II
-----ゴーーン-----
1日の授業終了のチャイムが鳴った。時刻は15時13分。
帰る準備をしていた杜一を、甲高い声で白河益弥が呼びかけた。
「もりとー、萊輝と蒼はもう『本部』についてるみたい。俺たちも早く行こう。」
杜一だけでなく、教室中の生徒全員の視線が彼のもとへ向かった。非常に通りやすい声ゆえ、仕方がないといえば仕方がない。
杜一は倦怠なトーンで、その焦点に「今行く」と返した。
ドアから飛び出ていた彼の姿がひょこりとなくなる。教室に再びざわざわとした雰囲気が訪れた。
「広瀬くん『本部』ってなんなの?」
突然声をかけられた彼は、さっと頰を赫らめた。そしてそのお告げに返答を申し上げる。
「ま、祭り運営のシャトーだよ。こ、今年の『超人祭り』俺たちが担当になったからさ、、。」
言葉がつまりつまりになってしまったのは、急に話しかけられたからなのか、『彼女』に声をかけられたからなのか。
「今年広瀬くんたちなんだ!ファイト!」
そう言って振り返る『彼女』を前に、立ち尽くす彼がいた。
『彼女』なんて言っているが、決して杜一の彼女なんてものじゃない。『彼女』は富田愛、学校でもきっての美人顔として知られており、杜一を含む一部の男子生徒からは、『彼女』なんて呼ばれたりしていた。
赤く焼けた顔をした杜一は、はっとあることを思い出した。
益弥の存在だ。
急いで教室を駆け出すもそこに彼の姿はない。
何よりも待つことが嫌いな彼のことだ、先に本部に向かってしまっていることだろう。
彼を追いかけ廊下を疾走する。駆ける廊下はいつもより人通りが少なく、短距離走の選手のようにそのレーンを走ることができた。
第一コーナーを曲がったところで、先の食堂から出てくる益弥の姿が見えた。彼の手にはカレーパンが握られている。
「教室前で待っててくれてもいいのに。」
「デレデレするお前を見ながら、1人寂しく待つなんてできるか。」
ムッとした顔でそう言いきる彼は、自慢げな顔つきでカレーパンを食べ始める。スパイスのある臭みが、杜一の嗅覚を刺激した。
「そのカレーパン臭すぎじゃない!?鼻痛いよ。」
いつもの食堂のカレーパン、杜一も食べたことがあるはずなのに何言ってるんだ。益弥の頭の中はその疑問で埋め尽くされた。
昨日の雨でできた水たまりは、今日の日差しが跡形もなく消し去っていた。
校門前には落ち葉が散っており、側に立つ白樺の木は、風に晒され体を震わせていた。
地に落ち、水に濡れた葉を踏み踏みし、彼らは大学を後にする。
朝から日に当たっていたアスファルトの道路は、いつもより熱を発しながら、黒みがかっているように感じた。
大学周辺は山しかないが、少し歩くと人通りのそこそこある水曽町に入る。彼らの本部があるのもそこだ。
杜一は、自分が今朝抱いていた疑問を思い出した。
「益弥、昨日俺たち何してたってけ?」
「はぁ、やっぱ頭おかしくなってるだろ。」
「…何故か思い出せないんだ、ぐっすり寝てたから相当疲れていたとは思うんだけど…。」
「昨日は、あれだろ------」
自分の体が震えるのを感じた。自分から尋ねたはずなのに、これ以上は聞きたくない。益弥の口を止めることもできなかった。
「昨日は-----祭りのための買い出しだろ、ローマンモールに。」
開いた口が塞がらなかった。想像していた返事とは全く違ったからだ。しかしすぐに納得。
----祭りか-----
水曽町では、毎年この時期になると、『超人祭り』が行われる。
水曽町には、昔大規模な人間同士の争いの戦場となったという伝説が伝わっており、人間だけでなく、多くの生物がその命を落としていったと言われている。
その死力の戦いを終末させたのが、超人と呼ばれる1人の人間であった。
彼は争いを終わらせるために、灯火として使われていた松明を使って、当時の町全体を火の海に返したという。
結果としてその戦いは結末を迎えたが、灰と化した町は、再起不能とまでになっていた。
『超人』という人物が、火を操り、町の命を代償に争いを収めた。その伝説にちなんで、超人祭りでは、松明をバトンとした聖火駅伝が行われる。
樹湖と呼ばれる湖をグループで走りきる。いかに火を消さずに走れるかが完走の鍵となる。
地元民から運営担当を募り、当選者たちによって祭りの準備が進められていく。
毎年毎年、一味二味祭りの形態が変わる、それも超人祭りの醍醐味の1つである。
今年それに当選したのが杜一たちであり、子供の頃から祭りを見て育った彼らにとって、それは長年願望の眼差しを向ける対象であった。
樹湖のほとりに、運営拠点となるシャトーがある。正しくそれが彼らの『本部』である。
情景に馴染まない3階建てのシャトーであり、屋上には何故か天体望遠鏡なんてついていたりする。
この完備された場所で過ごしてみたい、そんな思いで応募する人もいるとかいないとか。
地元民なら誰でも一度は憧れる祭りの運営を行う。杜一にとって、これを超える喜びなどなかった。
「もう来月なんだよな、祭り。」
呟くように、そして様々な感情を噛み締めるように杜一はそう口にした。
「おう、やっと俺たちに運営の権利が回ってきたんだ、歴代で一番の祭りにしないと。」
秋のそよ風が彼らに正面からぶつかる。
2人の頭の中は、彼らの夢が叶うという歓喜の情で溢れていた。
道路をパトカー、バイク、単車、自転車、多くの乗り物が走り抜ける。それらの音全てが、これから始まる悲劇のスタート合図だった。