投擲
一言で言えば――地獄絵図、だった。
折り重なるようにしていくつも倒れているのは、先程ローズが始末した男たちと同じように武装したものたちだった。ただ、ほとんどが体のどこかを失っている。あるものは上半身だけ、あるものは左半身だけ、脚だけ、腕だけ――そして見渡す限り、血の海だ。
硝煙と血のきつい匂いが漂っている。換気がされていないフロアの中で、ぼんやりと向こう側が煙って見える。人間の『内部』が発する水蒸気がそうしているのだ――。
そしてそこには、果たしてひとりの少女が立ち尽くしている。
真っ白な少女、であった。
髪は肩よりも少し長いくらいだが、全く色素というものがなかった。ローズよりもさらに生気のない、ごく冷たい肌の色である。
神秘的なグリーンのワンピースを着ていた。胸元に、不思議な十字架の形をした首飾りを下げている。
少女が顔を上げた。
「伏せて!」
ローズが叫んだ。瞬間であった。三名の頭の上を、ごう、と突風が通り過ぎた。爆発のような轟音が発生し、また建物全体が揺れた。背後の壁に一文字の亀裂が発生していた。
「衝撃波ね! 厄介だわ」
ローズが懐からスコープを取り出し、サブマシンガンの上部に素早く取り付けた。レバーをフルオートから単射モードへ切り替える。
「サクラ、私が引きつけるから貴方は行けるところで走って頂戴。無理は禁物よ」
「はい、お姉様」
ローズが銃身を階段の上に突き出した。すぐにスコープを覗きこみ、まず一撃を放った。
弾は相手の右太ももに直撃し、貫通した。
「ヒット――でもダメかしら」
立ち姿に全く反応はない。少しうつむき加減で、右手に携えたもの――腰の長さもない、短い剣を振り上げた。
ローズがまた慌てて頭を下げた。同じように衝撃波が発生し、建物がより大きく揺れた。
「お姉様――あの反応」
「ええ! 間違いないわ、ドールよ」
四十二番にも何となく理解出来た。人間であれば銃弾を受けてすぐに攻撃に移れることはまれだし、そもそもこのような規格外の攻撃を放てる人間などほとんどいないだろう。
「特殊なデバイスを使用しているみたいね。おそらくこの拠点のどこかにあった代物だわ――厄介なんてものじゃないかもしれないわね」
しかしローズの横顔は苦しげではなかった。むしろその目は生き生きと楽しげに燃えている。
一撃と一撃の間に間隔があるのが救いだった。また、向こうから接近してくる気配はない。三名はローズの銃撃を囮としながら、何とか階段から前へ進むことが出来た。件のドールが立っている通路に続く角に、それぞれ滑り込む。
「トゥルーズ! またもうひとつ謎々を出していいかしら?」
ローズが背後の四十二番に、肩越しに声をかけた。
「は、はい」
四十二番は何とか事態についていくのに必死だった。不思議と、血も死体もそこまでショックではなかったが、少しでも気を緩めると死が待っている状況には息が詰まっていた。
「あの不思議なアイテムはどこで手に入るのかしら?」
ドールが持っている短剣のことだった。
「ええと、多分、あの子のすぐ後ろの部屋です――」
ローズが驚きの表情で振り返った。
「なぜ? トゥルーズ、答えて!」
四十二番はその剣幕に少したじろいだが、何とか言葉を振り絞った。
「ええと、あの子、あそこから動いていないのは多分、怖いから、だと思います――きっとさっきまで、動けないようにされていたから――」
ローズの大きな目がさらに大きく見開かれた。
向かいの角に隠れているサクラに向き直る。
「サクラ!」
「ええ、聞いていましたわ」
サクラが飛び出した。転がり、反対側の部屋を蹴破ったようだ。衝撃波がもう一迅、通り過ぎる。ローズがその隙を逃さず、身を乗り出した。一発、二発、三発、四発。
もう一迅の衝撃波があったが、方向が異なった。壁にぶつかったらしい。破砕音が響き渡った。一部のガラス製の窓が壊れたようだ。
「全弾命中よ。どんなタフネスしているのかしら、あの子」
ローズが再装填を即座に行っている中、サクラがまた次の部屋へ飛び込む。
「トゥルーズ。次よ。落ち着いて。危ないと思ったらすぐに身を引くのよ」
四十二番はうなずいた。内心、心臓が破裂しそうなほどに高鳴っている。
ごう、と衝撃波が放たれた。今度はこちらに風が来なかった――おそらくは真横か、背後に向かって発生したのだろう。サクラが飛び出す。ローズが身を乗り出し、発射する。その間をついて、四十二番が飛び出す。
「いけぇーーーーー!」
四十二番が投げ込んだのはグレネードだ。しかしそれは爆発するものではない。
破裂音の後に濃密な霧が発生した。ドールが身を折るのが見えた。サクラが飛び込んでいく。おそらくは顔を覆った布で霧を避けているだろう。
催涙弾の一種である。暴動の鎮圧などに使用されるもので、特に室内では高い効果を発揮するものだった。
果たして、霧が晴れたところには、サクラがドールを羽交い絞めにしてうずくまっている姿があった。