III
○調査報告
2014年10月29日、天竹小学校校長、和田大蔵氏が殺害された件について
発見日時10月29日23時45分、周辺住民からの通報で発見された。遺体の状況から、約2時間前には殺害されていたと思われる。
遺体が発見されたのは、町営電車の駅である草野駅、小学校からは約2km離れているが、最寄駅となっている。
死因は頭部打撲による蜘蛛膜下出血、また、腹部にナイフなどで刺された跡もあり、出血多量も原因の1つと考えられる。
駅員の方に話を伺ったところ、被害者の姿は毎日のように見かける、ということであり、帰宅途中に被害にあったと考えられる。
凶器と思われるものは見つかっておらず、深夜帯だったため目撃者もいない。
今後の調査では、駅周辺をもう一度探索するとともに、被害者の対人関係などから、疑わしい人物を炙り出していこうと思う。
2014年11月1日
N県警捜査第一課 高槻 寿都
始まりの鐘が鳴り響いたのは、夢見る大学生の間だけではなかった。
超人祭りを来月に控え、多くの旅行者が水曽町に訪れる。そんな中多発する殺人事件への対応に県警は追われていた。
「四宮さん、また学校長が…。」
慌てふためく様子で、捜査一課高槻寿都は捜査室へと入ってきた。
「ああ聞いた、おそらく犯人は今までと一緒か。」
「今度の被害者は中学校校長、犯人の標的は小学校校長だけではない、ということですか----。」
周囲からは、会議の話声、走るペンの音、鳴り響く電話のベル。署内は様々な騒音で溢れていた。
昨年の警視庁の調査によると、N県は全国で最も年間犯罪件数が少ない県であった。
しかし、今年の8月に入り、急激に件数が増加し始めた。その根本的原因となっているのが、学校長連続殺人事件であった。
「いつからここは、犯罪の館になったのでしょうか…。」
カラスの鳴き声までも外から聞こえてくる。高槻には、それが世間からの非難の声のように感じた。
(役に立たないからこんなことになる)
そんな彼を一瞥し、四宮は窓を閉めた。
罵声が途絶える。
「警察官養成学校の首席が言う言葉か。犯罪件数なんて株価と一緒だ、上がる時もあれば下がる時もある。それを予知するなんて不可能なんだよ。」
「株価と同じ、ですか。そう言えば昨日、黒崎さんと蕪料理食べに行ったんですよ。よかったら四宮さんもまた今度…」
ツン!
四宮が高槻の脛を一蹴り。しゃがみこむ部下の姿を見て、上司はクスッと笑った。
「行くぞ、ローマンモールだ。」
「っ、はい、パトカー用意してきます、、。」
よろよろと立ち上がり、高槻は敬礼してみせた。
蹴られた痛みに顔を歪めながら、駐車場へと向かって行く。
「あ、高槻くん。」
鑑識の門丸良三郎が駆け寄ってきた。
「高槻くん、この前頼まれた石の件なんだけど、やっぱり凶器というには不十分だったよ。付着していた血は確かに被害者のと一致したけど、頭部にぶつけたのなら、石に欠けがあってもおかしくない。でもこれには欠けなんて1つもないから。」
天竹小学校校長の殺害の件で、高槻は血が付着していた石を鑑識に回していた。
「そうですか、ありがとうございます。やはり凶器は見つからないってことですね…。」
「何かあればまた。どこか行くの?」
「昨日の事件の調査で、ローマンモールに。あの上司の命令です。」
背後からドアの開く音が聞こえる。
「げっ、すみません、それじゃあ行きます。」
捜査のことであろうと、立話をしてると思われると叱られる、叱られまいと、高槻はそそくさと去っていった。
パトカーのエンジンをかけ、上司の到着を待つ。車窓からは養成学校の生徒たちの歩く姿が見えた。
警察官という夢を抱えて生きる彼らの姿を観ながら、彼は自分の養成学校時代を反芻していた。
(さすがは期待のホープだな)
(結局誰もお前には敵わないんだな)
(-----役に立たないからこ-----------)
「どうした、そんな虚ろな顔して。」
四宮が乗ってきた。右手には一本のコーヒー。
「いえ、あの養成学校の生徒たちを見ていると、昔を思い出してしまって。」
「走馬灯、ってやつか。」
「…僕今から死ぬんですかね。じゃ、じゃあ、冥土の土産にそのコーヒーいただいても……」
「早く行くぞ、車出せ。」
四宮は、コーヒーを自分の口へと送った。