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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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追憶 2

帰宅したルイは驚いた。


小さな机に溢れんばかり、いや、椅子にまで溢れてたくさんの料理が彼を迎えた。


得意げに笑うイーファと、そわそわと所在なさげにしているシャムロックもいた。


「あの、これは? あなたは誰です?」


「これは全部このお嬢ちゃんが作ったのさ! 私はその手伝いをした、隣に住んでいるイーファという者さ、よろしくね」


ずい、と手を差し出した。大きな手だった。おずおずとルイが手を伸ばして握ると、強く握り返して上下に激しく振った。ルイのかぶっていた帽子がずり落ちそうになる。


「あの」


シャムロックがたまらず声をあげた。


「迷惑じゃ、なかったかな?」


ルイはシャムロックをじっと見つめて、そして、帽子を取って後ろへ放り投げた。


「とんでもない! こんなに幸せな日は人生で初めてさ!」


椅子に腰かけると、フォークとナイフを手に取った。


「いただいてもいいかい?」



イーファが一歩、前へ出た。


「坊や。手は洗ったかい」


ルイが目を丸くした。


「ええと――いいえ」


「早く洗ってきな。そんな汚い手でこの子の料理に触る気かい」


イーファは真っ直ぐにキッチンを指さした。


ルイが手を洗い、三人は食事を始めた。


イーファは二人にいくつも質問をした。シャムロックはろくに答えられなかったが、ほとんどの質問をルイが代わりに答えた。


ルイはベルファストで工場の清掃員をしていたことや、どうやらそこからここまでやってきたらしいこと、身寄りはいないこと、年は十三歳であること、特に将来の夢はないが立派に稼いで故郷に帰りたいと思っていること、その他にもたくさん、それまで分からなかったことが分かった。


イーファはとても剽軽な女性だった。いま夫が戦役で留守であること、子供はおらず、シャムロックとルイの二人が子供のように思えて放っておけなかったこと、小さな洗濯物屋を営んでおり人手が足りていないことなど、冗談を交えて楽しく話してくれた。


シャムロックは笑った。


「そんな笑い方をするんだね」


ルイは目を輝かせて言った。


シャムロックは、自分が笑っていることに気付いていなかった。


イーファはそんな二人を、微笑みながら見守っていた。


「明日はお祭りだよ。二人で行ってくると良い」


イーファが言うと、ルイが答えた。


「イーファさんも一緒にいかがですか」


イーファは少し驚いたようだった。私はいい、と固辞するイーファを、二人は根気強く誘った。イーファが折れ、三人は祭りに出かけることになった。


三人とも、よく飲み、よく食べた。夜はすっかり暖かさを増していて、滑り込んでくる空気は花の色をしていた。明日は祭りで、もう気の早い連中がそこかしこで宴会を開いているようだ。


イーファがキッチンで片づけを始めた。ルイはどこかに席を外している。


シャムロックは不意に立ち上がって、外へ出ていった。


チリチリと焦げ臭いような春の青草の匂いがする。シチューやアルコールの香りがかすかにしている。がやがやと騒ぐ声が遠くに聞こえ、笛やフィドルの音も交じって聞こえる。シャムロックは楽しくなってきて、歩きはじめた。


夜の虫の声がした。メガホンで何かの案内がされているようだ。路地にまだ手つかずのビール瓶が山と積まれていた。大きな緑色のハットを被った三人組の男たちがふらふらと歩いていく。


後ろからルイが駆けてきた。


「シャムロック!」


シャムロックは振り返った。息を切らせたルイがいた。


「どうしたの?」


「どうしたの、じゃないよ! また君がどこかへ行ってしまうかと思って」


ルイは、あの石造りの家で見せたような寂しそうな目でシャムロックを見上げた。


「置いて行かれるかと思ったんだよ」


シャムロックはしばらくルイを眺めて、少しだけ笑った。


「ううん、ルイ。僕は君を置いていかないよ」


ルイの表情が安堵に綻んだ。


「良かった」


二人の会話はそれだけだった。イーファがいなければ、二人はどうしても何を言っていいのか分からなかったのかもしれない。どちらからともなく、二人は手を繋いで歩いた。




メインストリートにほど近い通りに差し掛かると、二人はとても綺麗なものを見つけた。


見渡す限りの緑だ。


沿道があらゆる緑色の装飾で鮮やかに彩られ、それが暖色の街頭で優しく照らされている。


あちこちに三つ葉の飾りが揺れていた。


「そうだ」


ルイが思い出したように声を上げ、飾りを指さした。


「君の名――シャムロックは、あの三つ葉のことなんだよ」


シャムロックは不思議な気持ちになった。誇らしいような、気の遠くなるような、懐かしいような気分だった。


「三つ葉の花はいくつかあるけど、君の髪のように真っ白のものもあるんだ」


ルイはシャムロックの手を引いた。二人は歩き出す。


「僕はその花が好きだ」


頭に大きな緑の帽子をかぶった、酔った老人が二人に口笛を吹いた。笑い声がするが、二人には聞こえていなかった。


「花言葉もいくつかあって、ひとつは『約束』――もうひとつは何だったかな、忘れちゃった」


「ルイ」


「何だい?」


「じゃあ何か、約束をする?」


「いいね」


ルイが立ち止まって、少し考えた。どこかでわあっと歓声のような声が挙がった。ルイは首を傾げた。

「まだ、分からないな。きっといつか分かるだろう。シャムロック、じゃあ、いつか時が来たら、大事な約束をしよう。それが今の僕らの約束だ。どうだろう?」


シャムロックはうなずいた。


「いつか時が来たら約束をする、っていう約束だね。分かった」


二人はそれぞれ、小指を立てて誓い合った。


風がまた舞った。


シャムロックは少しだけ、体温が上昇するのを感じていた。


自分の見かけ上の年齢よりも少し下のこの少年が、自分を懸命に慕ってくれて、共に生活をするために身を粉にしてくれていることを、ようやく理解しかけていた。


(あのおばさんのところで働こう)


シャムロックはそう考えるようになっていた。


笛が鳴り、どこかで何かの曲が始まっていた。アコースティックギターとトライアングルが交じり合う、速いビートの曲だ。



ルイはコツ、コツと、石畳を靴の裏で叩いた。軽快な音だった。少しずつルイの靴音は多くなっていく。

シャムロックも試しに足で石畳を蹴ってみた。懐かしい感覚が足元から上ってきた――シャムロックは細かい靴音を、とても上手に鳴らした。


二人は顔を見合わせて笑った。ストリートに、情熱的なアイリッシュ・バンドの演奏と二人のタップの音が響き渡る。瀟洒な夜だった。二人のステップは複雑に絡まり合った。


二人は何も言わず、しかし笑いながら、タップを踏んだ。道沿いの店からしばしば覗き込むものがあって、時折笑い声や拍手があった。



二人は構わず踊り続けた。春の夜が更けていく――。




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