XXVII
炎が水曽町を飲み込み、山や森を覆っていく様子を、高槻はヘリからただ眺めるほかなかった。
季節外れに頰をつたる汗が彼の舌を刺激する。塩辛い。
「状況は?何があった?」
高槻の肩に手を当てながら、普段よりも低い声で黒崎はそう呼びかけた。
「俺が到着した時には、利光謙と白河益弥は死んでいました。立っていたのは広瀬杜一だけで…。」
「…それで?」
「彼は隠し持っていたマッチで…。気づきませんでした、下にオイルがこぼれていたなんて。」
黒崎は頭を搔きやり険しい表情を見せた。高槻とともに地上の状況を見つめる。
「つまり、広瀬杜一がこれを…。この町と一緒に心中ってわけか。-----杖志摩、消防隊は?」
「さっき連絡が入りました。到着次第、すぐに消火作業を開始すると。」
2人の会話を聞きながら、高槻の頭にある1つのことがよぎった。
「…!そうだ、四宮さんは!?四宮さんは無事なんですか…?」
「救急搬送させた。相当傷は深いみたいだか、幸い意識はしっかりしてる。」
その返答に安心するも、息をつくことができなかった。そんな暇がなかった。
プロペラ音と燃え盛る炎の音が、彼の焦燥感を駆り立てた。
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--------「…以上のことから、窃盗犯は20代の男性であること、大学に通っていないことがわかります。以上で、本日の模擬捜査を終わります。」
「------県警からお越しいただいた高槻寿都刑事でした。全員、大きな拍手を。ありがとうございました。」
白い壁の講義棟に盛大な拍手が巻き起こる。
教壇に立つ高槻は、キラキラと目を輝かせる青年たちにその視線を向けられていた。
あれから3ヶ月。
一連の大事件は、極悪犯罪人・広瀬杜一の自殺によって幕を閉じた。
------町の自然を犠牲として。
多くの支援により、水曽町はかつての尊厳を取り戻し、復興の道を歩みだしていた。しかし、杜一が残した傷跡のほどは大きい。
5人の犯人のうち、捕まえることができたのは1人だけ、結果として4人を死なせてしまったこと。それは警察組織に対する国民の不信感を増大させた。
水曽町への打撃も然り。運営を担当していた大学生たちが犯罪者として活動し、結果として大火事に追いやったことで、超人祭りの存在が否定されることも少なくなかった。
一方、広瀬杜一を『超人』の化身だと言う人々もいる。彼らは、新たな『超人』が水曽町を浄化したことにより、今後平和な生活が訪れるだろうと疑わなかった。
様々意見飛び交うこの新たな水曽町で、高槻は自分のやるべきことにその時間を賭していた。彼は今、特別講師として警察官養成学校に赴いていた。
今目の前にいる青年たちと同じように、かつて自分もここで学んだ、その記憶が不意に蘇り、彼の気持ちは新鮮味を帯びた。
「高槻さん、今日はありがとうございました。さすが主席の言うことは違いますね。」
側で座って講義を見ていた教官が寄ってきた。彼の目に溜まる眠気を見逃さない。
「いやそんな。私もいい経験をさせていただきました。こちらこそありがとうございます。」
一礼しては、その教官はそそくさと立ち去っていく。
(寝てただろ…)
そう呟いた。
「高槻刑事!!」
その声がする方へ目を向けると、顔立ちの整った1人の女性が駆け寄ってきていた。
「高槻刑事!今日は貴重な講義ありがとうございました!参考にします!」
ハキハキと喋る彼女に、高槻は圧倒された。
「あ、1つ聞きたいことが!養成学校にいる間に、これだけはやっておけっていうの、何かありますか?」
言葉で詰め寄る彼女の瞳は、太陽のように煌々と輝いていた。それを見て、高槻は遠い記憶を思い出した。
「------そうだなぁ…。周りからたくさんいい点を吸収していくこと。警察官になる上で最も模範とすべきは、教官でも特別講師でもない。共に夢を目指す周囲の生徒たちだ。互いに切磋琢磨しあうことが、君たちの夢を叶える最大の近道だな。」
