Ⅶ
光留が殺害されて、丸5日が経った。
『総理大臣の息子、暗殺される』という見出しで、その概要は全国的に知らされた。
実行犯である謙は、1ヶ月後の初公判まで、町外れの刑務所に収監されることとなった。
杜一が萊輝たちにこの一件を伝えた時、彼らは『驚く』では足りないほどの表情をしていた。
前日までの謙からは、そんな様子を感じる節はない。まして、杜一の弟が被害にあう理由がわからなかった。
彼から直接話を聞くため、4人で刑務所まで赴いたが、警察側が面会を承諾することはなかった。
家の中には、淀んだ空気が蔓延している。何の前触れもなく家族を失った苦しみは大きく、母は夜通し発狂を繰り返していた。
父は、このことを知るとすぐに家へと電話をかけてきた。大事な会合が終わり次第、すぐに帰ると言っていた。
度々家に訪れる警察に苫利が全て対応していた。こんな状況の母では、まともに会話などできないからだ。
--「お兄ちゃんに何がわかるんだよ、夢が叶ったお兄ちゃんに…。」---
光留から聞いた最後の言葉を、杜一は頭の中で反芻していた。
「兄なりにもっと言えたことはあったはずなのに。」
彼は自分にそう問いかけた。
謙はなぜ光留を標的にしたのか。
弟の存在を彼は知ってはいたが、一度も会ったことはなかった。
殺人の対象がたまたま光留だったのか、それとも光留でなければならない理由があったのか、考えれば考えるほど、謎は深まっていた。
何より、最も信頼していた彼に、結果的に裏切られた形となった、そのことは、弟を失った悲しみと並ぶほど、彼の心に居座り続けた。
-------N県警署内の空気もまた、イガイガと警察官たちの胸を刺激していた。
連続殺人事件の裏で、首相の息子が殺されるなんて事件が起こる。このことは、県警捜査一課の大きな権威失墜を招いた。
「門宮、入るぞ。」
四宮と高槻は、鑑識課の部屋へと入る。
「あぁ、四宮さん、高槻くん。」
「指紋適合者が出たって本当ですか?」
門宮はペットボトルのお茶を飲み干す。満足気な顔で話を始めた。
「この前高槻くんがとってきてくれた17人の中にね。ナイフに指紋が何重も重なってたせいでちょっと時間はかかっちゃったけど。」
----「それと、高槻くんがこの前持ってきたくれた石、もう一度あれを検査してみたら、一致する指紋が見つかった。」
パソコンを開いて、2人に見せる。室内は異様な緊張感に覆われていた。
「ナイフからはこの3人の指紋が、そして石からはこの男性の指紋が。」
高槻はその画面を凝視する。
「四宮さん、彼らは……。」
「……。黒崎さんに伝える。行くぞ。」
2人は急ぎ足で部屋を出て行った。
その背中を見送った門宮は、画面を自分の方に向け、1人呟く。
「……事件はさらに複雑さを増しそうだね。」
(あの時の彼らが連続殺人事件の犯人?)
高槻は少々信じられない気でいた。
(特に『彼』は……。大切な人を失う苦しみはわかるはずなのに…。)
-----------さらに夜が一つ明け、新しい朝がやってきた。
杜一は今日から大学への登校を再開し、祭りの運営にも再び手をつけ始めることにした。
母はなんとか精神を安定させ始めている。苫利が看病をしていた甲斐があった。
光留の葬式は明後日に決まった。父が明日帰ってくるため、彼が参加できるようにと、苫利が式場と話を合わせていた。
謙から真実を聞き出すまで、自分が率先して運営を進めなければならない、そんな責任感に彼は追われていた。
家を出て見上げた景色は、なんだか見覚えがあるものだった。
太陽が山から顔を出している。あの時と…。
------学校が終わり、シャトーに着いた。
いつも通りのはずの目立ちたがり屋な建物が、なんだか恥ずかしがり屋に見えた。
先に到着していた萊輝は、町内会からの伝言を受けとっていた。
「利光謙の話は聞きました。しかし、このまま運営を続けて欲しい。」とのことらしい。
少しばかり、連帯責任で担当を外される、なんて気がしていたが、このまま続けて良いとのことであり、少し彼らは安堵した。
謙から話を聞けるまで、あいつの話はせずに、運営に集中する、彼らはお互いにそう誓った。
上へと上がり作業を始める。そこからは、いつもは香る甘い香りは漂ってこなかった。
謙がいないことを実感する瞬間だった。
約1時間、作業を続けた。いつもより杜一たちは集中して取り組み、ハイペースで仕事は進んでいった。
窓からは赤い夕焼けの光が流れ込んでくる。冬の訪れを感じるほどに、夜が来るのは早かった。
そんな暗闇がやってくる中、外からは何やらざわざわとした様子が漂われる。
騒がしい。
「なんだ?町内会の人たちが来たのか?」
益弥はそう呟き、カーテンを開け、外の様子を眺めた。
「!!」
『驚愕』とも言えるスピードで、彼は開けたカーテンを再び閉める。
「どうしたんだ?」
萊輝が彼に尋ねる。益弥の顔は青ざめていた。
「け、警察が。パトカーが何台も停まってる…。」
どうして?杜一には意味がわからなかった。
その様子を彼も確認する。見えるだけでも、8台ものパトカーが止まっていた。
「け、謙のことの事情聴衆?」
蒼が不安気に口にした。誓いを破ったことに、彼らは気づいていない。
「あんな数で事情聴衆なんてあるわけない…。」
ジリジリー!!
一階の受話器が鳴り出した。
外から動きを悟られないように恐る恐る下へと降り、悲鳴をあげる電話をとる。
「杜一様ですか!」
電話の相手は苫利だった。
「先ほど家に警察が来ました。杜一様、そして貴方のご友人3名を、学校長連続殺人事件の犯人として、逮捕する、と……。」