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Girls In The Showtime  作者: アベンゼン
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覚醒

非常事態をつげるアラートが鳴り響いた。




廊下中に響き渡るけたたましいブザーにたたき起こされ、スタッフと警備員たちはあわてて管制室や焼却炉、ボイラーのコンソール前など各々の持ち場へ駆け込んだ。


止まっていたラインが動き始める。各々がチェックを始める。暗闇に包まれていたその施設――集積廃棄場の各セクションが稼働を始める。


大きな部屋のライトが灯され、物々しい鉄の扉に囲まれた部屋に、冷たい光が乱反射した。部屋を埋めつくしていたものがあらわになる。




それは山積みになったゴミ――だけではない。


おびただしい「少女」の姿があった。


機械類のスクラップが寄せ集められたその空間の中央、そこかしこに少女がさしはさまっている。垂れ下がっている。突っ込まれている。




無造作に、あちこちに、少女たちは物言わず、目を剥いたまま、ただ静かに制止している。


その様子は、制止する直前まで何かの動作の途中だったかのように、めいめい手を上げたり、足を曲げたり、首をかしげたり、腰を折ったりしている。


そしてそのまま、動かないのだ。


どれも生きている人間と変わらない色つや、柔らかな質感を保っている。


しかしそのどれもが物言わず、ただスクラップの中に埋もれきっていた。




アラートが鳴り続けている。その大きな音はだだっ広い投入ステージ奥によく響いた。


いくつもの少女の顔が、美しく整い、程よい個性に恵まれた綺麗な顔が、白く強いLEDの光に照らされていた。




その中で、ゆっくりと――まるで蝶が繭から這い出すようにゆっくりと――少女のうちの一人が動き始めた。




少女はゴミの山の頂上にいた。


少女は体を起こすと、まぶしそうに照明を見上げる。


その真っ白な少女は、きらきらと光を反射し、それ以外の少女たちの山の上で、しとやかに座り込んでいた。




*********************************************************************




「何が起きてる?」




少し遅れて、現場職員を統括するマネージャーであるマックスが管制室にやってきた。




「それを確認しにきたんだ、邪魔しないでくれ」




モニターを立ち上げているスタッフのルシアスに言い捨てられ、マックスは顔をしかめた。




いつもこうだ。


彼は、ここイギリス・マンチェスターで中流階級に生まれた。


すぐ近くにはフーリガンや工場労働者なんかのごろつきがウロウロしており、いつもこの街は不穏だった。


収入や学歴では圧倒的に上回るマックスも、殴られやしないかとビクビクしながら道を歩かねばならない世界であった。


逃げるようにアメリカに留学し、中堅大学の博士号を得てロンドンで就職したが、彼を待っていたのは「地元マンチェスターの現場責任者」というポストであった。




ここはゴミ廃棄場である。


若い彼の言うことに、職員たちは誰一人として耳を貸さない。


まして彼には熱意というものがまるでなかった。職員たちを見下してすらいた。


しかし同時に、何ら人に影響を与えられない自分にもひどくみじめな気分になった。




「モニターを見せてくれ。本社に状況を報告しなければならない」




モニターにかじりついたルシアスは何も答えなかった。


マックスはいらいらして繰り返した。




「ルシアス。もう一度言うが、モニターを見せてくれ」




だが当のルシアスはまるで何も反応しない。いくつも用意されたモニターのうちのひとつにぴったりと顔を近づけ、呼吸も忘れたように食い入るような注視を続けている。




「――どうした? ルシアス、何か異常か」




「旦那」




ルシアスが、モニターから目を離さないまま、後ろに立っているマックスに手招きをした。モニターを見に来いということらしい。




ピタリと動かないルシアスを半ば押しのけるようにして、マックスはモニターを見ることが出来た。




そして瞬間――呼吸を忘れた。




廃棄物の投入ステージ奥、スクラップが折り重なって積まれている空間の映像である。


