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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
20/57

化物

終演後に一同は街の外れの資材置き場にやってきた。


置き場というのは名ばかりかも知れない。廃材たちが打ち捨てられているだけで、人の気配が全くしない場所だったからだ。


薄暗いガレージの真ん中に、一人の男が吊るされている。


全身に打撲や刺し傷や銃創がいくつも出来ていた。たった今出来たばかりの生々しい傷跡だった。男は低いうめき声を上げていた。


爪先から血液がしたたっていた。両腕を上に縛られている。目は布で覆われている。


その前に、ローズとサクラが座っている。


「十分よ」


「ええ、お姉様。いつもこう仕事が簡単だと良いのですけれど」


二人の足元には、釘を打ちこんだ棒やナイフや拳銃やペンチなどが転がっている。


二人の拷問がようやく今終わったところだ。


「この方、シャムロックとお話が出来ればいいのですが」


「舌にわざわざ触れなかったのだから、きっと大丈夫よ」


 男がうめいている。男はたった今、ローズとサクラに、自分の知りうる最も重要な情報を吐き出してしまった。


――アメリカ・ニューヨークに、自分に指示を与えていた、フラワーズのオーナーらしき者が長期滞在している。


この男から得られた情報はそれだけだった。しかしそれは、二人にとって十分な内容だった。


この男はその「オーナー」のオフィスから指示を受け、フラワーズを追っていた。


それはすなわち、彼女たちの元所有者たちへの大きな接近を意味していた。


二人は立ち上がり、踵を返してその場を去った。男はそこに置き去りにされた。


そしてしばらくすると、シャムロックが入ってきた。


シャムロックは男をしばらくじっと見つめた。そして、目を隠している布を取り去り、その顔をあらわにした。


「久し振りだね」


シャムロックは笑った。


その顔は、シャムロックの良く知る顔だった。


いつもシャムロックが歌うとき、最前列にいてくれた顔。


歌劇団に入るか迷っていたとき、後を押してくれた顔。


シャムロックを街のみんなで守ろうと声を上げてくれた顔。



そして、最後の宴に姿を現さなかった顔――。




「グレッグおじさん」




シャムロックが呼びかけた。


グレッグの顔は、血の気を失い、だらしなく脱力していた。辛うじて意識が残っている。容赦のない拷問の痕が体には刻み込まれている。


「シャム――ロックか」


かすれた、か細い声でグレッグは言った。シャムロックはその身を優しく地面へ横たえた。


「おじさん。ひどい傷だね」


「ああ――ひどくやられた」


「そっか」


シャムロックはしゃがんでグレッグを覗き込むようにした。


「ねえおじさん、聞きたいことがたくさんあるんだ。聞いても良い?」


グレッグはわずかに首肯したようだった。


「あの日は、ひどい空襲だったよね。大丈夫だった?」


グレッグは答えなかった。


「みんなには会えなくて、僕もあの街からの脱出には骨が折れたんだよ。おじさんはどうやって脱出したのかな」


グレッグはやはり答えない。


「最後の宴に、おじさんはいなかったよね。あの時、おじさんはダブリンにいたの?」


グレッグは今度も、答えなかった。虚ろな目を細めたまま、シャムロックを見ていた。


「ねえおじさん」


「なんだい」


かすれるような声でグレッグは返事をした。


「いつ、僕たちを裏切ったの」


グレッグは口をつぐんだ。少しの間、沈黙があった。グレッグはシャムロックを見ている。その目から感情は読み取りづらい。顔にも傷があり、腫れているためだ。


「わしは――」


グレッグが口を開いた。


「お前を想っていたよ」


静にそう告げた。シャムロックは答えなかった。グレッグは、一言一言、噛みしめるように、言葉を絞り出した。


「わしは、一目見た時からずっと、お前を想っていたよ。そしてわしは、誰よりも、生きていたいと、思っていたんだよ」


言葉を切った。グレッグの目に、わずかに涙が浮かんでいる。シャムロックは何も言わずそれを見つめている。


「わしには、家族がいたんだ。連中はわしの、大事な妻と子供と引き換えに、協力を迫った。わしには、選択の余地はなかったんだよ」


そう言うと、グレッグの目からひとすじ、涙がこぼれた。



シャムロックは微笑んだ。



「もういいんだよ」



シャムロックは静かに告げた。それは赦しの言葉に聞こえた。グレッグの目にほんの少し、光が戻る。


「シャムロック、わしは」


