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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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懊悩

その日、ニューヨークシティは快晴だというのに、マイキーの気分は重く垂れ込める暗雲に支配されていた。


シンプルな内装のカフェである。穏やかなそよ風の吹く窓際の席で、スーツを着込んだマイキーが、うつろな目で飲み干したコーヒーカップの底を見つめている。


「おい、相棒、大丈夫か?」


心配そうに覗き込む旧友のイアンに、マイキーは顔を上げ、何でもない、という風に笑って見せた。


「引きつってるぜ。それじゃとても安心できねえな。おい」


イアンは手を挙げた。


ウエイターを呼び止めようとしたのだ。それは一昔前の同じ場所であればある程度は適切な行為だったかもしれないが、彼に反応するウエイターは一人としていなかった。


「よせ、イアン。無駄だ」


うんざりしたようにマイキーが漏らした。

イアンは苛立っている。こいつはいつもこうだ、とマイキーは嘆息する。


「客が呼んだら来るのが店員じゃねえのか? おい、水だ! 水を寄越せ」


「よせって」


四十代も半ばを過ぎた男が二人、静かなカフェで大きな声を上げるのは場違いすぎた。周囲の怪訝そうな目が突き刺さる。


「相手は人間じゃないんだから――」


そうマイキーが言うのを、イアンは強くかぶりを振ってさえぎった。


「だが店員だ! あいつらはここから、雇用を奪った張本人だろう? 元はあそこに、人間がいたはずだ!」


そう、人間ではなくて店員ではある。あれらはアンドロイドだ。それも、人間に良く似た姿と質感を持つ、本当に良く出来たアンドロイドだ。


「とにかく落ち着け」


マイキーは手元のバーチャルパネルで「水」を二つ注文した。自分も頭を冷やすときなのだ。

愛想よくやってきたウエイターから、イアンは半ばひったくるようにして水を受け取った。去っていく後ろ姿を忌々しそうににらみつけている。


「そう目の敵にするな。あれはあくまで人間の道具だ」


「道具? ああそうだ! それがどうだ? 俺の商売だって連中のせいであがったりだ」


イアンはアンドロイドたちを受け入れられない理由があった。それは理解しているつもりでも、こうしていかにも「前時代的に」振舞う旧友の姿を見るに、ますますマイキーは気が重くなるのだった。


*************************************************


モンスーン社が提供するアンドロイドシリーズ「SKYDOLLS」は、それまでの生体アンドロイドの常識を打ち破る画期的な商品だった。


本来モンスーン社は、本領である最先端医療研究および食糧生産の最適化のため、長らく生体アンドロイドの開発を続けて来ていた。これらはもともと、商品として市場に出回るものではなかった。

しかし、超高度AIの登場とアンドロイドの爆発的な普及に伴い、モンスーン社もアンドロイドの商品化に着手した。


超高度AIによってほとんど人間と変わらない振る舞いをするアンドロイドはさほど珍しいものではなくなってきていたが、とにかくSKYDOLLSは美しい造形でもてはやされた。

来客のアテンドやイベントスタッフなど、所謂コンパニオンガールとしての用途として売り出されたが、とにかく飛ぶように売れたのである。


このせいで、一部の人材派遣会社やタレント事務所は一気に閉業に追い込まれてしまった。もちろん一部では「人間ならではの表現が必要で――」という理由でアンドロイドを採用しないケースもあったが、その単価はつり上がっていき、やがてトップクラスの案件でしか人間が採用されないようになっていった。

そして、小規模なタレント事務所を構えていたイアンはたちまち倒産の憂き目を見ることになったのである。


*************************************************


「いいか? ロボットなんて、人間の奴隷だ。分かるな? あんなの全部ダッチワイフだ、違うか?」


水を一気に飲み干したイアンが、怒気を孕んだ低い声で唸った。

それはあながち、ただの偏見とも片付けられないものだった。

次々と新しい型番の「商品」を展開するモンスーン社によって、非常に早いアンドロイドの廃棄が続けざまに起こった。


そして、巷には粗大ゴミに混ざって「綺麗な女の子の廃棄」が相次いだ。

見た目にも倫理的にも、これが社会の非難を浴びるまでに時間はかからなかった。


そして、それらは――ある意味では、当然ながら――盗難された。


それらがその後、どこへ流れていくのかは明らかだった。当のモンスーン社がこの状況に対応しない限り、それらがどこか「必要とされる場所」へ持っていかれることは防ぎようがなかった。

捨てられたアンドロイドたちは、夜の歓楽街に流れ込んだのである。

見た目が人間とまるで変わらない彼女たちは、人が偽名で絶えず出入りするこの業界に非常に相性が良かった。

一部の捨てられた人間たちがそうするように、彼女たちは体を売ったのだった。

しかしそれも、アンドロイドそのものに問題があるとはいえない。それを欲する者がいるからこそビジネスが成り立つのだ――。


「そう思うならお前さんもその〝ダッチワイフ〟を試したらどうだ? 案外、いいかもしれないぜ」


マイキーは、老いでシワが見え始めた目尻をさげて、出来るだけ冗談に聞こえるようにおどけて言ったつもりだった。


イアンは思い切り拳を机にたたきつけた。

店じゅうの客がその大きな音に振り返り、静まり返る。


「そんな金が俺にあるように見えるか?」


低い声でイアンが言った。イアンは求職中だ。金をチラつかせて結婚したかなり年下の女房にも逃げられたということだ。この男は、確かにアンドロイドに人生をめちゃくちゃにされたと思い込んでいる。


