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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
25/57

拡散

ディープスプリング・バウト!


この不定期のポッドキャストももう三十七回目だ! いつもありがとう。


これまでDSBは、次のジェネレーションをロックする最高に熱いアーティストを紹介してきた。全世界のリスナーはこの情報をSNSで拡散して、新しいムーブメントがいくつも生まれてきたと自負しているよ!


さてそんなDSBだが、今回も特別にヤバいのを仕入れて来たぞ、このMCトライ・ハーダーを信じろ! 俺はこれまで嘘はついてきたが、ダサい話は一度もしなかったはずだ。


だが今回は少し手を付けるのが遅かったことを謝るよ。もうSNSのエッジに立ってる連中はとっくにこいつらのことを知っているはずだ。


そう、勘の良い連中はもう気付いたな? 気付いていない少し鈍い連中にも分かるようにいくつかのヒントだ。


デビューはマイアミ、どうしようもねえクソ・パーティ会場で産声をあげたこいつらは、しばらくの間はフロアを茶化しに来るマセたティーンズでしかなかった。だが事情は変わっていった、とにかくこいつらはセルフィーをちっともポストしなかった!


そして事件はNYC、クラブ・セプテンバーだ。もう分かった連中が多いな? コメントが追えなくなるから「知ってる」アピールはそれくらいにしてくれ。


このアクトからこいつらは、ステージの撮影とSNSへの投稿を全面的に許可した。そして例のポストが生まれた。画面が白飛びしそうなくらいにピカピカ光ってる、ファッキン・ビューティフルな女の子――ご存知、「プラチナ・ガール」だ。あの女の子は「ローズ」というそうだ! 何千万回とシェアされたそのポストのおかげで、全然関係ないのに投稿者は何故か人気者だ。俺もこの間そいつに会ったが、忌々しいぶりっ子だったんで無視してやった。いつだって目立ちたいだけでなんにもトライ・ハードしない連中っているよな?


だがこいつらについて俺は、いくつか分かることがある。まず誰も想像も出来ないくらいトライ・ハードしていることだ。メンバーは三人、どいつも最高の声帯と最高に調律されたダンス・ステップを持っていて、そのための努力を惜しまない。そしてそれを全く惜しみなくステージで出し切っている。何より重要なのは、三人が誰よりもステージを楽しんでいるってことだ!


三人はそれぞれ、どうやらアングロサクソンと、ケルティッシュと、アジアのルーツを持ってるっぽいのはさっき連中のアカウントを遡ってたスタッフが教えてくれた。バラバラだよな! いかにも現代ってやつだ。


音楽的なルーツも深そうだ。EDMは当たり前だが、奥底にはパンクロックとエスニックなダンスミュージックが見えてるぜ。そして俺には連中にヒップホップとレゲエのテイストを感じてる! ある奴はモダンジャズを感じるとまで言ってるんだ。あのトラックは何なんだろうな? とにかく、一昔前のユナイテッドステイツが好んでいた「サラダ=ボウル」みたいなもんだ。


いつもより前置きの御託が長くなっているのは勘弁してくれ。とにかく俺の目の前には、何度腰を抜かしても足りないくらいとびっきり綺麗な女の子が三人座ってる。そして時々、俺の仕事が上手くいってるかどうかを注意深くにらみつけてるってわけだ。気合も入るだろ? だがそろそろ時間だ。野太いMCのまくしたてる声もここまでだ、お待ちかね! 紹介してやるよ。


「コールド・リップス」の三人だ!





「話が長いわ」




一言目がそれだった。ローズは明らかに機嫌を損ねていた。


「もう少し要約して話すことは出来ないのかしら?」


MCトライ・ハーダーは大きな体を揺らして笑った。


「ワオ、ワオ、プラチナ・ガール! さすがに違うぜ。今このポッドキャストが全世界に向けてリアルタイムで配信されてるのは分かってるよな?」


「知ってるわ。全世界とそうでないところで態度を変える必要があって? あるなら教えて頂戴。私はそういう哲学を持ち合わせていないわ」


ブースの向こう、ミックスルームでヘッドホンからこれを聞いた四十二番は震え上がった。

炎上する!


