日常
「見てください、王女様。今年の春の流行色を取り入れた、フィニアス氏の新作ドレスですのよ」
だいぶ陽が暮れかかった宮廷の中、たくさんの貴婦人たちが王女様に自分達のドレスをひけらかしている。
密閉されている空間の中で、香水や化粧など色々な匂いが混ざっていて気持ち悪くなりそう。
その中でも王女カトレーヌは膝の上に愛犬を乗せて、お気に入りの真っ白のソファーに座っていた。
「やっぱり、ドレスはフィニアス氏に頼むのが一番ですわね」
フィニアス氏とは今一番のデザイナーとして名高い、青い瞳をした青年だった。
見た目も麗しい彼の仕立てるドレスは繊細かつ魅力的な美しく、彼の作ったドレスを着ることがステータスになっていた。
「その中でも、やはり王女さまのドレスが一番ですわ」
真っ白な肌、赤茶色の髪をした小太りの女が王女に近付いた。
この中の誰よりもおべっかばかり使う女メアリーだ。
シルバーのドレスにはラインストーンやらが縫われており、歩く度にキラキラと光の舞う美しいドレスを着た王女がその言葉を満足そうに受け取った。
「それにしても、フィニアス氏の仕立てるドレスって最高ね。こんなドレスも着れない人間がいるなんて本当可愛そう。いっそのこと人間なんて止めてしまえばいいのじゃないのかしら?」
王女は愛犬を抱き抱え、私たち女中の前を通り過ぎる。
「あなたたち、生きてて楽しいの?」
私たちは言い返すこともできなくて、ぎゅっと唇を噛み締めた。
王女がふと足を止めた。
「あなたなんて顔さえも人間離れしてるわね」
一人の女中の前に立ち、罵倒し始めた。
「みなさん、見てみて、この子の顔、まるで動物じゃない?うちの子の方がずっとずっと可愛いわー」
王女は抱き抱えている愛犬の頭を撫でた。
「あなた、お腹空いてません?」
女中は、泣きそうな顔をして首を横に振った。
「無理しなくていいのよ、せっかくのお茶会なんだからあなたも何かお食べになったら?」
王女の高い声は私たちには恐怖しかない。
この次、どんなひどいことをされるのか想像するだけで恐ろしい。
王女はテーブルの上に並べられているケーキなどを勢いよく床に落とした。
更に、それらをヒールで踏み潰す。
「ほら、早く食べなさい」
クスクスと周りの貴婦人たちが笑い出す。
「何してるの?早くなさい、早く犬のように食べなさい」
女王の言葉は絶対だ。
女中は床に撒き散らされたお菓子などを食べ始めた。
「誰がそんな風に食べろと言った?犬は手なんて使って食べないでしょ」
女中が手を使って食べるのを、女王は冷たい目で見下ろした。
「‼」
そして、見上げた女中のお腹を蹴り上げた。
「犬はそんな目でご主人さまを見ないわよ、さぁ、早く食べなさい」
女中は溢れ落ちる涙を拭くこともせずに、四つん這いになり口を床につけ、ぐじゃぐしゃになったケーキなどを食べた。
その様子を見て、女王さまや貴婦人たちが高笑いをし始めた。
女中の悔しさを思うと、やりきれなくなるが、私たちは一瞬、『自分じゃなくて良かった』と安心していた。
この狂った空間は、私たちには毎日行われている日常なのだ。