食卓
ゆらゆらと揺れる蝋燭の明かりの中僅かに並べられた食器か重なる音と楽しそうな子供の声が響く。
『今日は食卓でご飯が食べたい』
と言うブラッドの願いにより、私とベルベットを含めた4人が食卓を囲んだ。
「みんなで食べると美味しいね」
ブラッドそう言うと袖から出てる白くか細い手で固くなったパンをちぎっては口に入れてゆっくり噛み砕いた。
食事と言っても大皿にいくつか置かれたパンとスープ皿によそられたミルクと言う非常にシンプルな物だった。
「私達の分まで用意してもらって本当に良かったのか?」
兄のフレディは私の言葉にそっと肩を竦めて、『ブラッドが喜ぶなら』と言ってくれたものの、自分はさっきからチェーサーしか口にしていなかった。
それでも顔はほころんでいた。
ブラッドにいたっては終始満面の笑顔でポロポロと零れたパンクズをミルクに入れそれをスプーンでかき混ぜながら言った。
「こうするとお母さんが作ってくれたポタージュを思い出すんだ!」
子供にとって母親の存在はどれほど大きい事か…。
家族との思い出の中で食事の記憶と言うのは曖昧な物では無いだろうか?
毎日の事だから、毎日当たり前にしている事だからイチイチその都度覚えていない。
だが、それ故に家族との生活の中で欠かす事のできない場所だから。
こうしてすんなりと母親との記憶を思い出す事ができるのだろう。
「僕ね、もうじき6歳になるんだ!」
「え?へぇ、そうなのか?それは楽しみだな」
年までシャルル皇子と同じなのか。
ブラッドは一つ年を取ると言うことが嬉しくて仕方ないらしく、しきりに6歳になったら何をしようかな?とか何ができるかな?とか話していた。
まだ見ぬ未来に大きい希望を持てるのは素晴らしい事だと私は思う。
このままブラッドの病気が回復して何事も無かったように二人が暮らしていければそれは幸せな事なのに。
しかし。
この和やかな場で一度も笑みを見せず、一言も話さず、仏頂面で食事をしていたベルベットがそれを覆す非情な言葉を私だけに聞こえる声量で浴びせた。
「残念だがこの少年が6歳を迎える事はできない」
ガチャと金属音のぶつかる音がした。
振り返ると、スプーンを落とすフレディと目が合った。
深い藍色の瞳がゆらゆらと揺れていた。
まるで深い海の底で日の光を探しているように。
「それでね、誕生日には大きなケーキをお兄ちゃんが買ってきてくれるって言ってくれたの」
部屋にはブラッドの心地好い声がいつまでも響いていた。