ゴミの山の上に、ひとりの少女が座っていた。




他のどの少女よりもひときわ透き通るような白い肌が、ライトに照らされて幻想的に浮かび上がっている。


色素の薄い金色の長い髪が、風もない室内で静かに揺れている。


そして、非常に長いまつ毛を持った相貌に射抜かれ、マックスは胸の奥がズキンと痛むのを感じた。


緑ともグレーともつかない不思議な高貴さをたたえた色に、揺らぎようのない意志が貫かれた強烈な眼光があった。




一糸まとわない体は華奢で、しかし硬く編まれた絹の糸のようにしなやかだった。


少女は自分を照らしているライトを眩しそうに見上げ、細い手を掲げた。




「こ、りゃあ――」




マックスは辛うじて喉の奥から声を絞り出した。


異常事態のアラートは〈生体反応アリ〉を告げるブザーに切り替わった。


『至急全行程の停止と処理物の確認を行ってください』とアナウンスが繰り返される。


赤くランプが点滅し、少女はあたりを見回した。そして小さなあくびと、伸びをした。


細い髪が小さく揺れる。




「か――」




ルシアスが唖然としてつぶやく。




「可愛い」




そして少女は、ゆっくりと立ち上がった。




あまり背は高くない。やはり非常に華奢な四肢だが、確かな佇まいだった。ほんの少しの揺らぎもなく、まっすぐに少女は立った。


そして不意に、少女はモニターへ目線を送った。




「ほっ」


「あっ」




モニターに注視していた男二人は奇妙な声を上げた。


少女はモニターを見たまま、笑った。




(ああっ――)




今度のマックスの声は声にならなかった。


そのまま少女は二人の男へ微笑み、一瞬か永遠か、マックスにはよく分からない時間が過ぎた。


マックスの胸の痛みは、じくじくと熱を発するような感覚になっていた。


「胸焦がれる」――まさにそんな感覚である。


心臓が高鳴るのがイヤというほど分かる。




ブザーは鳴り続けていた。投入ステージのドアが開いたままだが、恐らくそこに来ているであろう担当のスタッフも、何も行動できていなかった。




その少女は、常軌を逸して美しかった。




マックスとルシアスが、自らの職務を忘れ果て、その少女の姿にただ呆然としていたところであった――ふつん、という間抜けな音と共に、不意にモニターが暗転した。




焼却場を映していた壁面の大きな窓状のスクリーンも含め、モニターで埋め尽くされていた管制室は唐突に静止した。ブザーの音も聞こえない。立ち上がっていたサーバーの冷却装置の音も消えていた。


管制室は沈黙に包まれた。




マックスがそのことの意味を把握するまで、それなりの時間を要した。


気付いたときに彼らは、何一つ確認できない「ただの箱」にいるのと同様だった。


そして彼らが確認出来ないということは――この施設のほかの誰も、それを確認出来ないということだった。




しかし彼らはそれに全く意識を払わなかった。




(見たか?)




そういうような、ルシアスの、含み笑うような、驚きの覚めないようなしたり顔に、思わずマックスも、




(ああ――)




と同じような顔でうなずいてみせた。




彼らはその後もしばらく、何も言わず立ち尽くしていただけで、誰にも連絡しなかった。


それが何だか、とても不適切な行為のように思えたからだった。




ブザーが鳴りはじめてから実に一時間、施設の各セクションの主任たちが「管制室が機能停止している」と気付くまでのあいだ、彼らはそのまま何も出来ずに突っ立っていたのである。




全ては後の祭りだった。マンチェスター集積廃棄場のシステムは残らずダウンしており、各セクションの状況共有はほとんど不可能となっていた。口頭での報告と指示を経験したことのないスタッフは、沈黙するPCやコンソールの前で茫然とするのみで、誰ひとりこの事態を収拾することは出来なかった。




アラートを受けて到着した本社のスタッフがシステム復旧の依頼と各スタッフへのヒアリングを完了するまで、一日近い混乱が続いた。


そしてその間に、廃棄場から一体のアンドロイドが失踪していたことは、ほとんど誰にも気付かれなかった。


このことに関して、個人的な秘密保持契約を交わしたマックスとルシアスを除いて――。

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