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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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追憶 4

ある頃を境に、客足が伸びなくなった。


戦争が激化しているということだった。街の若い男はひとり、またひとりとどこかへ消えていった。そんな折に歌や踊りを楽しもうという風潮はなくなっていった。


そしてとうとう、歌劇団も後が続かなくなった。


「すまない、シャムロック。しばらくは定期公演を中止するよ。申し訳ない」


「良いよ。団長さんが悪いんじゃないもんね」


閑散としているのは洗濯屋もそうだった。酒屋も少しずつ人足が遠のいている。


「いつか必ず再開しよう。君はこの街になくてはならない歌声だ」


「うん、ありがとう」


洗濯屋のカウンターで、シャムロックは気丈に笑って見せた。


団長が不意に、顔を寄せてシャムロックに耳打ちした。


「ところでここ最近だが、おそらく――君を探している連中がいる」


団長は注意深く店の外を見遣った。


「君のことはよく知らない、だがとても助けてもらっている。もし危ないことがあったらすぐに私やイーファやルイに言うんだ。いいね?」


「うん――ありがとう、団長さん」



シャムロックには、その『連中』がよく見えていた。



自分には普通の人間に備わっていない何かが備わっていることには薄々気づいていたが、こうして戦争が身近になってみて、それがよりはっきりと感じられるようになってきていた。


毎日、何機も航空機やヘリが街の上を飛んでいく。ニュースではあまり詳しいことを報じなくなっていった。


シャムロックは酒場を渡り歩き、少ない客へ歌を聴かせた。


「ありがとう、シャムロックちゃん。こういうときこそ歌が沁みるよ」


「こちらこそ歌わせてくれてありがとう。また来るよ」


家へ戻ると、ルイが待っている。いつものように、大味の炒め物を食べさせてくれて、同じように聞いた。


「今日は良い日だったかい?」


シャムロックは曖昧な返事を返した。イエスと言える日が少なくなっている。


「シャムロック」


ルイがフォークを置いた。


「なに?」


「そろそろ――この街を出なくてはいけないかもしれない」


静に、ルイはそう告げた。


シャムロックはすぐに言葉を返せなかった。驚いていた。この街に根を下ろして、ずっと暮らしていくように思っていたからだ。


「君も気付いていると思うけど――君を狙っている連中が何人もいる」


「で、でも、イーファは」


「イーファはこの街にいた方が良い。もう彼女もそう旅に耐えられる体ではないし、何より何かあった時に危険だ」


「でも、歌劇団は――」


「歌ならどこでも歌える。僕は、君の命が一番大事だ」


ルイの目は真剣だった。シャムロックは言葉に詰まってしまった。


思えばいつでも、ルイにとって自分がどうであるかを考え続けてきた。


自分にとって自分がどんな存在なのかなど、考えてみたこともなかった。


ルイはとても大事だ。でも、そのルイにこう言われた時に、どう答えていいのか分からなかった。


あくる日の夕べに、イーファの行きつけの酒場に、みんなを呼び出して事情を説明した。


「僕たちはシャムロックのためにみんなを巻き込むわけにはいかないし、何よりシャムロックの命が大事だ」


ルイが説明すると、しばらく誰も何も言わなかった。だが、イーファが立ち上がって、大きな声を張り上げた。


「そんなのは、認めないよ! 何だい勝手に決めて、あんたたちはいつの間にそんなに偉くなったかね!」


またしばらく静寂があった。次に声を上げたのは、イーファの隣に座っていた男だった。


「わしは――何とかなるだろうと思っておる」


それは、シャムロックが歌を初めて歌った夜に、一番初めに拍手をした男だった。


グレッグという男だった。グレッグは立ち上がった。


「みんな――色んな難所をくぐってきたんだ。それぞれ、大変な思いをして、どうにかここまでやってきた」


言葉を切った。誰もがグレッグの言葉を待っている。グレッグはいくつかの呼吸をおいて、続けた。


「シャムロックを、わしらなら守れるだろう。幸いに、色んな経験を持った者が、この街にはいる。なあ、みんな。頑張らんか。シャムロックのために」



そしてまた、しばらくの静寂があった。



次に、誰ともなく声があがった。



「――おう、やろう」


「そうだ、やろう」


「よし、やろうじゃないか!」


「そうだ!」


声はやがて大きくなった。


「シャムロックを守るぞ!」


「指一本触れさせてなるものか」


「ルイ、あんただけにいいかっこさせないわよ」


男も女も立ち上がっていた。シャムロックは驚いて目を見張ったまま、動けなかった。


「みんな――」


どうしてこう、どこの誰ともつかない自分を受け入れてくれるのか、シャムロックにはこれまで分からなかった。だが、その理由がほんの少し、分かった気がした。


みんな、そうだったのだ。それぞれに、人に言えない何かを抱えたまま、何とか今までやり抜いてきたのだ。それは自分のことも、すぐ近くの誰かのことでも同じように感じられていたに違いない。



ルイが静かに立ち上がった。



「ありがとう、みんな。もしかしたら僕は、こうなってくれるのを期待していたのかもしれない。イーファ」


「何だい」


「もう少しだけ、お世話になります」


ルイが頭を下げた。


イーファがわざとらしく、大きなため息をついた。


「仕方ないねえ! 付き合ってやろうじゃないか」


誰からともなく拍手が起こった。やるぞ! という声も交じっている。


「やい! ルイ! お前、シャムロックを泣かせたら承知しねえぞ! 今回の分は貸しだ、みんなでお前らを見張ってやるからな」


ある男が言い、笑いが起こった。シャムロックも笑った。涙が浮かんでいたが、誰にも気付かれないように拭ってしまった。


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