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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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追憶 3

あくる日の祭りで、シャムロックと、ルイと、イーファはとても楽しい時を過ごした。


とてもよく晴れた日になった。夜よりもさらに、ありとあらゆるものが緑色に染まった。大道芸人に見つかった三人は、顔に緑色の三つ葉のペイントを施されてしまった。


緑色の飲み物、食べ物を楽しみ、あの大きな緑色の帽子をかぶって歩いた。大きなパレードが通り過ぎていく。


「ああ、こんなにはしゃぐのは何年振りだろうねえ!」


イーファは緑色のビールを飲みながらそう言った。知らない男がまた何人か通り過ぎていき、同じように緑色のビールを掲げてイーファと乾杯をしていった。


春の訪れとともに、街の人々はこの祭りで自分たちの「繋がり」を再確認するのだと、ある老人が語って聞かせてくれた。彼らは、自分たちの故郷と、信じる神や文化を、感謝を持って思い出すのだと。


シャムロックはまだ、自分がどこから来たのか、何のために生まれたのかをよく思い出せなかった。


その次の日から、シャムロックはイーファの店で働き始めた。シャムロックはとてもよく働いた。イーファはよく気の利くシャムロックを誇らしげに客に自慢した。


「これは誰だね? まさかイーファ、娘がいたのか」


「まあ、そんなとこさ。出来た子だろう? 私にはもったいないくらいさ」


時が経つと、ルイは目に見えて成長した。シャムロックの背をあっという間に抜かし、声も低く変わった。しかし口調もシャムロックへの態度も、何も変わらなかった。


シャムロックはもっと変わらなかった。容姿のうち、変化したものは何もない。髪さえ伸びなかった。爪も、体型も、ずっと元のままだった。




イーファは近所で有名な酒飲みで、ときどきシャムロックを酒場へ連れて行った。


ある時の酒場で、酔ったイーファが演奏しているバンドに乱入して歌った。ひどい歌で、酒場中の客が耳を塞ぐ始末だった。ある客が耳を塞ぎながら怒鳴った。


「シャムロック! お前の方がよっぽどましだろう。あのひどいのを黙らせて、ちょっと歌ってみてくれ」

シャムロックも耳を塞ぎながらうなずいた。シャムロックが出てくるのを見て、ようやくイーファは歌うのをやめてその場を譲った。


バンドはそのまま演奏を続けた。シャムロックの知っている歌だった。


シャムロックが歌い始めて、がやがやと騒いでいた空気が、瞬間に静まり返った。


どこまでも透き通った美しい声だった。少しだけ高音でかすれる声色が、少しだけ少年のような趣きをたたえている。正確な音程だけではなく、どこかもの悲しい表情を持った、非常に個性の強い声だった。


観客はのめり込むようにシャムロックの声に聴き入った。さっきまでバラバラだった酒場がひとつになっていき、シャムロックの歌声もまた艶を増していく。



演奏が終わってからも、しばらくは誰もが信じられないという風に静まっていた。



やがて誰ともなく拍手が始まった。気付いた客がひとり、またひとりと拍手を送る。最後には割れんばかりの喝采となった。


「凄いぞシャムロック!」


「やるじゃないか!」


「あんなの聞いたことないわ!」


そんな中、ひとりの男が立ち上がった。大きなひげを蓄えた、少し背の低い男だ。


「みなさん、お聞きください。私はすぐそこの歌劇団の長ですが――彼女に正式に依頼をしたい。我が歌劇団への参加を。いかがです、シャムロックさん」


また喝采が挙がった。次にそれを制したのは、イーファだ。


「待った、待った。この子はうちの子だ。勝手にされちゃ困るよ」


これには不平が飛び交った。


「何言ってる! 洗濯娘の歌う歌じゃなかったろう、彼女には歌手をさせるべきだ」


「イーファだけのシャムロックじゃないぞ! みんなのシャムロックだ」


今度は歌劇団の団長がこれを制した。


「まあ、まあ――大事なのは彼女自身の意見だ。そうではありませんか、イーファさん」


イーファは腕組み、当然とばかりに身をそらせた。


「そりゃあそうだ! 私ぁ最初からそう言ってるんだ」


違うだろう、勝手言うな、という不平が続いた。


ここまで何も言わなかったルイが静かに尋ねた。


「どうだい、シャムロック。やってみたいかい?」


シャムロックは少しだけ考えて、決心したように言った。


「僕、やってみたい。歌劇団がどんなところか分からないけど――やってみるよ」


少しの間を置いて、これまでで一番大きな拍手喝采が挙がった。いくつも酒のおかわりが続いた。


ルイはいつまでも拍手を送った。バンドや団長と話をするシャムロックは不安そうだったが、ルイにはそれがとても良いことのように思えた。



シャムロックの評判はすぐに他の街に知れ渡った。シャムロックの歌はもちろん、踊りもまた目を見張るものがあると、団長はすぐに彼女を重要な役に抜擢した。それまで主役を守っていた女優も年を取り始めていたので、自分を継ぐ者が出てきたと喜んだ。


人々はシャムロックの歌と踊りに夢中になった。シャムロックが出るとなるとすぐにチケットは完売した。シャムロックにインタビューや出演依頼がいくつも来たが、イーファが全て断った。


シャムロックは洗濯屋の仕事も続けていた。イーファはシャムロックの体を心配して何度も働かないように諭したが、シャムロック自身が働きたがった。


静かで、豊かな日々が続いた。


誰も、シャムロックの出自を問う者はなく、シャムロックもまた自分の出自について深く考えることはなかった。


(なんだか――)


シャムロックはしばしば、小さな、しかし満員の劇場の舞台で、または時折陽気な客の訪れる選択屋のカウンターで、考えた。


(おとぎ話のなかの出来事みたいだな)


ルイのことを思うと、シャムロックの胸は不思議な温かさを持った。


そう、もしかしたら全部夢なのかもしれない。


(でも、こんなに楽しい夢なんてないかもしれないな)


そう思い、シャムロックはひとり静かに笑みを零した。

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