Ⅷ
「-----黒崎さん、ヘリ、警官の配備完了しました。」
県警は、確実に連続殺人犯を捕らえるために、多くの警察官を動員し、犯人の篭るとされるシャトー前で待機していた。
「あぁ、ご苦労。中の様子は?」
「すでにこちらの存在に気づいているとは思われます--------。しかし、消灯の様子などはまだ見られません。何か脱出策を考えているのかと、、。」
高槻は、冷静に分析した結果を黒崎に伝えた。
カラスの鳴き声は聞こえてこない。
「よし-----------、待機中の全警官に告ぐ。ここで必ず奴らを捕まえる。まずは、動きがあるまで待機。」
黒崎の指令が無線で伝わるとともに、県警たちはそこはかとない緊張感でその身を縛られた。
高槻と四宮は、彼とともに正面待機している。
「四宮さん、本当に彼らが犯人だと思いますか----?」
「まだそんなこと言ってるのか、指紋認証の結果がそう言ってるんだ。お前の聞いたアリバイが本当だと言える証拠だってない。どちらにしろ、奴らはここで捕らえるべきだ。」
「しかし……。広瀬杜一は、3日前に実の弟を失っています。その時の彼の表情からは、こんな事件を起こした様子なんて微塵も…」
「いい加減にしろ、現実を見ろ。」
揺れる部下を、上司がきつく叱る。それを受けてなお、高槻の心は揺れたままだった。
まだ内部に動きは見られない-----------。
--------「俺たちを逮捕、、?なんで……。」
電話を通して聞こえてくる苫利の声は、死刑宣告のように杜一の耳を伝っていった。
彼の反応を受け、他の3人も今自分たちが置かれている状況を知る。身に覚えのない罪を被されそうになっている今の状況を、彼らが完全に理解するなど不可能に近かった。
受話器をスピーカーに変更。
「発見された凶器の指紋が、杜一様たちの指紋と一致したと、先ほど警察が…。」
「そんな…、俺たちはそんなことやってない…。」
疑問と恐怖が頭の中を占領し始めるも、外の緊迫した様子が途絶えることはない。
「……とにかく、そこにいては捕まってしまいます。なんとかして脱出策を…。」
「そんなの無理です、警察が突入してくるのも時間の問題です…。俺たちがやってないことを口で証明するしか……」
杜一が全てを言い終わる前に、苫利は言葉を始める。
「警察側から見ると、貴方方は連続殺人犯、そして光留様を殺害した犯人との接点もあります。そう簡単に口を通すことができるとも思えません。」
彼の言っていることは確かであったが、逃げることが得策だとは杜一は思わなかった。
「でもここで逃げる方がよっぽど…」
「杜一!」
萊輝が2人の会話に口を挟んだ。
「……今はやるしかないかもしれない。」
「やるって、逃げようって言うのか…。」
「お前のとこの執事の言う通りだ、今俺たちが捕まっても無罪を証明なんて無理なはずだ。だったら今ここで逃げ越して、決定的な証拠を警察に叩きつける。それが俺たちが無罪で助かる唯一の方法かもしれない…。」
窓の方に目をやると、赤いランプが点灯しているのが見える。光が屈折し、その明かりはぼやけている。
益弥も蒼も覚悟を決めている様子だった。
最後まで決断に迷っていたのは杜一だった。この数日間、彼を多くのストレスが襲い、彼のメンタルはもう崩壊寸前であった。
しかし、周りはもう決意している、自分だけいつまでも迷っているわけにはいかない、そんな自覚が彼の中で芽生えた。
「…苫利さん、わかりました。でも、ここからの脱出なんてどうすれば…。シャトーの周りが完全に警察だらけです。」
そう伝えるも、しばらく苫利の声は聞こえてこなかった。
「……すみません。それでは私の申す通りに動いてください------------。」
--------「配備完了から、30分が経ちました。以前犯人に動きはありません。」
「…あと5分、奴らが何も行動しなかったら、突入開始とする。突入班の準備を。」
ハキハキと四宮は敬礼。高槻はまだ疑念を抱きながらも、少し今の状況に目を向けるようにはしていた。
「いいか、高槻。何があっても手を抜くようなことはするな。彼らが無罪だと思うなら、捕まえてそれを証明すればいい。今は奴らを捕らえることだけに集中しろ。」
四宮のその言葉を受け、湧き上がる感情を抑え込み、高槻は覚悟を決めた。
(俺は彼らを捕まえる。俺は警察だ。)
突入班の準備が完了すると同時に、内部に動きがあった。
屋上から光が漏れている。
あそこから逃げるつもりなのか、高槻は思考を巡らし、その方法を考え始める。
(屋上から逃げる方法、、)
その集中を途切らすように、上空からヘリの飛ぶ音が聞こえる。
「まさか…!」
暗くなる空を見上げると、青いフォルムを帯びないヘリが、シャトーに近づくのが見えた。
「四宮さん!黒崎さん!あれです!」
2人は彼の指差す方を見る。視線の対象は真っ直ぐにシャトー屋上に着陸した。5人の人影が確認できる。
今すぐにももう一度飛び立とうとしている。
「あんなヘリどこから…。待機している者、そして突入班はあのヘリの動向を確認し地上から追え、どこにも着陸させるな。ヘリ隊は上空から追跡。」
シャトーを囲む警察たちが動き出す。屋上からはヘリコプターがすでに離陸を開始している。
「四宮、寿都、お前たちも行くぞ。」
急いで上空を飛ぶ機体を追いかける黒崎に、2人はついて行く。
(…………本当に彼らは逃げたのか……)
---------人気のなくなったシャトーに一台の単車が止まった。
人気のなくなったとは言っても、それは周りの話だけであった。
玄関から4つの人影が飛び出す。その様子を確認した警察官はいなかった。
「…きっとあれだ!早くいくぞ!」
その影は黒い自動車に吸い込まれて行く。
バタッ!
「苫利さん!」
「杜一様、よくご無事で。まずは早くここを離れましょう。」
スーツを着たその執事はアクセルを踏み込み、全速力でその車を走らせた。
杜一たちの脱出は成功だった。
苫利が手配したヘリがダミーとしてシャトーに近づき、警察を引き付けた。
「苫利さん、あのヘリはどこから…?」
「旧友にヘリの操縦免許を持っているものがおりまして、彼にデコイを演じさせました。-------ご安心ください、彼はそうそう捕まりません。」
彼の言うことは少々理解が進まなかったが、なんとか逃げ切ることができそうな安心感が杜一たちの中に生まれた。
とはいえ、この行為は自分たちが犯罪者であることを認めたことと同義であった。その自覚を、彼らはあえてしようとはしなかった。
「私がこのまま皆様について行動しては、皆様にご迷惑をおかけしてしまうでしょう。まず家に向かい、皆様とはそこで別れることになりましょう。ご家族には、私からご説明しておきます。」
家族の存在を忘れていた。やっと精神を安定させて母は大丈夫なのだろうか、父の仕事への影響は?光留の葬式はどうなる、、?
そして、超人祭りは、、、?
様々な苦悩が生まれるが、杜一はそれを必死に抑え込む。
「わかりました、そこからはじゃあ俺たちだけで。-------まずは、N県を離れよう------。」