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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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虚構

スタン・フィールドは、サテライトオフィスからの急報を受けて早々に仕事を切り上げた。


随分前に注文して納品されないままになっている商品が届くかもしれない、という報せだった。


それは高い買い物だった――彼の懸命なキャリアで築き上げた貴重な財産のうち、実に三分の一を費やした買い物だったのだ。


はやる気持ちを抑えながら自宅へ舞い戻った彼は、待ちきれないとばかりに自室へ飛び込んだ。


プロジェクタがひとりでに起動する。スタンは部屋の中央の椅子にどっかりと腰を下ろした。余分な脂肪を溜め込みはじめた腹部から腰に掛けての重みが椅子を大きく揺らす。


起動されたホログラムシステムのロゴが表示された。それすらも待ちきれないと、スタンは膝を両手で何度も打った。


(はじめの言葉は、ハロー、かな? それとも名前を聞いてあげるべきかな?)


今度は両手をこすり合わせ、プロジェクタが映し出すホログラムに注視する。ダイアログが浮かんできた。


(いや、やはり、はじめまして、だろう。それとも――)


映し出されているダイアログにしばらく変化はない。黒地に白文字で、接続中のためしばらく待つようにとノティスが浮かんでいる。


その文字が消え、何も映らなくなった後、不意に巨大な顔が映し出された。


赤ら顔の男――マイキーだった。スタンを覗き込むようにしている。


スタンは不快に顔を歪めた。


「マイキー! その汚らしい顔を今すぐどけるんだ」


マイキーが大写しのまま慌て、ホログラムに現れたり消えたりした。


「はい、失礼、ミスター・フィールド――今すぐに」


ほどなくしてマイキーの顔は消えうせた。


「申し訳ありません、ミスター」


「良いんだ。それより早くしてくれ。待ち遠しくて死にそうだったんだ」


「あのう」


消え入りそうなマイキーの声が続いた。スタンは訝しげに眉を吊り上げた。


「なんだ? 搬送に問題でもあったのか」


「いえ、そういうわけではないのです。ミスター、どうか信じてほしいのですが」


スタンはいらいらと頭をかいた。


「俺はお前とこうして問答をしたいわけではないんだ! 分かるな、マイキー。俺はお前のママじゃない! とっととおしゃべりをやめて、俺の望むものをそこへ出すんだ。いいな」


ホログラムは何も映していない。時折何かが差し込むが、おそらく影だろう。部屋に誰かが居るのだ。おそらく、マイキーではない誰かが。


「はい、ミスター」


マイキーは相当に躊躇したようだった。その理由をスタンは何となく察している。


セキュリティや契約の問題が先に来るはずなのだ。それこそ、マイキーの生涯を何度重ねても稼ぎきれない額のビジネスだ。誰もが慎重になるはずだ――実際、その額を用意するためにスタン自身も相当な時間と労力をかけたのだから。


まだ部屋には躊躇するような気配があった。しかしスタンは、これ以上焦らされた場合には即刻マイキーを解雇させるつもりでいた。そしてそれをマイキーも理解しているはずだ。


「――そうだ。そこに立たせるんだ。――余計なことは言わせるな。聞かれたことにだけ答えるようにしろ。よし――起動だ」


小さな声でマイキーと誰かのやりとりがあり、その合間合間にカチリ、カチリ、ブゥンと音がする。マイキーは神経質になっている。しかしそれはどうでもいいことだ。スタンは口のなかに広がってくる唾液を嚥下した。


そして、ホログラムに濃い影が差した。誰かが入ってくるのだ。スタンは身を乗り出した。その彼の鼻先に、不意にひとりの人間が映し出された。


少女だった。


ボブカットにした柔らかな栗毛、ほっそりとしてはいるが健康的な肢体、少し怯えたように見えるが優しげな目つき。目線は少し泳いでおり、落ち着かない様子だ。


おずおずとした様子で、マイキーの声が入ってきた。


「ミスター。申し上げなければならないことが」


「黙れ! マイキー。これから俺はこの子と話をするんだ」


マイキーが息を呑むような気配があった。


改めてスタンは、目の前に浮かび上がった少女のビジュアルを、爪先から頭までゆっくりと眺めた。


手術着のような簡易な衣服を着ており、裸足だった。胸は大きくない。肌は白いが、うっすらと色素を感じる。背はやや低い方だ。


スタンの唇がぶるぶると震えた。


彼が緊張の中で一言発しようとしたとき、それよりも前に、少女が口を開いた。


「――マスター?」


スタンに、雷に打たれたような衝撃が走った。


待ち焦がれた恋人に会ったような、鮮烈な感触であった。いや、これはその言葉通りの状況かも知れなかった。スタンの胸には、懐かしさと安堵とやるせなさが同時に去来した。


「あの、ミスター」


マイキーの声を、スタンは聞いていなかった。気付かないうちに彼は椅子を立っていた。ホログラムを、それと分かりながら手を伸ばしていた。


少女はほっとしたような表情を見せた。


「マスター。マスターなんですね。やっと会えました」


スタンがとうとう、大声を張り上げた。


「おお、おお――シャムロック。シャムロック! 君なんだね」


その名を聞いて、少女は一瞬ビクリと身を震わせた。動かない。


(おい、マズいぞ! どうにかしてくれ)


