プロローグ
ここに一つの本がある。
寂れた古本屋の一番奥の一番上の棚の右端にポツリと置かれた本。
黒の背表紙。
見た目は他の本と何も変わったところはない。
しかし、その本に近付くと言いようのない嫌悪感が襲ってきて決して触れたくないと思ってしまう。
この古本屋が建ってもう随分建つが、その本はずっとそこにあった。
最初の一行を読んで表現がおかしいのではないかと思った人もいるかもしれない。
そう、私は一冊の本ではなく一つの本と言ったのだ。
ここの店のオーナーの息子である私は、あの日、この本に触れたことを後悔していた。
この本には何かが宿っている。
私が知っている限り、この本に触れた人間は私しかいない。
いつか誰かがその本を買っていくのではないかと思っていたが、買うどころか触れることもできない。
ああ、この呪われし本を次の誰かが開かない限り、私にかかった呪いは一生私につきまとうだろう。
大袈裟に言いすぎではないか?と思う人もいるかもしれないが、あの本を開いてみれば分かる。
現に私はあの本に自分の左目を奪われ、変わりに与えられた左目は人の負の部分が見えるようになり、それ以来、私は常に眼帯を外せない。
どんなに善人面した人間も心の底では何を考えているか分からない。
この目を持ってからの私は誰も信じることができなくなった。
ここで、不思議だと思った人もいるかもしれないが、もう二度と開きたくないと思っている本が置いてある店の中に何故いるのか?
あの本が私を呼ぶのだ。もう一度私が開くことを待っているのだ。。
そう、あの本は開かれるのを待っていた。