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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
29/57

不覚

 完璧なパフォーマンスの最中に、ある種の「空しさ」を感じる者がいる。


 この日のサクラはそうだった。「コールド・リップス」にとって初めてのワンマン・ショーだったが、客の入り、盛り上がり、話題の広がり方、どれをとっても文句のない状況だった。それでも、サクラの胸に、どこかに大きな忘れ物をしてしまったような、重要なことが置き去りにされているような、ある種の不安感がいつまでもこびりついていた。


 ステージの上で、サクラは観客を見つめている。懸命に手を振る客の中に、人間ではないものが混ざっている。旧式のアンドロイドだ。自発的にやってきたのか、何者かに指示を受けてきたのか、分からない。


 ある程度相手の心中を察することが出来るフラワーズにとって、これほど微妙な相手はいなかった。他の観客と同じように、「憧れ」や「応援」の念しかない――サクラはその純粋さに、むしろひどい空虚さを感じていた。


 熱狂的なファンが憧れのアーティストを殺してしまうケースがある。憧れが高じて、自分のイメージと異なる方向性へ進んだアーティストを殺してしまうこともあれば、自分と相手の住む世界のギャップに悩み、自分と相手に平等に死を与える――つまり、心中する場合もある。


 観客に混じった旧式のアンドロイドたちの放つ純粋な感情は、そういった狂信的な衝動に直結しがちな危うさがあった。


(その対象が、私たちのような旧式だなんて)


 申し訳なさや心もとなさがあいまって、サクラの振る舞いにはどこか隙があった。パフォーマンスとしては申し分ないものの、少なくとも「いつ襲撃されるか分からない」という張り詰めた緊張感から、この時の彼女は若干距離があった。


 そのため、目の前の少女――スカイドールズ第七世代の量産体が彼女に向かって真っ直ぐに銃を向けていたことに気付くまで、ほんの少しだけ時間がかかった。


 少女は笑っていた。読み取れる感情は他の者と変わらない「憧れ」「応援」――しかし、その隅にほんの少しの「嫉妬」が存在している。


 サクラよりも早く反応したのはローズだった。ステージから軽々と跳躍したローズは、一直線に少女に接近すると、構えられていた銃を弾き飛ばした。


 会場内のアンドロイドが一斉に銃を取り出した。シャムロックとサクラも一歩遅れて動き出した。


 相手は二十体あまりで、やや広い会場のあちこちに身を潜めている。跳躍した三人はそれぞれ標的に向かって接近していった。


 無力化だけでは済まず、中には抵抗するものもいた。ローズはアンドロイドの首元を狙い、そこに埋め込まれている「パルス・コンバーター」――アンドロイドの行動を遠隔操作したり記憶を蓄積したりするためのチップを効率的に破壊した。


 目にも留まらぬ速さでこの一連の動作を繰り返し、また跳躍するガールズを観客は呆然と眺めていた。しかし、ステージの脇辺りから発生した拍手のおかげで、彼女たちの動きがパフォーマンスの一部であるという解釈が進んだ。


「すげー!」


「かっこいい!」


 そういった歓声が上がった。彼女たちの、人間ではありえない跳躍は、観客にとっては逆に非現実的すぎた。すなわち「ワイヤーか何かで吊っているのだろう」というごく当たり前の推測を生んだ。


 ガールズはステージへ舞い戻った。三人が一礼すると、観客はより大きな歓声と共に沸き立った。


「サクラ」


 ローズの声は低かった。


「はい」


「気が緩んでいるわ」


「――申し訳ありません」


 事前に告知していたライブの観客にアンドロイドが混ざっていることから、どこかのタイミングで襲撃があることは分かっていたはずだった。しかしサクラに生まれた躊躇は、そのアンドロイドへの同情の念である。


「私たちフラワーズは、彼らのような所有者がいる者たちとは違うわ」


「ローズ」


 口を挟んだのはシャムロックだった。


「あの子たちも、捨てられた子たちだよ」


 呆然と立ち尽くしている旧式たちは、何の感情もない目でステージをじっと見つめている。


「モンスーン社には、廃棄処理した後の『型落ち品』を回収して構成する戦闘部隊があるんだ」


 ローズは何も言わなかった。しかし、その身から発せられる感情は濃密だった。


「正規の廃棄ルートと、回収して私設部隊を構成するルートは全く別の管轄になっているから――」


「シャムロック、もう十分よ」


 サクラが遮った。


 シャムロックの言うところは単純だった。


 自分たちも、回収されれば彼らと同じ存在となる。


 意志や感情を奪われ、命令に従うのみの、「モノ」と何ら変わらない存在に。



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