「リッキーさん、まずいです?」


リッキーは四十二番を見遣ると、首を横に振った後に親指を立ててニッコリと笑った。また真っ白な歯が綺麗に並んでいるのが見える。


しばらく間を取った後に、一層大きな声でMCが笑うのが聞こえた。


「OK、OK! プラチナ・ガール、ローズ。俺の負けだ!」


ローズは腕組みして真っ直ぐにMCをにらんだままだ。


「改めて紹介しよう、彼女たちは――」


MCがまた三人の紹介を始めた。BGMに、この間録音したばかりのデモ音源が流れている。リッキーの部屋で三人が歌ったものを、スマートデバイスについているマイクで録音したものだ。


お世辞にも音質やバランスが整っているとは言えないその音源は、しかし、三人の特徴的な声質をよく表現していた。


「ほら、トゥルーズさん」


リッキーがラップトップのディスプレイを四十二番に見せた。見る間に「コールドリップス」のハッシュタグのポスト数が増えていく。爆発的な速度だった。あっという間にSNS全体のトレンドランキングに届いてしまう。


「彼女たちはローズさんの言うとおり、誰の前でも媚びるような真似はしない方が良いと思うんです」

リッキーの言葉には首肯せざるを得なかった。卓の上に置いてあるデバイスが、ひっきりなしに通知を送ってきている。フォロワーが大挙して押し寄せているのだ。


このポッドキャストへのオファーが来たのは、ニューヨークでのアクト以降、いくつかのステージを経験した後だった。リッキーが敷いたSNSでの情報展開戦略が見事に功を奏し、トレンドに敏いDJやプロデューサーが注目し始めていた。いくつかのインタビューを経て、今日ここに至る。まだまだ彼女たちは場数を十分に踏んだわけではなかったが、十分だった。ムーブメントに飢えたあらゆるキーマンたちが彼女たちを気にし始めていたのだ。


「それでは今日の君たちにまずはプレゼントを――」


MCがブースに、三人がそれぞれ好きなものを持ち込ませた。ローズには分厚いローストビーフ、サクラには緑茶と和菓子、シャムロックには黄色いキャラクターの載ったパッケージのポテトチップスだった。


「ツボ、押さえてますね」


「よく調べてますよ」


四十二番とリッキーは感心した。三人とも喜びを隠しきれていない。ローズに至っては皿が置かれるや否や、フォークを手に取ってしまった。


「じゃあいくつかの質問だ、プラチナ・ガール」


すかさずMCが場を繋いだ。君の出身はどこ? 音楽的なルーツは? このユニットのコンセプトは何?

ローズは肉を頬張りながら、上機嫌で答えた。


「私の出身はイングランド、もちろんロンドン――でも生まれという意味でなら特に定まった地域はないわ。この子たちも同じよ、音楽のジャンルの話は正直言ってよく分からないわね。物心つく前からジグとジプシー・ミュージックとR&Bをよく聴いていたけど、今ではダンスホールレゲエをよく聴いているわ」


「不思議な遍歴だな、もっとポップなものはないの? 今の君たちはもっとポップだと思うけど」


「歌うときはいっぱい聴いてもらいたいから、ポップになるかもね。僕は注目されるのは好きだから」


ボリボリとチップスをかじりながらシャムロックが言った。


「それはつまり、このユニットはもっとポップでいたいということ?」


「いいえ。私たちが楽しいと思ったことをやるだけよ」


ずず、とサクラが緑茶をすする。またMCが大きな声で笑った。


YO、ガールズはクールだ! いまどきトレンドやジャンルに名前を付けて自己紹介するのは当たり前だが、そういうのは必要ないかもな! MCがまたまくしたてていく。三人はそれにまんざらでもない様子だ。





