ベルトラムと言う悪魔
自分の部屋に戻り、母親の残してくれた茶色の革ノートを再び開いてみた。
今私に一番必要な物…。
それは従者を呼び出す事…。
幼い頃、母が言っていた。
『もし、自分たちに何かあり、あなたが一人きりで生きなくてはならなくなり、本当に困った時にはこのノートを開き、従者を呼びなさい。…ただその従者は地の果てから舞い戻りし死神の血を引く者だから、呼び出す時はそれなりの覚悟が必要よ。私としてはあなたがそれを呼び出す事の無いように生きて欲しいと願っている』
母のその言葉の意味が今ならよく分かる。
従者を呼び出すため、毎晩毎晩の失敗の代償がこの焼け爛れた左手だ。
革ノートに書かれている魔方陣を別の白い紙に書く。
そして、書き写したその上に、机の端に置いてあるブルーのナイフで自分の指を切り血を垂らした。
魔方陣が反応して、紙から飛び出し大きく青く浮かび上がり、天井に写し出された。
神々しいオレンジの光が降り注ぐ。
今日なら呼び出される気がする!
「天より地に落とされた哀れな魂よ、我に支えるため再び姿を見せよ」
光が更に大きく広がり部屋中を赤く染める。
部屋の温度が上昇し始め、呼吸が苦しくなる。
熱い。
今までにない現象。
これはうまくいくかもしれない、だが運が悪ければこのままここにいたら、今回は命まで落としかねないかもしれない。
それでも…。
あのプリンスを救うため、私はこの場から離れる訳にはいかない。
「さぁ、私に姿を見せよ」
カタカタと音を出し部屋全体が揺れ始め、激しい風が私を吹き飛ばしそうになる。
これは建物全体が壊れてしまうのではないかと思ったが、他の部屋に住んでる住人のざわめく声などが聞こえないのを見ると、被害はこの部屋だけのようだ。
鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの耳をつんざくような高い音がした。
来る!
直感的にそう思った直後。
風が止んだ。
「お呼びでしょうか?ティアーさまのご令嬢のジョディさま」
目の前に現れたのは、黒い服を全身に着こんだ長身の男だった。
コートの襟を立て深く帽子を被っているせいで、顔までははっきり見えないが、真っ赤に光る大きな瞳がとても不気味だった。
「あなたが…母の言っていた従者?」
震える声を悟られまいと懸命に床についてしまった膝を払い立ち上がる。
「いかにも。拙者、ジュディさまに呼ばれる事をずっと待ち望んでおりました」
男が近付いてきた。
何だか異様な匂いがする。
先ほどまで灼熱地獄のように熱かった部屋がそいつの出現により、今度は冷気に満ちていた。
「何なりとお申し出を」
「…。あなたの名は?」
「…ベルトラムです、以後お見知りおきを」