上映会を開いたり、シャムロックがトランプやボードゲームを始めたものだった。


それが、今ではほとんど何もしていない。パフォーマンスが終わるとホテルで各自過ごし、早い時間に消灯してしまう。時々、サクラとシャムロックが夜中に話し合っている程度だった。


リッキーは、実際のところ不安に感じていた。


日常をエンジョイしながら、ポジティブなエネルギーで魅せるパフォーマンスが彼女たちの持ち味だった。


このまま強い緊張感の中で突き進めば、いくらアンドロイドといえど、精神的に不安定な状態に陥るのは明白だった。


世の話題が「バズ」でしかないことも十分に理解していた。


彼女たちのパフォーマンスは、論評や事前知識を必要とせず、「ただそれだけですばらしい」という代物だ。それはすなわち、慣れられてしまえばそれ以上話題が生まれないということでもあった。


そして、彼女たちの元に送り込まれる刺客の数や武装規模が、段々「演出としてのワイヤーアクションの一環」としてごまかせないレベルになってきている。


それらは、ステージ上だけでなく、楽屋や移動中も影をちらつかせるようになってきた――それら全てを、三人は叩き潰してきた。


アンダーグラウンドなライブシーンでは銃の発砲や刃傷騒ぎが日常的だったからまだ良かったものの、今後大きな舞台で同じことが起これば、メディアと一般市民の目が突き刺さることになる。


そしてそれに対して「相手」は何の頓着もない――機械的に、武装した人間やアンドロイドを送り込んでくるだけだ。


「ローズさん」


ローズは、ソファの肘掛の上にあぐらをかくという器用な真似をしていた。スウェットのパーカーとホットパンツというラフな格好だった。長い髪を無造作に纏め上げている。


返事をしないローズに、リッキーは出来るだけ自然な調子で声をかけたつもりだった。


「今日のパフォーマンスの後のブッキングですが、しばらく間を空けませんか」


ローズが少しだけ振り向いた。何も言わず、また窓の外をにらみつける。


音もなく、細い雨が続いていた。分厚い雲のせいで少し暗くなっている。リッキーは部屋の明かりをつけた。余計に外が暗く見える。


「焦っても仕方ない。あなたたちの目的がどうあれ、このままではどこかで問題が起きます」


リッキーは出来るだけ柔らかい口調を意識したつもりだった。彼女たちに、プロデューサーとして意見する必要はない。おそらく、状況は彼女たちが一番よく理解しているはずだ。


ローズは答えなかった。まるで静止画のようにぴたりと動かず、まだじっと外を見ている。


リッキーは、ローズの後ろ姿をじっと見つめた。


小さな、まだ少女の面影の残る姿だ。そしてそれは、彼女を構成している代謝システムが劣化しない限り、永久にそのままだ。しかし生きている体は鼓動をうち、人間と同じ温度の血流を持っている。


あの四十二番という凡庸な、しかし思慮深いアンドロイドの存在の大きさは、あまり四人の関係に深く立ち入らなかったリッキーにはうまく実感できていない。


それでも、彼女たちにとってかけがえのない存在だったのは間違いなかった。


リッキーはしばらくローズの後ろ姿を眺めていたが、やがてオフィスの奥へ入っていった。雨が少しだけ弱くなった。ローズが目を訝しげに細めた。


リッキーは、湯気の立つカップをふたつ持って奥から出てきた。


「ローズさん、コーヒーを淹れましたよ」


ローズはようやく、窓から視線をはずし、リッキーを振り返った。


「ありがとう」


そう短く言って、笑った。清涼な、しかし、どこか寂しそうな笑顔だった。


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