運命
どれぐらいの時間が過ぎたのだろうか?
暖炉の中で小さくなった薪がパチパチと頼りない火を灯していた。
儚く燃ゆる炎を見ながら誰も口を開く事は無かった。
人間の消えゆく命もこんな風にハッキリと見る事ができたならもっと今の自分を愛しく感じる事ができるのではないのだろうか?
「…オレ、父さんも母さんも大好きだった。優しい父さんと母さんが大好きだった。だから、ブラッドが生まれた時本当はイヤだったんだ。父さんと母さんを取られるんじゃないかなんて思った」
夕焼けに包まれた二階の部屋でまだ小さな小さな赤ちゃんを抱っこして頬笑む母さん、そしてその肩に手を振れて優しい視線を落とす父さん。
とても穏やかな空間にオレは入れず、そんなところを見たら僕の居場所が無くなってゆく感じがした。
だけど。
父さんに呼ばれてオレもその空間に入る事ができた。
オレの勘違いだった。
オレの居場所が無くなるなんて事ある訳無かったんだ。
その母さんの腕の中に抱かれながらオレを見上げるブラッドの笑顔が可愛くて愛しくてさっきまで自分の考えがあさましく愚かなモノだと気付いた。
オレはこの子の兄になったんだ。
この子を守れるような兄になろうと、そう決めたんだ。
「それなのに!それなのに!」
火が消えた暖炉の前でしゃがみこんでいたフレディはひっかき棒で僅かに残っている薪を叩くようにつつき始めると僅かな火元がバチバチと音を立てた。
「あんた悪魔だろう?」
立ち上り、ベルトラムをぐっと見上げた。
だがしかしその瞳は先程までの怒りに任せた物ではなくとても穏やかな物だった。
胸中はまだわだかまりを拭えず己れの無力さを苛立ちを感じているはずなのに、僅か10才ぐらいの子供とは思えない虚静恬淡な態度で続けた。
「初めて会った時にあんたに言ったこと覚えてるか?オレの魂をやるからブラッドを助けてくれないか?あんたにはそれができるんだろう?」
わなわなと震えている唇をぎゅっと噛み締めながらぐっと背筋を伸ばしベルトラムを見上げる瞳には強い意志が宿っていた。
こんな小さな子供がそこまで強く見せているのに、人間とは本当に無力な物だ。
「確かに。拙者にはそんな事意図も容易くできよう。だが。拙者はそのような事に手を貸さん。前にも言った通り貴様の選択に運命を変えるほどの価値は無い。一人の人間の運命を変えるにはそれなりの対価が必要だ。仮に明日貴様が死ぬとしよう。その運命を変えるには全く別の人間の命が必要だ。だが、それで終わるほど運命は簡単な物では無い。いずれまたその死の運命は貴様に襲いかかってくる。運命からは逃げられない」
ベルトラムの辛辣な言葉に精一杯の勇気は打ちのめされ膝を付き泣き崩れた。
「じゃあ何のためにブラッドは産まれて来たんだよ。一体何のために…」