XVIII
事件の裏に潜む元首相の存在を確かめるため、高槻たちは彼のいる広瀬家へ向かっていた。
パトカーが切る風がススキに伝わり、サラサラと音を立てながら揺れる。
運転席からその音を聞いた高槻は、草の鳴き声のように感じた。
「ハーネスを投与されたということを、広瀬杜一自身は知っているのでしょうか…。」
「どうだろうな。」
いつもの無口な四宮が出た。その様子さえ懐かしく感じる。
「15年前となると、広瀬はその時5歳、物心は確実についていますよね。なら覚えているのが普通ですが…。」
「ハーネスにはまだ未確定な部分が多い、記憶の喪失なんかがあっても何らおかしくはない。」
そんな話をしているうちに、白い屋根の一軒家が見えてきた。
「あ、あそこです。」
パトカーを止まらせる。
その大理石のように輝く家は、いかにも偉い人が住んでいる、そう語っているようだった。
-----ピンポーン-----
襟を正しながら高槻は家のインターホンを押す。
……しばらく待つも、内からの対応はなかった。
「留守でしょうか…。」
そう言い駐車場を見るも、確かに車は止まっている。赤い車が一台。
2、3回続けて押すも、一向に家屋は静かなままだった。
「やっぱりいないみたいですね、戻りましょう。」
高槻は署に戻ろうとするも、四宮の足は動かない。
不思議そうに家を見つめる上司は、不思議そうに部下に見つめられる。
「どうかしましたか?」
「…先に帰っててくれ。俺はもう少しここに残る。」
「残るって、どうしてですか?それに交通手段だって…。」
四宮は無言のまま高槻を睨みつける。その理由は自分で考えろ、そう物語っていた。
「別のやつに迎えに来させる。黒崎さんにも報告しといてくれ。」
再び家を睨み始める。
理由のわからない高槻は、彼の言うとおり、署に戻ることにした。
パトカーのエンジン音を片耳に、カラスの鳴き声をもう片耳に、動きのない一軒家を見つめ続ける。
視線の対象はピクリともせず、その場に堂々と仁王立ちしている。
「なにかありますでしょうか?」
横から声が聞こえてきた。
「あなたは?」
「広瀬家に勤めております、執事の苫利と申します。」
突然現れた男性は、そう言って深々と頭を下げる。
「N県警捜査一課、四宮と申します。本日は広瀬創治さんに少しお話を伺いたいと思いまして。」
久しぶりに敬語を使った四宮の自己紹介を聞き、その執事は幽かな笑みを浮かべた。
「警察の方ですか……。創治様は家にいらっしゃいますが…。」
「何度もインターホンを押したのですが、応対がなくて。」
「申し訳ございません、寝ていらっしゃるのでしょう。忙しい身でございましたから。-----どうぞこちらへ。」
苫利は四宮を、白くて黒い家の中へ誘った。
-----残った上司を心配と感じつつも、ただ1人、高槻は署へと帰っていく。
車窓から見えるのは高くそびえ立つ山、それを彩る木々、空を飛ぶ烏たち。また、全速力で走る1人の男性ともすれ違った。
(あれは…)
その人物と、高槻の脳内に現れた人物が一致した。
「広瀬杜一…!」
急いでUターンして、彼を追いかける。
警察無線に手を伸ばすも、彼の手先がそれを掴むことはなかった。
人の足と車の車輪、圧倒的に後者が勝つ。
追いかけられていることに気づいた杜一だったが、なすすべもなく、突き当たりにぶつかった。
パトカーに進路を塞がれ、絶対絶命の状況に陥る。
降りてくる警察官の姿は、見覚えのあるものであった。
「あの時の…。」
この「あの時」はかつての「あの時」とは違っていた。今の彼にとっての「あの時」は、蒼を失った「あの時」だった。
「広瀬杜一、ようやく…」
高槻が言葉を言い終わる前に、杜一は彼に近寄り胸ぐらをつかみ出す。その目には憎しみが溢れていた。
「人の命を奪って、それを隠す、それが警察官なんですか…。」
握る腕に体重を少しかけながら、杜一は自分の感情を噛みしめるように口にした。
高槻はそっとトランシーバーの電源を落とす。彼の手元には、手錠の1つ握られていない。
「確かに僕は君たちから大切な存在を奪った。-----その憎しみがあるのに、なぜ。なぜここまでの犯罪を…?」
杜一の握力は増す。ネクタイがきつく締まり、シャツがその筋を伸ばす。
「俺たちは殺人なんかやってない…。」
「だったら正面から戦ってほしい!そうすれば僕は、君たちを全力でサポートできる!君たちの無罪を証明できるかもしれないんだ!」
杜一の手を振り払い、その肩を持つ。力弁するその姿を、杜一は懐かしいと感じた。
そんな邪念を、彼はすぐさま払いのける。
「『犯罪者』の言うことなんか俺は信じない…。今のあなたは、『正義』なんかじゃない。」
杜一はそう言うも、今の自分には何もできないということを理解していた。そっと両腕を前に出す。
その動作を無視し、高槻は周りを確認し出す。
「…今すぐここから逃げてくれ。」
意想外な高槻の発言に、杜一は目を見開いた。
「君も知ってるだろう、今朝利光謙が脱獄した。捜査も厳重になる。ここにだって警察は集まってくるはずだから。そして…」
杜一に一枚の名刺を手渡した。
「僕は君たちの『正義』を信じたい。」
唐突な場面転換を飲み込めない杜一は、そっとその名刺を受け取る。
[N県警 捜査一課 高槻 寿都]
確かに警察官の名刺だった。
「捕まえない…どうして…?」
「----------早く。」
目線をそらし、高槻はそう呟く。
杜一は犯罪者としての自分を思い出し、彼の言うがままにその場を立ち去った。
広瀬杜一と別れてから、15分ほど、高槻はその場に立ち尽くしてた。
自分の新たな『正義』を執行した、しかしそれは警察官としての『悪』を行なったと同義だった。
背後から車の走る音が聞こえてくる。
中から降りてきた人物はそのまま高槻へと近づいた。
「ここにいましたか、高槻くん。」
その声に振り向く。
「…杖志摩さん、なぜここまで?」
声の主は杖志摩だった。先輩であろう彼には、今まで少々近寄りがたいところがあった。
「どうしたもこうしたも、君に連絡が繋がらないから探していた、ここで何を?」
「あ、少し調査がてらに寄り道を、すみません。-----連絡の内容は何ですか?」
「………。四宮さんから連絡を受けました。広瀬創治と広瀬琴が何者かに殺害されました。広瀬家に勤める執事と四宮さんがその様子を発見したそうです。」