「やはりセッドに任せてよかった――ひとまず、第一関門はクリアだ」


セッドというのはMCの本名だ。リッキーとMCは深い馴染みのようだった。


放送が終わると、ガールズとMC、そしてMCとリッキーは固い握手を交わした。


「思っていたよりもはるかに素晴らしい配信になった。セッド、本当にありがとう」


MCはまた肩を揺らして笑った。


「いいんだ。俺たち、ブロンクスの馴染みだろ? 詳しくは聞かねえが、これもお前のひとつの『戦略』なんだろ」


含み笑いでMCが尋ねた。リッキーは照れ臭そうに笑った。


「大層なものじゃない。ガールズは本当にクールで、それだけさ」


「ああ、それは違いねえ! 骨のあるアーティストと話をするのは本当に刺激的だ、今日は本当にありがとう。ミズ・ローズ」


ローズは満足そうな笑みを浮かべた。


「貴方、ラッパーね? 言葉にグルーブを感じるわ。いつか機会があったらセッションでもしたいわね」


「光栄だ、プラチナ・ガール。きっと近いうちに、全世界が君を見守るようになる」


「ええ――トライ・ハードするわ」


肩をすくめてローズが言った。


スタジオのドアを何者かが叩いた。間を待たず、背の高くない男が入ってきた。


「すまない、もう終わってしまったかな」


ひょろひょろとした初老の男だった。髪は長いか少し薄くなりかけていて、それを後ろへ固くなでつけている。コットンスーツに身を包んだ、いかにも業界に通じていそうな男だ。


「ディーン? どうした、何か忘れ物か」


訝しげにMCが訊いた。男は鷹揚に近づいてきた。


「いや、収録の途中なんだが、アシスタントからこのポッドキャストの話を聞いてきたんだ――君たちが『コールド・リップス』かな?」


三人は男をじっと見ている。何か様子がおかしい、と四十二番は直感した。ガールズの代わりに四十二番が答える。


「あの、配信はもう終わりました。今日はライブがあるので、この後はすぐに移動です――失礼ですが、あなたは?」


「おや、これは綺麗なマネージャーがいたものだ。私はディーン・ニコルソン――知らないと見えるね。失礼した、アーティストをサポートする生業だが、君たちに興味がある」


男が手を差し出したので、四十二番がこれに応じた。ガールズは誰も前に出ない。


「これは邪魔だったかな、T.H.?」


ディーンがMCに向き直った。


「俺はパーティの司会じゃない。女の子をエスコートしたいならそれなりの振る舞いが必要じゃないか?」


「間違いない。だが君たちは今、まさに話題の中心になりつつある――あの音源、君たちのものだね?」


誰も答えない。ディーンはやれやれとばかりに肩を落とした。わざとらしい動きだ。


「そう警戒しなくても良いんだが、私はどうやら邪魔だったようだね? ここは退散させてもらうが、我々シリコン・レコーズは君たちをいつでも歓迎するよ」


男が踵を返して、ドアの方へ向かっていく。


四十二番に、シャムロックが耳打ちした。



(あいつね――お腹の中に、爆弾がある)



四十二番が思わず「えっ」と聞き返して、シャムロックに「しっ」とたしなめられた。


(本人は気付いてないよ。誰かが起爆スイッチを持っているんだ)


男がドアの向こうに消えて、一同はそれぞれ異なる理由で安堵のため息をもらした。


「すまない、ガールズ。あいつはあんまり評判のよくない音楽プロデューサーで、よく駆け出しの女性アーティストにちょっかいを出すんだ。君たちもどうか気をつけてくれ」


MCが申し訳なさそうに言った。


「構わないわ、それよりも貴方こそ、あの男のトイレや食事や睡眠のときに近くにいない方が良いわ。あまりつるまないことね」


ローズの答えの意味が分からず、MCは目を丸くした。


「これは謎々か? 俺はあまり頭が良くないんだ。だが何だか分からないが、気を付けることにするよ」


お腹に爆弾を抱えた男、と聞いて、四十二番はその意味を考えた。


本人はその存在に気付いていないのだ。そして何らかの理由でガールズに近づいてきた。


どれだけ遠まわしに考えたとしても、三人がフラワーズであることと無関係ではないだろう。


ともすれば、彼女たちの存在に気付いた持ち主たちが、早速動き始めたとも考えられなくはなかった。


「では、マイアミへ!」


スタジオの前には、既にリムジンがつけていた。


「懐かしいなあ、ロールスロイスだ」


MCがその車体を愛おしそうに撫でた。


「良い? ファッキン・パーティに日付が変わるまでに到着する必要があるわ。ここのところ、パーティと言って私たちが居なくて心躍るようなものなんてどうやらひとつもないみたいだから――『楽しくもなければ、この世は全て事も無し』、よ」


窓が開き、ローズが手を突っ込んだ。引き出した手にはスパークリングワインのフルボトルが握られている。それを、MCに渡した。


「最高に楽しい夜にしましょう、それが私たちに出来る唯一のことよ」




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