死へ
「ただいま」
元から建て付けが悪い扉は劣化のせいで開けるのにも一苦労だった。
こんな重い扉、大抵の子供だって開けるの難しいと思われるのに、体の弱いブラッドには絶対に無理な事だろう。
いや…、もうブラッドにはドアを開けるどころか立ち上がる力も残っていない。
あの日から、私はここブラッドの家で一緒に生活を共にする事にした。
それが私の願いでもありブラッドの願いでもあったから。
あの日私はフレディに約束した。
これから何があっても私は貴方達の側にいると。
幼いブラッドの方は、人数が多い方が楽しいと、だからここで一緒に暮らして欲しいと…、自分の命が消えゆく瞬間まで一緒にいたいと…。
幼い少年の願いがそんな他愛も無い事に言葉を失った。
もっと生きたいきっと本心はそうに違いないのに、ブラッドは一言もその言葉を言わなかった。
日毎にやつれ、生気を失ってゆくブラッドはそれでも尚笑顔を絶やす事が無かった。
私やフレディの前でいつも零れんばかりの笑顔を見せてれた。
部屋の暖である僅かな炎の中ブラッドはいた。
青白くコケた頬に力をこめるブラッドの笑顔だけでも辛いのに、力の無い声で続ける言葉が私の心を抉った。
「僕はもうじき魂だけの存在になるんだよね?」
「…、誰がそんな事?」
「今更隠さなくても大丈夫だよ。ずっと前から分かってた事だから」
真っ直ぐに私を見つめる紺色の瞳に不安は一つも感じられ無かった。
「魂だけの存在か…。そう言えば聞こえはいいな」
いつからそこにいたのだろうか?
部屋の瞳にいる大くてドス黒い影がこちらを向いた。
その表現で正しいのかどうかは分からない。
こちらを見ているのは普通の長身の青年で間違いないのだが彼の足元は大きな黒い影に埋もれており、禍々しい空気が部屋全体を包みこんでいた。
「どうせお前の入れ知恵でしょ?お前がブラッドにそんな事を言ったのだろ、ベルトラム…」
ベルトラムはこちらに近づきながら喋り続けた。
「長く生きらえば幸せだと何故思う?この世は地獄だと何故思わん?常に張りめぐらせいる深い深い闇に足元をすくわれると何故思わん?今までは幸せに包まれていたかもしれないがある日急に地に落とされると何故思わん?」
ベルトラムが言葉を発する度に部屋の景色が変わっていた。
暗い暗い闇かと思えば花畑のような明るい場面になったのも束の間、一気に背筋が氷るような冷たい冷気に包まれた。
「その子供はもうじき死ぬ、それがこの世の理。変えようも無い事実だ」
一瞬大きく燃え上がった火が最後の薪を燃やした。