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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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教唆

四十二番は、見るも無残に大号泣していた。


周囲が何事かと見に来る程に大声をあげており、サクラとローズがこれをとりなすのに必死だった。かといってシャムロックの話を制する訳にもいかない。


「辛い――辛い――思いをされたんですね――」


シャムロックは自分よりも激しく取り乱す四十二番を見て、何故か平静を取り戻していた。


「うん、何か、君を見てるとちょっと分かんなくなってきちゃったかもしれない」


「そうです? そうです?」


四十二番も酔っている。このテーブルには泣き上戸が二人いたのだ。片方はもう収まっているから良かったものの、もう片方がよりひどかった。


「良いわ、こうしましょう」


ローズが指を何度か鳴らした。とても高い音が鳴った。元々注目を浴びていた卓だったので、店のほとんどの客がこっちを見ていた。


「曲をリクエストするわ」


それは、シャムロックが歌ったという曲だった。偶然にもそれは、サクラとローズが再会の時に歌った曲だった。


「良いわね?」


ローズは振り返ってバンドを見た。バンドの方は有無を言わさないその空気に、首肯するしかない。

イントロがゆっくりと演奏された。


「速く! もっと速く!」


ローズの注文に、慌ててアコースティックギターの担当が速度を上げた。ローズはシャムロックの手を取ってステージへ向かった。


「手拍子! もっと!」


ローズがシャムロックの手を引いてステージへ上がった。サクラが続いた。もともとボーカルのいない編成だったので、三人は体よく場に納まった。


三名の足踏みによるタップが始まる。そして歌い始めて、場の空気が一変した。


この三名の個性は非常に相性よく溶け合っていた。非常に抜けの良い、芯の強い歌声のローズ、それを支えるように中~低域を受け止める、少し大人びた歌声のサクラ、そこへ独特のアクセントを加える、やや癖のある歌声のシャムロックと、それぞれがお互いの特徴を支え合ってハーモニーを奏でていた。


中央で場を制しているローズは、三名の中で最も体が小さい。サクラが最も長身だ。三名は観客にあまり興味がなさそうで、お互いが繰り出すステップのやり取りを楽しんでいるようだった。激しく動いているにもかかわらず声が全く揺れないのはさすがフラワーズというところである。


はじめは少し控えめだったシャムロックが少しずつ積極的な動きを見せ始めた。他の二人とは少し確度の異なるビートを見せたり、非常に細かい連符を繰り出したりして、そして表情が少しずつゆるんでいった。


歌声もローズに負けないくらい透き通るように突き抜けていった。


突然の乱入と圧倒的なパフォーマンスに呆気にとられていた観客たちは、少しずつ熱量を上げ始めた。立ち上がるものも出てきて、手拍子はどんどん大きくなる。


シャムロックが笑った。


とても無邪気な笑顔だった。


四十二番はまた大声で泣き始めた。熱気を帯びた空気が酒場を包んでいく。


曲が終わると、割れんばかりの喝采が起きた。シャムロックは目を閉じていた。肩を震わせている。


「貴方――やはり、フラワーズね。シャムロック」


「ローズ」


シャムロックが揺れる声で答えた。


「ありがとう」


「礼を言うのはまだ随分早いわ」


ローズの声は落ち着いていた。


「いつかもっと今よりも良い日が訪れたら、貴方の大事なルイ少年の代わりに、私が貴方に訊いてあげるわ。『今日は良い日だったか』ってね」


シャムロックは静かにうなずいた。


「それから、貴方の大事なルイ少年の告げた、三つ葉の花言葉のもうひとつ――貴方は知らないわね」


シャムロックは答えなかった。目を開く。ローズがまっすぐに会場の奥を指さしている。


そこに、背中を丸めて顔を隠した男が座っている。


あの男の姿に、見覚えがある。


シャムロックの体の中を、熱い何かが走り抜けていった。


「シャムロック、教えてあげるわ。貴方のもうひとつの花言葉は――」


ローズがニヤリ、と笑うのが見えた。いたずらっぽく歪んだ、愉悦に満ちた笑みだった。



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