「なるほど…胸にしみます。ありがとうございました!」
彼女は勢いよく頭を下げる。揺れる髪の毛は、波打つようにしなり上がった。
「あぁ、頑張れよ。えっと…。」
「富田愛って言います!また機会があれば、よろしくお願いします!」
「富田愛か、こちらこそ。いつか君と仕事ができることを願ってるよ。」
笑顔をこぼしたまま、彼女は高槻の元から離れていった。
あんな目をする生徒がいる以上、この町もまだ捨てたもんじゃない。
時計を見ると時間は16時、用を持ち合わせていた高槻は、養成学校をあとにした。
---------コンコン
「四宮さん、入りますよ。」
滑らかなスライドドアを開けると、窓から吹き込む風が彼の眼前に迫った。
「おう高槻か。」
ベットに横たった四宮は、両足を包帯で固定しながら新聞を読んでいた。極楽そうな顔をしている。
「また新聞読んでるんですか。-----はいこれ、テレビカードです。」
「あぁ助かる。新聞読んでないと落ち着かなくてな。」
ふと見えたゴミ箱の中には、丸められた新聞紙が溜まっている。さらに棚の脇には、綺麗にまとめられたまた別の新聞が積み重なっていた。
「調子はどうですか。」
「あぁ順調だよ。今にも走れそうなくらいだ。」
「馬鹿言わないでくださいよ。しっかりリハビリ、してくださいよ。」
鼻で笑って返事を返した。四宮は顔を外の方に向ける。高槻もそれに合わせた。
春の訪れを予告するように、鶯が宙を舞っている。木々はだんだんと葉をつけ始め、来ようとしている新しい季節に向けての準備をしていた。どうやら、火はここまではこなかったらしい。
「あまり自分を咎めるなよ。」
四宮の不意の発言に、高槻は面を打たれた。
「お前の顔を見ればわかる。あれはお前のせいなんかじゃない。悪いやつなんか、もうこの世にいないだろ。」
和やかな空気が一変し、その重さは度を越した。四宮の手元の新聞紙が風で揺れる。
「------そういえば、お前聞いたか。黒崎さん、今日で警視庁に戻られるそうだぞ。」
「…!そんなの一言も…。」
「名残惜しい感じが苦手なんだろう、あの人は。まあでも、なんだかんだ会いに行けば、喜ぶんじゃないか。」-------------------
急いで県警本部に戻り、到着した時には、黒崎は今にもその場を離れようとしているところだった。
「おぉ寿都。どうした?」
友好的なその一言は、別れを告げようとする人のそれには思えなかった。
「どうしたじゃないですよ。四宮さんから聞きました、今日戻られるって…。」
「あぁそんなことか、杖志摩に伝えてもらおうとしたんだが。何でも、ああいうしみじみとした雰囲気が苦手でな。」
温かみをました風が、2人の間に吹き荒れる。固まった土壌には、新たな息吹が目を出していた。
「…黒崎さんは、俺たちがやったことは正しかったと思いますか…。」
「なんだそれ。」
フッと鼻で笑う黒崎に対し、高槻は視線を落としながら話を続けた。
「こんな結末間違ってる、俺はずっとそう思ってます。広瀬杜一の最期を見たあの日から。」
「---------この世界に、誰もが正しいと思うものなんてそうねぇよ。各々が自分の正義を押し通そうとする、だからこんな事件が起こるし、そのために俺たちがいるんだ。-----人々の正義を正すことが、警察の役目なんじゃねえのか。」
返す言葉が見つからない。単調に続く彼の言葉は何よりも重みがあり、しぶとく高槻の耳に残った。
「まあうまくやれってことだ。じゃ、またな…。」
そのまま徒歩で歩いていく彼の背中を、高槻はガシッと、その目に焼き付けた。それが見えなくなってから、深々と頭をさげた。
1人で礼をしている彼の姿は、面接練習をしている就活生のよう。それを見つけたのは門宮だった。