小声で男の声が混ざった。そして、マイキーではない白衣の男がホログラムに飛び込んできた。注射器のようなものを少女の首筋にあてがうと、カチリ、と音がした。男は身を翻してホログラムから消え去った――全て一瞬のことだった。


スタンは感激に打ちひしがれており、その様子には気付かなかった。しばらくして、少女は首をかしげるようにして動き出した。


「ええ、マスター。ずっと会いたかった、寂しかったの」


「そうだ、俺もそうだったんだ! 待っていたんだ、君を! もう君を盗ませるようなへまはしない。絶対にだ!」


少女はにっこりと笑った。


「ありがとう、きっと私を、大事にしてね」


「ああ、するとも――必ず! 連中みたいに、捨てたりなんかするか!」


スタンは祈るように、少女にかしずいた。少女は膝を折って身をかがめ、スタンの目線に合わせた。

「マスター、お願いです。お顔をあげて。早く私のことを、迎えに来て」


「ああ、すぐに行くとも――行くとも!」


スタンは反射的に立ち上がり、ものすごい勢いで部屋から飛び出した。


さっき乱暴に投げ出した鞄や鍵やコートをかき集めて外へ出ると、エレベーターを待つことすらせず、階段を大急ぎで駆け下りていく。


彼女を迎えたらどうしよう? こんな狭苦しい都会なんてごめんだ! 彼女と共に静かに暮らそう。どこがいい? スタンは自分の影響が及ぼせるあらゆる土地について考えた。そして思い当たった場所がひとつあった。


(そうだ、あそこにしよう! 連合政府や仕事場の連中にも邪魔されない、自由な街へ行こう、あの子と――)


スタンは楽しみで仕方ないとばかりに満面の笑みを浮かべながら、息を切らせて階段を駆け下りていった。



*********************************************************



通話は途切れたようだ。


そこで会話をしていた少女はもうピクリとも動かなくなっている。


その様子を、背後から見守りながら、マイキーは内心気が気でなかった。生きた心地すらしなかった。実際、着込んだ白衣の背中はべったりと汗でひっついていた。


居合わせたエンジニア・ドクターはせせら笑うように言った。


「あの御仁、なんで気付かないんだ? まるで自分が頼んだドールと違うじゃないか」


マイキーは苦虫を噛み潰したように渋面を浮かべて、忌々しそうにドアを指さした。


「ドクター、もう君はいい。早く出て行ってくれ。そしてこのことを誰にも言わずに、そのまま忘れてくれ」


ドクターはやれやれとばかりに首を振った。


「俺は知らないぜ。いつばれるか、分かったもんじゃない。もう一度言っておくが、あのドールに仕込んだ行動命令パターンは、お前さんから話があった昨日の夜から急いで繋ぎ合わせたものだ。ボロが出るまでは時間の問題だぜ」


マイキーは頭を抱えて、憂鬱そうにため息をついた。


「ああ。十分わかってるよ。私だって、まさか彼があの個体と『盗まれた花』(ストールン・フラワー)とを勘違いしているとは思っていなかったんだ――急ごしらえではダメだ」


「そりゃそうだ――さすがにフラワーズに似せるのは俺には無理だ。まあ、いずれにせよあんたはもうおしまいだろうな」


「分かってるんだ、ドクター。だから俺は、この後すぐにこの国を出て行くんだよ。もうこんなのはうんざりだ」


「そうか」


ドクターは短く言うと踵を返した。ドアに向かって歩いていき、それに手をかける前に、思い出したように言った。


「あ、そうだ。その子にかけてあるマスターロックは二度と外れないぜ。下手にいじるのはやめた方が良い。ボロが出た後にも、万一あの御仁が気に入ったままだといけないからな」


「どういうことだ?」


「そうだな――その子は一生、あの小太りの御仁に恋焦がれて生きていくってことさ。他のあらゆるドールズと同じようにな」


ドクターはドアの向こうへ去って行った。




マイキーはしばらく頭を抱えた後、うらめしそうに少女を見遣った。



その栗毛の少女はすなわち、四十二番である。



四十二番は、上の空のまま、さっきまでスタンが映し出されていたホログラム・プロジェクタの投影エリアを見つめていた。まるで感情のない、造り物のようなからっぽの目をしていた。いや、造り物なのだ、少なくともその表情は。


そしてあの嫌らしい、財力を振りかざして生きる男に恋をするプログラムの中で生きていくことになる。


むごい話だった。そしてそれは恐らく、あのアンドロイドが廃棄される瞬間にも変わらないのだ。


マイキーは深いため息をつき、そのアンドロイドに背を向けた。


「なんと――不憫なことか」


彼自身、その言葉のおかしさには気付いている。結局人間らしく振舞っているだけの商品に同情するとは。しかし彼は、人間の勝手な都合に振り回されるドールに、ほんの少し自分自身を重ねていたのである。


そして彼は、しばらく物思いにふけると、やがてふらふらと部屋を出て行ってしまった。


四十二番は、ただじっと、虚空を見つめている。


まるで、何の色もない表情のままで。




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