「――悪かったよ、イアン」


「いや、良いんだ。俺こそすまねえ」


イアンもバツが悪そうにしていた。マイキーは肩をすくめ、なんでもない、という風に見せてやった。


「胸糞の悪い噂を聞いたのさ――金持ち連中が、特注でロボットを作らせてるってな」


マイキーの眉がぴくりと動いた。


「イアン、それはどういう話だ?」


「いや、何のことはない、近頃通ってるバーで聞いた話だ。何でも連中は、人間よりも綺麗なロボットを作って夜な夜な好き放題してるって言うじゃねえか――くそっ、やっぱり金だ、すまねえマイキー、俺は行くよ」


イアンは懐から財布を取り出して紙幣を置いた。これも前時代的な仕草だ。今時現金だなんて、とマイキーは少しイアンを情けなく思った。

のろのろと立ち上がり、イアンが行きかける。その背中に、マイキーは尋ねた。


「なあイアン――もし聞いてたらでいいんだが」


「何だ?」


イアンが振り返る。


「その特注品、名前なんてなかったか?」


「ああ、それなら――」


イアンが億劫そうに思案した。


「確か、それぞれ花の名前がついているって言ったっけ。あいつは『フラワーズ』だなんて言ってたな。それがどうかしたか?」


「いや、ありがとう。なんでもないんだ」


そっけなく答えたマイキーに、イアンはやや訝しげな目を向けたが、すぐにまた出口へ向かって体を揺らしながら行ってしまった。


その背中を見届けてから、マイキーは机の上にスマートデバイスを取り出して置いた。

すぐにバーチャルビジョンが浮かび上がる。


『はい、ボス』


カフェオレ色の肌の男が現れた。


「その呼び方はよせ」


マイキーは重くなってきた頭を押さえた。やがて頭痛になるだろう。


「いいか、ジェレミー。『フラワーズ』の存在が漏れてる。それもかなり、一般的なレベルにだ」


ジェレミーと呼ばれた男が目を丸くした。


「なぜです? リークでしょうか?」


「誰がリークする? 当事者以外に知られず、それ以外には一切メリットのない情報だ」


鋭く切り返したマイキーに、ジェレミーは口をつぐんだ。


「まあいい。いずれ具体的な業務が指示される。それまで待っていろ」


「しかし――」


「ジェレミー。我々には選択肢はないんだ」


ため息がちにマイキーが言うのを聞いて、ジェレミーは渋々承知した旨を返答した。


「それから、例の顧客からまた連絡が」


マイキーの胃がキリリと痛んだ。まさに懸念している全ての原因の話になったからだった。


「分かっている。今回の試作体もダメだったんだろう」


「いえ、それはそうなんですが、それとは別に、先方が興味を示された個体がいまして」


「何だと? もう二百体以上も無駄にしているのに、今更、何に反応したって言うんだ」


「送ります」


ジェレミーのイメージが消え、代わりにある少女の立体映像が浮かび上がる。


「こりゃ――なんだ?」


 マイキーの目には、それが「ごく普通の女の子」にしか見えなかった。


「第七世代の量産体らしいんです」


「量産体だと――なんだってそんなものに興味なんか持つんだ!」


「分かりません。一応、ドールズにも個体差はありますから」


「そんな目が奴にあるものか!」


「お客様」


口を挟んできたのは、先程のウエイターだった。他の客がクレームを入れたのだろう。マイキーの声も、いつの間にか大きくなっていた。


「――失礼」


マイキーは咳払いし、声を落としてジェレミーに語りかけた。


「データはオフィスに戻り次第確認する。君はGPSを追ってくれ」


「いえ、難しいと思います」


「なぜだ」


「既に廃棄されているからです」


またか――とマイキーは頭を抱えた。いつもこうだ。問題の大半は、こうして次々と新型が投入されるせいで起こるのだ。


苦々しい顔でマイキーは通話を終了する。

何という特徴もないボブカットのアジア人モデルの第七世代の個体が、スマートデバイス上に浮かんだままだ。


「NAGISA〇〇四二、ね――」


マイキーはその識別番号を特に意味もなく読み上げてみた。

しかし程なくしてその画像も消え、マイキーは立ち上がった。


「嫌な仕事だ――いつものことだが」


そして机の端にあったICリーダーにスマートデバイスをかざし、会計を済ませてしまう。

そしてイアンが置いていった現金を無造作にポケットに押し込んで、低くつぶやいた。


「どうして、こんなことに――」


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