XVII
総理大臣としての仕事を終え、世間一般の父親と化した広瀬創治は、息子の『悪』に手を貸した執事と面と向かって話し合っていた。
「苫利さん、私がいない間、あなたには本当に妻や息子たちをよくしてもらった。本当に感謝している。」
そう言って創治は頭を下げる。時代を築いた男の覇気のようなものが感じられた。
苫利は慌てて彼の頭を上げさせる。元首相の礼に耐えられなかったらしい。
琴は机に座って刺繍をしている。光留が死んでからの精神安定剤らしい。
「しかし苫利さん、なぜあの時杜一を逃した?あいつが犯人であろうとなかろうと、逃げるという選択肢はなかったはずだ。」
強烈な目力で苫利を見つめ、その尋問を投げかける。しかし、その執事に動揺は見られなかった。
「創治様からご家族を預かった時、貴方は『家族を守ってくれ。』そう仰いました。あの時杜一様は警察という『正義』に脅かされていた、当社の目的を果たしたまでです。」
今度は苫利が頭を下げる。白髪混じりの髪の毛がしなり、ほこりとともに落ちていった。
「……苫利さん。1ヶ月前の税金の横領、あれはあなたが?」
急なことを語る創治に、隣の琴までも目を見開いた。
「私が…。なぜそう思われるのですか?」
「首相退任の時、着任期間の資料の整理をしていた時、目に入ったのが横領事件。友人の協力も得て、密捜査させていただいた。-----このことがわかった以上、あなたをここに居座らせている訳にはいかない。-----いったいなぜ?あなたにはそんなことする理由はないはずだ。」
力説する彼の姿から、首相当時の面影が感じられた。
「さすがでいらっしゃいますね、創治様。-----理由ですか…。理由なら…」
-----ピンポーン-----
チャイムが鳴った。執事として苫利はそれに対応し、玄関に向かう。振り向きざまに口を続けた。
「理由なら、今にわかりますよ。痛いほどに。」
ドアに彼の姿が隠れた。
太陽が雲に隠れて、窓から差し込んでいた光が途絶える。部屋に訪れた暗がりが、夫婦の心をも包み込んだ。
-----かつての友人の脱獄の話を聞いた杜一たちは、それを語る文字を見つめて放心していた。
ボロ屋の屋根が軋み、天井から砂埃がふってくる。杜一の頭に降りかかり、純粋な黒を淀んだ灰色へと変えた。
その添加剤を振り払い、杜一はその場にしゃがみこむ。萊輝と益弥は携帯を閉じ、そのまま立ち尽くしていた。
「杜一、どうする?」
萊輝はそう尋ねるも、固まる杜一から柔軟な考えが返ってくるとも思っていなかった。
檜の香りが彼の不安を煽る。
「探そう。」
意外にも、彼の返答は早かった。それに対し、2人は懐疑の瞳で彼を見つめる。
「探すって、そんなことしたら俺たちまで…」
「今探さないと、いけない気がする。」
順当な益弥の疑問に緩んだ答えで杜一は応対した。
「5時まで、それまで手分けして謙を探す。それで見つからなかったら、もう一度ここへ戻ってくる。今探さないと、今探さないと。」
異様に今に固執する彼に訝しさを感じるも、彼らは一目散に本部を後にし、各方向に散らばった。
萊輝は北へ、益弥は西、そして杜一は南へ向かって走り出す。
太陽は先ほどよりも傾いて、駆ける杜一を横から見つめていた。
謙の脱獄が起因してか、パトカーと幾度かすれ違う。しかし杜一はそれを見もしなかった。
彼を探す理由はなんだったのか、杜一自身にもそれはわからなかった。自分たちに降りかかるであろう罰の強化を想像したのかもしれない。
無我夢中に彼を探し回る。そして、無我夢中すぎるほどに走り回った。
冬の香りが吹きすさぶ。彼らの未来を暗示していた。




