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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
30/57

改造

サクラはライブを終えて真っ先にホテルに到着した。あまりに急いでいたため、ライブの衣装に混じって脇差も抱えたままチェックインを済ませた。


ひどい気分はそのままだったが、少なくともステージは成功したということだけが救いだった。


四十二番が、体調を崩して先にホテルに戻っていた。最後までステージを見られなかった四十二番に映像を見せてあげればきっと喜ぶだろう、とサクラは考えた。


そして、自分の内にわだかまった想いについても、洗いざらい話してみようと思っていた。


「トゥルーズ、入るわよ!」


サクラはノックの後にそう宣言して、意気揚々と部屋に入った。


手にしていたスマートデバイスをくるりと回して四十二番に見せた。


「体調はいかが?」


四十二番はベッドの端に腰掛けていた。


窓の外は真っ暗で、音もなく細い雨が降り続いている。


「ありがとう、大丈夫だよ」


サクラはデバイスを四十二番に見せたまま、動きを止めた。それも数秒だった。首を振って、固まった表情をほころばせて、努めて明るく続けた。


「そう、無理はしないで頂戴ね――もし平気なら、今日のライブを貴方にも見てもらおうと思って」


「うん、ありがとう――嬉しいな」


サクラが四十二番の隣に腰掛ける。


スマートデバイスで、ライブの様子を再生して見せた。配信されたものと同じ映像で、あまり良質なものではなかったが、三人の姿はしっかりと映し出されていた。


「ほら、御覧なさい――こんなに人が」


「うん」


「そう、ほら! 見て、お姉様のこの時のステップ――見事だったわ」


「うん、凄いね」


「ほら、ここ、シャムロックのソロよ! こんな声、私には出せないわ」


「頑張ったんだね」


「良い曲よね、すごいグルーヴだわ」


「うん、凄いね」


「そう、ここからは私ね――どうかしら?」


「すごく素敵だよ」


「そう、ありがとう――ここからコーラスね、このステップ、とても難しいの」


ディスプレイに、一滴、二滴、水滴が落ちた。


四十二番は驚き、サクラを見た。ディスプレイを見つめて、顔を伏せているサクラの目から落ちたものだった。


「ほら、ほんの少し私が遅れがちね――私、いつもちょっとずつ遅いの」


サクラの口調は変わらなかったが、少しずつ揺れが大きくなっていく。


「どうしたの?」


四十二番が心配そうに声をかけた。サクラはそれに答えない。


「私、素直に貴方に言えば良かったわね――恐くて仕方ないの、私、一度捨てられて、こうして懸命に、お姉様やシャムロックについていくけど――でも、全て無駄な、また廃棄されて、全てなかったことになるための準備でしかないのでは、って」


「どうしたの?」


「ねえ、トゥルーズは、覚えているかしら。ロンドンで、お姉様を探しているときに貴方、私の手を褒めてくれたわね――サクラの手は、とても優しい手ですねって」


四十二番は答えなかった。


いや、答えられなかった。


「そう聞いて、私はとても嬉しかったわ――でもとても汚い手だわ。人を叩いたり殺したりするし、汚いものにたくさん触れた、――一度は捨てられた手よ」


四十二番は笑った。


「でも、綺麗ですよ――とっても」


「そう、ね――」


サクラがうつむいた。


「私はね、貴方と同じように記憶がないわ。でも、きっと、真っ当な生き方をしたことは一度もないの。それは分かる、時々、とてもそれがよく分かるの――」


四十二番は応えなかった。心配そうにサクラを見ている。


「それでね、私は時々、自分が、ドールじゃなかったらとも思うわ。私は弱い――お姉様みたいにはなれない。ただの女の子になれたら、もっとどうってことのない生き方が出来たら、って」


「――私は」


口を挟もうとした四十二番を無視して、サクラは続けた。



「シャムロックも言っていたでしょう? フラワーズは、相手が嘘をついているときに、分かってしまうのよ」




サクラはベッドに置いていた脇差を取り上げ、――ゆっくりと抜いた。



四十二番の顔が恐怖にひきつる。


「あの、私、嘘なんて」


「ええ、ごめんなさい。貴方は何も嘘をついていないの。嘘をついているのは貴方ではない誰か」


サクラの表情から色が失われていき、脇差はゆっくりと振り上げられていく。


「そんな、私――」


「やめてよ」


サクラが低く、痛切な声で言い放った。




「そんな声を出さないで」




脇差を握るサクラの手は震えている。



「私の大事な大事な、トゥルーズみたいな、声を、出さないで」



「あの、私――」



サクラは耐え切れなくなって脇差を四十二番に振り下ろした。


ごっ、と鈍い音がして四十二番の首が落ちた。


サクラは脇差を持ったまま、声を殺して、涙を流した。しゃくりあげ、次第に声が漏れ始める。


「トゥルーズ――」


サクラが呟く。


抜き身を握り締めたまま、サクラは溢れる涙を何度も拭った。


それでも、後から後から、それらは溢れ出して来る――あの小柄な、思慮深い、とても優しいアンドロイド。


ローズとシャムロックが到着するまでそこまで時間はかからなかった。


二人は状況を確認すると、シャムロックは静かにサクラを介抱し、ローズは転がっているアンドロイドを調べた。


「シャムロック」


「うん」


「00420032――真新しいコードだわ」


「うん――偽者なんだね?」


「ええ、問題は、本物がどこにいるかということよ」


「お、お姉様」


サクラがしゃくりあげながら言った。


「あ、あの、トゥルーズは、わ、私たちを、騙したりなんか、しません――」


サクラは目を見開き、サクラに向き直ると、その胸倉をつかんだ。



「貴方、今、何て言ったの? 聞こえなかったわ」



「やめなよ」



シャムロックが間に入った。ローズはため息をつき、サクラを離した。


「サクラ、悪かったわ。でも安心して頂戴。私は、あの子を疑うなんて、全く、思いもよらなかったわ」


「は、はい――わ、私こそ、申し訳ありません――」


「良いのよ――さて、シャムロック」


「うん」


「復讐劇は中断よ」


「じゃあ、作戦変更だね」


「ええ――」




ローズが窓の外をにらみつけた。




真っ暗な夜だった。星や月もない。




細い雨が降り続いている――。




*************************************************




四十二番は、まぶしい光に照らされ、目を覚ました。


手術台を照らすような複数の強烈な照明が四十二番の目を打つ。




「――完了――メモリー――皆無――」



「故障――行動制限――すぐに――」



部屋はあまり大きいわけではなさそうだった。どこからか話す声が聞こえる。



「パルス・コンバーターがあるのに、データが存在しないことなんてあるか」



誰かが近づいて来る。四十二番は目を閉じた。



「ああ、だけど事実だ。仕方ないだろ?」



「とにかく不具合なく納品できるかが問題だ」



四十二番は薄目を開けた。


赤ら顔のスーツ姿の男と、手術着を来た男が見えた。


男がその手に、細い針を持っている。四十二番は、今から自分が何をされるのかよく分からず、ぼうっとそれを眺めていた。



(シャムロック、寂しくないかな)



(ローズ、困らないかな)



(サクラ、心配しないかな)




(サクラ――)




そう思ったのを最後に、意識が薄れていく――。






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