XIX
窮地を脱出した杜一は、当初の目的を忘れ、自らの本部へ戻ろうとしていた。
どうしたことか、急にパトカーとすれ違うことも少なくなった。すれ違ったとしても、それを敵だと認識できなかった。
本部に帰ってきた。それと同時に、彼はここを出た目的を思い出す。謙を探すこと。
腕時計は15時32分を指している。再集合は5時、もちろん萊輝も益弥も帰っていなかった。
再びここを飛び出す気力は彼にはなかった。何より、今日は色々ことが起こり過ぎている。
壁にもたれかかり、その場に座り込んだ。心を落ち着かせながら、床の木目を指で辿っていく。時々現れる節はほとんどが死節であり、今にも抜け落ちそうだった。
走らせた指先を見ると、埃が付着し、その色を白く染めている。息を吹きかけても、その異物は全く離れようとしない。
トンボの一匹も止まらなそうなその指を意味もなく眺め続るうちに、杜一の意識は朦朧としていた。
一種の催眠術にでもかかったかのように、彼はそこで眠りについた。
-----------------------「…まえがぜ……やっ…のか?…しえ……れよ。とうさんもかあさんもひかるも。」----------
------「UUUUUAAAAAAHHHHHHHHhhhhh!!」----------
「うわわわああぁぁぁ!」
大量の汗で服を濡らし、大声で叫びながら杜一は再び目を覚ました。
目の前では、心配の瞳で萊輝と益弥が彼を見つめていた。
「杜一、大丈夫か…?」
顔の表情を変えずに萊輝はそう言った。
「なんで…。」
ボソッと呟く杜一は、腕時計を見つめる。長針と短針は見事な直角を成していた。
「もう9時だぞ、何度起こしても起きないから。」
彼の安全を確信したのか、益弥は呆れたようにそう口にした。
「杜一、謙は見つからなかったのか?益弥も俺も一切見かけなかったし、携帯もまた電波失っちゃった。」
『圏外』の文字を杜一に見せつける。
「見た。」
さらっとそう呟いた杜一に、2人は再びその視線を送った。
「見たってどこで!?」
船から身を乗り出すように、萊輝は彼に尋問した。
「…わからない、どこかの屋上だった気がする。」
関心が冷めたのか、2人は倦怠な顔つきに変わった。
「お前それ、夢の話じゃないのか?」
馬鹿げたノリを正すかのように、益弥は冷静な反駁を申し立てる。
杜一の表情は変わらない。夢と現実の区別が、今の彼にはできていなかった。
「き、きっと疲れが出たんだな。そうだ疲れてるんだ。今日はもう休もう。」
萊輝はそう言いながら手をたたき出した。
固まった体を起こし、少し背伸びをする。もたれかかっていた壁には、汗の跡がびっしりとついていた。
2人が寝た後も、杜一はいまいち眠りにつくことができなかった。昼寝の影響だろうか。
ポケットから受け取った名刺を取り出した。汗で少し湿っている。
そこには確かに県警の文字が印刷されてある。
-----「僕は君たちの『正義』を信じたい。」-----
高槻から受けた言葉を頭の中で何度も反芻する。
自分たちの正義が誰かに伝わった喜びを心の内に感じつつも、それも焦燥に変わることを予感し、彼は再び焦りを感じた。
この警察の存在を2人に知らせるべきか知らさないべきか、彼はそれを決めあぐねていた。
-----11月23日が終わる。本格的な冬はもうすぐ。