「ううん、もう何も言わなくていいんだよ」


グレッグは身をよじらせた。痛みが走るのだろう、何度か身を震わせている。


「わしは、みなを裏切ったのだ――シャムロック。わしはこんな男だよ」


「良いんだ。もう良いんだよ」


グレッグの目から涙があふれてきた。安堵の涙だった。


「シャムロック、私を赦してくれるね?」


「おじさん、僕、謝らなきゃいけないことがいくつかあるんだ」


「何だい、シャムロック。わしは、お前のどんな行いも赦そう」


「ううん、赦されるつもりはあんまりないんだ。僕ね、色んなことが分かるようになったんだ」


「ああ、それはとてもいいことだ」


「おじさん、家族いないよね」




グレッグの動きが止まった。



「おじさんが嘘をついているのが、分かるようになったんだ。もっと早くこの力が欲しかったな」


グレッグが呆然としている。シャムロックの目には、一切の温度がなかったのだ。


「本当の言葉があるのも分かるんだ。僕を想っていたのは本当なんだね。でもそれって、ルイに嫉妬していたってことじゃないかな」


全く、情のこもっていない、機械的な声だった。グレッグは突然に恐ろしくなった。


「だから、歌劇団に僕を入れるように仕向けたんだね。団長はおじさんがあそこに呼んだんだ。僕をステージに立たせたのもおじさんだったね。そしてルイと僕が、一緒に過ごす時間を削ることに成功したんだね」


それはただ読み上げるだけの、何の感情もない声だった。グレッグは何ら反応を返せないでいた。


「そして、ルイと僕が逃げるのを止めたのは、それが気に食わなかったからで、みんなを抗戦に向かわせたのは、みんなもろともルイを始末できると思ったからなんだね」


グレッグは何も答えなかった。いや、答えられなかった。シャムロックは続ける。


「それで、久しぶりに僕を見つけて、嬉しかったかな? それとも、ずっと追いかけられてたのかな? でももう、そんなのどうでもいいや。どっちにしてもおじさんは、僕ともう一度会えば、僕を自分のものに出来ると思ってたのかな――」


グレッグの喉の奥で、息を詰まらせるような音が鳴った。憤りからくるものだった。グレッグの無意識にあったものを、シャムロックが暴露したためだった。


「それで、もうひとつ謝らなくちゃいけないことがあってね」


シャムロックが、足元に転がっているペンチを握った。


「おじさんがどんな命乞いをしようが、どんな言葉を重ねて訴えようが、僕にはもう届かないみたいなんだ。あの空襲から一年、僕はすっかり変わってしまったんだ」



シャムロックがグレッグの脇腹をペンチでつかんだ。そして全く躊躇なく、ねじって肉を抉り取った。

グレッグが悲鳴を上げた。体を震わせ、大きく身をよじらせた。



そしてグレッグは気付いた。地面に下された自分の両手両足は、拘束されたままだったのだ。

「やめてくれ――」


「ねえ、想像してみてよ。ルイが最期にどんな言葉を言ったと思う? イーファはどんな気持ちだったと思う?」


シャムロックは笑った。楽しそうに笑った。それはとても無邪気な、屈託のない笑いだった。


「分からないんだ! 僕にはあの日々がとても遠い遠い、おとぎ話のようなものに感じられるんだ。そしてこうして、おじさんにひどいことをしているのが」




その笑い顔が、突然に歪んだ。




「たまらなく、楽しいんだ。これって、おかしいよね――」


グレッグの短い悲鳴が続いた。シャムロックは手を止めなかった。


「僕はドールだ、僕は造り物だ、そしてバケモノなんだ」


シャムロックの言葉は独り言のようになっていった。


「遠く遠くへ、僕は歩いてきた――これからも歩いて行かなくちゃならない――」


歌うようなシャムロックの独り言が続いている。


「そうだ、おじさん、知ってたかな」


シャムロックが手を止めた。グレッグは何度も身をよじらせて、絶望的な逃走をはかろうとし続けた。それは全て無意味な行為だった。


「僕の名前、シャムロックのもうひとつの花言葉。ルイが教えてくれた『約束』の他に、ローズが教えてくれたんだ」


グレッグが身をよじるのをやめた。シャムロックの表情が、これまで見たこともないものになっていた。

バケモノの顔だった。そしてそれは同時に、この世のものとは思えないくらいに美しかったのだ。





「僕の花言葉は『復讐』――白いクローバーの花言葉は、『復讐』なんだよ」




底なしに優しい、歌声のような声だった。その手がグレッグへ伸びていく。グレッグは絶望の淵に意識が沈んでいくのをありありと感じていた――。


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