密告
赤ら顔の男――マイキー・スタンリッジがまたオフィスの廊下を足早に歩いていく。
今日の相手は、あろうことか「音楽プロデューサー」だ。何をしに来るのか? マイキーには一切分からない。とにかく話を聞けという命令があった――当然ながら、そのメールの差出人は不明である。
あらゆる不信や疑念を、頭を振って落とそうとしたが上手くいかず、彼は眉間を押さえた。ドアを開くと、ボタンをいくつも開けた、態度の大きい男が座っていた。
同席しているのはジェレミーだ。直前まで何かを話していたようだが、マイキーの不機嫌そうな表情を見ると、男は口をつぐんだ。
「ボス、ディーン・ニコルソンさんです」
「その呼び方はやめろと言ってるだろうが」
吐き捨てるように言い、マイキーが椅子を引いて、やや乱暴に座った。
「どうも、ディーン。私はマイキーだ、この部署の責任者で――」
「話は聞いたよ、苦労してるね」
どちらからともなく手を差し出して握手を交わす。
「それで――」
マイキーは訝しげに尋ねた。「どういう用件で?」
「“フラワーズ”に接触したよ」
ディーンの言に、マイキーは飛び上がらんばかりの反応を示した。
「何だと」
「落ち着いてくれ」
ディーンが制する。「話はまだ始まってもいない」
ディーンは机に一枚のブロマイドを置いた。三人の少女が横顔で写っている。
「これは今売り出し中のアイドルユニット、『コールド・リップス』の三人だ――見覚えがないかね?」
見覚えがあるもないもない。どう見ても、スカイドールズの特注モデルだった。マイキーが紛失を疑ったイギリスのモデルの姿もある。そして、その隣に写っている少女に、マイキーは我が目を疑った。
「何だと――これは、〈盗まれた花〉(ストールン・フラワー)じゃないか!」
「そうなんです」
ジェレミーが口を挟んだ。「それも、例の案件の」
マイキーは身を反らせてジェレミーを見た。ジェレミーは片眉を上げた。「見たとおりですよ」
マイキーは一瞬で様々なことを思案した。しかし結局どうしていいか分からず、「ふむう」とうなり、腕を組んだ。
「それとね、もう一枚――こっちがメイン・ディッシュだ」
別のブロマイドが置かれた。そこに写っている少女に、マイキーはまた度肝を抜かれることになった。
「こりゃ――『四十二番』じゃないか!」
例の案件でクライアントが固執しているモデルだ。方々手を尽くして見つからず、先方へは別の量産型をあてがおうということになっていたところだ。
マイキーは懸案中のあらゆる問題が集中しているこの二枚の写真に参ってしまった。腕を組み、写真を見つめたまま、しばらく動けない。
「ボス」
「何だ」
否定するのも忘れて、マイキーは返事をした。ジェレミーがおずおずと、今後の動きを提案するところだった。
「とにかく先方にはこの四十二番の引き渡しを急ぎましょう――やはり量産型では危ない。契約不履行になれば、我々の処遇もどうなるか分かりませんから」
「あ、ああ――」
ジェレミーの言は正しかった。しかし一点、懸念が発生している。
「先方が元々注文していたものが――これじゃないか」
写真に写っている〈盗まれた花〉(ストールン・フラワー)は、四十二番を所望しているクライアントが元々注文していたものだった。姿を消してから一年も経って、こんな形で見つかるとは、マイキーには全く思いもよらなかった。
「そうですね――そこは上手く隠し通しましょう。まずはこの個体を回収して、引き渡せるよう初期化することです」
ジェレミーは四十二番を指差した。マイキーは頷くことしかできなかった。代わりに、ディーンが答える。
「こいつらの次のライブは、今日夜、ロスだ」
ディーンがスマートデバイスを起動して、デスクの上にホログラムが立ち上がる。派手な衣装を纏った三人と、ロサンゼルスでのライブの情報が並んでいる。
「ボス、どうします」
ジェレミーの問いかけに、マイキーはハッと我に返った。
「あ、ああ――確保しよう。PMCと軍部の担当に連絡してくれ」
「フラワーズの戦闘力について一部、社外秘が含まれますが」
マイキーは少し考えた。社外秘は漏らすな、が至上命令であった。問題は、その命令の出所が不明瞭なことではあったが。
「そうだったな――じゃあ、私設部隊を使おう。こういうときくらいしか役に立たないだろうしな」
「承知しました」
「それと――ジェレミー」
マイキーは立ち上がりかけたジェレミーを指差した。
「その呼び方はやめろ」
ジェレミーは肩をすくめた。
「前向きに検討します」
ジェレミーが出て行き、部屋にマイキーとディーンが残された。
「色々苦労だな」
ディーンが気の毒そうに声を掛けてきた。マイキーは「全くだ」とうんざりしたような声を上げた。
「連中が何を考えているか、さっぱり分からない」
「私にも分からんさ――いつでもシステムというのはそういうものさ」
マイキーはため息をついた。そして何度も繰り返してきた言葉を、また自らに唱える。
(どうして、こんなことに――)