「高槻くん、何してるの?」
1人だったことを思い出した高槻は、ハッと頭を上げ、普段のように振舞った。
「いえ、少し礼の練習を…。」
「なんで今さら?まあいいや。-------高槻くん、君に伝えておきたいことがあるんだ、ちょっと来てくれない?」
------------鑑識の部屋は、何度入っても加齢臭のこもった匂いがする。懸命に働いてる証拠だろうが、さすがに臭かった。
「…伝えたいことって?」
「以前、四宮さんからある調査を依頼されてね。その結果が少し前に出たんだ。高槻くんには絶対伝えるなって言われてたんだけど……やっぱり伝えるべきかなと思って。」
そう言って彼は、袋に入った2つの銃弾を机の上に並べた。形状の違うそれらのうち片方は、見覚えがある。
「小野蒼が亡くなったあの日、四宮さんが持ってきた銃弾。どうやらその現場から拾ってきたものらしい。」
自分の罪が咎められているような気がした高槻は、顔を歪め声を低くする。
「これがいったい?」
「こっちの銃弾には見覚えがあるだろう?」
「…警察が使用する銃弾ですか?」
「そう。そしてもう片方は…、アサルトライフル。ライフル銃に使われているものなんだ。」
耳を疑った。ゲームなどでしか耳にしないその武器の名前が聞こえたことは、彼の今日最大の驚きだった。
「血が付着していたのはこのアサルトライフルだけ。こっちの銃弾にはただ削り後のようなものが付いていただけだったよ。」
そう言い終わると門宮は椅子に腰を下ろし、気を落ち着かせるようにお茶を一杯飲み干した。喉を通るその音が普段より大きく聞こえる。
「そしてその付着していた血液が、小野蒼のものと一致したんだ。」
「……つまり、いったい…?」
「まだ可能性の話だけどね…。あの日現場には四宮さんと君、そして広瀬杜一たち以外に、もう1人別の誰かがいた。高槻くん、小野蒼を殺したのは、君じゃないかもしれない------。」
------その日高槻は、家への帰り道、回り道をして帰ることにした。復興を続ける町の様子を見るために。
門宮の突然の知らせにより、高槻の中に再び新たな感情が沸き起こっていた。
『事件はまだ終わってなんかいない』
ふと足を止めた場所、高くそびえ立つ一本の木はそこに生えていた。あの火事の中、唯一生き残ったのか、その驚異の生命力に、高槻は憧れのようなものを感じた。
その幹に手を当てると、なんだかパワーが送られてくるよう。そして、同時に自分の新たな使命も流れ込んでくるように感じた。
彼の最期を見届けた者として、今の自分にできること。
それは考えなくても頭に浮かび上がる。
------「またあとで。」
不意に彼の最期の言葉を思い出す。
そしてそれは、高槻の決意の最後の後押しとなった。
「俺にしかできない。彼の正義を証明できるのは、それを理解することができた俺だけなんだ。」
春が近づくその日、新たな決意を胸に秘めた警察官が、眼前に聳える樹木へと自分の使命を誓った。
------------命綱は一時的なものでしかない------------
〜to 2/2〜
ここまで『Harness1/2』を読んでいただき、本当に有難うございます。
読むに耐えない無粋な文ですが、勉強の合間を縫ってなんとか作り上げました。
本作のテーマは『勧善懲悪の不完全性』。皆様の心にそれが届いていれば、こちらとしては幸いです。
物語は『Harness2/2』へと続きます。一連の事件収束後の、高槻寿都の動きを描くストーリーになっています。
私が受験生ということもあり、投稿頻度が落ちてしまうかと思われます。というか、受験終了後になるかもしれません。
投稿予定は活動報告にて今後記載させていただきますので、何卒よろしくお願いいたします。
改めて、『Harness1/2』を読んでいただき、本当にありがとうございました。引き続きよろしくお願いいたします。




