XXI
利光謙の脱獄、広瀬創治元首相の暗殺など、不可解な事件の絡み合いに混乱する水曽町。その裏に暗躍する杜一たちは、謙の居場所を探すとともに、自分たちが巻き込まれた事件の謎の解明に尽力していた。
益弥の携帯が電波を拾わなくなったことにより、世間の情報が彼らには届かなかった。
杜一は、両親の死を知らない。
-----高槻との対面から2日後、彼らは最後の事件現場である、間蘇川に赴いていた。
川の流れる音がサラサラと、11月の闇夜に色合いを足している。月の光が水に反射し、かすかに川の底が見えた。
連続殺人事件で唯一凶器が見つかった場所であり、光留の夢を打ち砕いたのもここである。
重い心持ちで散策を続ける杜一は、川に浮かぶ一枚の紙を見つけた。水に濡れても破れる気配はなく、上質な触り心地がする。
益弥と萊輝を呼びつけ、溢れる好奇心を働かせながら表返す。赤色の文字で堂々と書かれた4文字が目に入ってきた。
-----『超人祭り』-----
祭りの運営をしていた時に作った宣伝用のチラシだ。回り回ってこの夢の崩壊地点にたどり着いたのだろう。
芸術のセンスのある益弥がデザインを担当したその1枚は、3人に当時の記憶を蘇らせた。
聖火リレーの募集要項は去年のものを完全に流用したもので、『パクリ』とも言えるその行為に、杜一は最後まで反対していた。
名前を書く順番でもめたこともある。責任者の謙が先頭に記名することに不満を持つものはいなかったが、それ以降の順番は「俺だ、俺だ」と、譲り合いの気配のかけらも感じられなかった。
手元のチラシでは、謙→益弥→萊輝→蒼→杜一の順番になっている。改めて考えるとどうでもいいことであり、そんな揉め事に時間を費やした自分たちを恥ずかしく感じた。
『5人』の名前が並んでいる、杜一はそのことを意識しようとはしなかった。
見出しの下には日程なんかも書かれてある。
『N県水曽町 樹湖 12/2(火) 15:00〜23:00』
気づけば祭りは1週間後に近づいていた。本来なら自分たちは今頃文化祭の前日のように、息を荒くしながら働いていただろう、彼らは想像した。
身体的苦痛は今よりも厳しいかもしれないが、精神的には何倍も楽だっただろう。夢を見ていた自分たちが懐かしい。
一通り見終わると、萊輝は手元の腕時計を確認した。
「11時半…。今ならシャトーに警察いないんじゃ。久しぶりに行ってみないか…。」
萊輝のその発言には希望のようなものがこもっていた。シャトーに帰ることなど、逃亡生活の中杜一は考えもしなかった。
思い出に浸っていた彼らに、その提案を断るという選択肢はなかった。益弥は、『探索の一貫』なんて言って自分の好奇心を抑え込んでいる。
チラシを折りたたんでポケットにしまい込む。湿気がズボンを通り越して皮膚に伝わった。
15分くらいだろうか、アスファルトを踏み歩き、樹湖近辺に到着した。祭りの装飾はすでに始まっているようで、所々に旗が掲げられている。
背景に湖を抱えるシャトー、入り口は虎テープで塞がれていた。
周りに警察がいないため、すらりとその通せん坊を抜けることができた。もちろん鍵はしまっていたが、杜一が合鍵を持っている。鍵穴の変更はされていないようだった。
扉を開けた先にはいつもの風景が広がっていた。DVDを見ながら作業をサボったテレビにソファ、コーヒーを注いだ台所。
二階に上がると、様々な葛藤を生み出した作業場が。それぞれの机の道具の調査はされていないようで、当時のままの原型を留めている。
ほんのり香る葡萄の香りは、彼らの緊張感を駆り立てる存在だった。
杜一はかつてのように自分の席に座り、パソコンを開いてみた。電源ボタンが若干押しにくいが、この押づらさがまたたまらない。
「これならニュース見れるんじゃ。」
益弥がそう言うと、萊輝とともに身を乗り出し、画面を除いた。
ゆっくりとネットを開く。トップページに載っていたのは、杜一の心を不安定にさせる『あの』ニュースだった。
彼は今、初めて親の死を知った。
それを見た萊輝と益弥は、急いでパソコンの画面を閉じようとした。しかし、杜一がその手をすかさず止める。
何の抵抗もないままその概要を杜一は見始めた。度々映る自分の名前にも、何の違和感も感じず、ただ眺めていた。
驚き果て、そして気まずそうな隣2人は顔を見合わせ、杜一の様子を伺った。
真顔だ。
杜一は、幸せという概念が存在しないような真顔をしていた。
絶望に飲まれた真顔をしていた。
「杜一…。」
萊輝はつい呟きを入れてしまう。それに反応した杜一は、パソコンの電源を落とし、その場に立ち上がった。
「…帰ろうか。」
その一言を吐き、彼は階段を降りていく。
その背中を見つめる2人は、収まるを知らない彼の絶望に唖然としていた。
改めて見た一階、杜一には何分か前に見たものとは全く別のもののように感じた。
電気のつかない部屋の暗闇は、彼の心を写す鏡のようごとく。
彼はポケットに手を突っ込み、一枚の名刺の存在を確認した。




