XVI
-----「468番がいないぞ!」
「まだ近くにいるはずだ!探せ!」
「こっちはいない!そっちは!?」
「こっちもいないぞ!どこ行ったんだ!?」
----あの日から1週間、謹慎生活が終わり、今日からまた捜査班として仕事を再開することとなった。
今朝、高槻は黒崎から一本の電話を受けた。緊急事態と言っており、会議をするから早く来い、とのことだった。
真新しい正義を胸に掲げ、県警本部にやってきた。新人のように身が引き締まる。
(まずは謝ることからだ。)
「この度はご迷惑をおかけしました!今後このようなことがないよう全力で努めさせていただきます!どうか今後ともよろしくお願いいたします!」
ドアを開けた瞬間、彼は大声でそう叫んだ。署内中の視線を真っ向に受けた彼は、しばらく頭を下げたままでいた。
「寿都、久しぶりだな。」
「黒崎さん、この度は本当に申し訳ございませんでした。」
「ああそれはもういいから。四宮ももう来てる。杖志摩は一昨日帰って来てな。若い奴がいないとやっぱ色がないな。」
大きな口を開けて彼は笑い出す。
当初の黒崎の友好さが感じられ、自分が受け入れられたことに、高槻は一種の喜びを覚えた。
「それで、緊急事態というのは?」
「ああ、今日朝4時ごろ、利光謙が刑務所を脱獄した。今からそのことで会議を始める、お前も来い。」
黒崎は背中を向けて歩いていく。
緊急事態が思ったより緊急事態過ぎたことに、高槻は驚きを隠せなかった。
会議室に入ると、四宮の姿が見えた。いつも通りの強面顔だが、それを見て安心する自分がいることは否定できない。目を合わして一礼する。
ネクタイの締まりを強くして、会議の開始を待った。
「今日から四宮、それから高槻が捜査に復帰する。彼らの起こしたことは警察としてあるまじき行為かもしれないが、そのセンスは本物だ。これからもよろしく頼む。」
四宮の一礼に合わせて、高槻も頭を下げた。
黒崎の咳払いが聞こえる。
「さっそくだが本題に入る。今朝未明、利光謙が収監されていた刑務所から脱獄した。見張りが様子を見に行った時、もうヤツは逃げ出していたらしい。」
室内は静まったままだが、一人一人が緊張感を感じ、会議室の無言の圧力に押しつぶされそうになっていた。
「…しかし、奇妙な点がある。」
点を外れたその発言に、高槻は不意を打たれた。
「脱獄の跡が全く見られないそうだ。フェンスには穴1つ空いておらず、停電が起こったわけでもない。刑務所内にまだ隠れている可能性もある。しかし、不在がわかってからずっと探し回っても、奴の姿は見当たらないらしい。」
謙が収監されていた刑務所は一時収監に利用されるほどの小さな刑務所であり、何時間も隠れていられるほどの場所でもなかった。
黒崎は大きく息を吸い込み、そして吐く。
「…となると考えられるとすればこれ1つ。……警察内部に、ヤツの脱獄を助長したものがいる。」---------------
会議終了後、署内はザワザワとした雰囲気に覆われていた。
今隣にいる同僚が殺人犯の仲間かもしれないと考えると仕事に手がつかない、そんな不安に警察官たちはかられていた。
高槻も同じような感情を抱いていたが、迷惑をかけた上司への謝罪を最優先としていた。
「四宮さん、今回の件は本当に…」
「もうそれは気にするな、終わったことだ。それより、どう思う、利光謙の脱獄。」
「突然のこと過ぎて、正直何の考えも思い浮かびません…。広瀬たちの捜査にも忙しいのに…。」
「警察内部に反逆者がいるとはな……。」
腕を抱え考えると2人のもとに、門宮が寄ってきた。
「四宮さん、高槻くん、ちょっと今いいですか?」
「門宮、あの検査が終わったのか?」
「いえ、意外と時間がかかりそうで。それとは別に少し面白いことがわかったので、報告しようと。」
いつになく真面目な顔つきの門宮の目は、梅干しのようにしおれている。
「門宮さん、少し休んだ方が…」
「休んでられないよ、さあ、こっちきてください。」
せっせと2人を急かして、部屋に招き入れる。
-----「広瀬杜一が事件の犯人とわかってから、彼のことを調べていると、少し気になってたことがあったんです。」
気になったことって?四宮が問う。
「四宮さん、『ハーネス事件』を覚えていますか?」
聞いたことない名前が耳に入ってきた。経験の浅い高槻には仕方ないこととも言える。
「『ハーネス事件』、15年前のか?」
「すみません、『ハーネス事件』って何なんですか?」
話についていけそうになかった高槻は、つい口を挟む。
「ああごめん、高槻くんは知らないんだね。っと、これを見て。」
門宮が見せたパソコンの画面には、1人の女性の写真とそれに連なる長文が並んでいる。
「『ハーネス事件』は、15年前に起きた不法医薬品事件。20年前、科学者の隠田茅子が、脳死患者を救うことができると言われる『ハーネス』という薬剤を生み出したことから始まる。」
画面を動かし、その医薬品の写真が映し出される。
「彼女は自分の息子を救うためにそれを作り出した。でも、それに含まれるエデノイドと呼ばれる成分には、当時国の認可が下りていなかったんだ。」
初めて耳に聞く成分の名前で、麻薬か何かかと最初は思った。
「何で認可が下りていなかったんですか…?」
「直接的刺激で脳を再起動させ、脳死から救うというものだったんだけど、エデノイドは過剰に脳を刺激し、脊髄にまで影響を及ぼす可能性もあって、感覚神経に異常をきたすと言われていたんだ。」
「異常、ですか…。」
「たとえば、味覚が感じられなくなったり、嗅覚が異常に発達してしまったり。」
門宮の話を聞いていると、自分が本当に警察官なのかがわからなくなってくる、それほど理解に苦しむ難しい話だった。
「結局それが露わになって。5年の懲役刑だった。」
「それと広瀬杜一にどう関係が?」
思ったことを口に出す。隣では四宮が視線を下に落としていた。
「晴れて出所したんだけど、彼女はもう一度ハーネスを使うことになる。その経緯は詳しくはわかることはなかったんだけど…。」
四宮と同じように、門宮も下を向いていく。
口を開いたのは四宮だった。
「ハーネスの再使用がまた明らかになり、隠田は警察から追われ始める。そして逃亡中、彼女は警察の手で射殺される…。」
以前似たような話を四宮から聞いた、ふと高槻は思い出した。
ついで門宮が話し出す。
「僕も四宮さんも被験者の名前を聞かせてもらえなかったんだ。でもこの前警視庁に行った時黒崎さんに資料室に入れてもらってね。調べた結果、その時の被験者こそが、広瀬杜一、彼だった。」
複雑を極める内容が耳に入ってくる。しかし高槻には、引っかかる点が1つ。
「広瀬杜一の経歴を調べた時は、そんなこと1つも書かれていませんでした。いったいなんで?」
門宮は再びパソコンをいじり出す。エンターキーの押し方が何気にかっこいい。
「これ、四宮さんも見てください。広瀬創治が政界で名を馳せ始めたのが17年前、可能性があるとすれば…。」
「広瀬創治が事実を揉み消したってことか?」
驚愕の様子で四宮が首を突っ込む。門宮は無言で頷いた。
-----「高槻、広瀬の家の住所はわかるか?」
「は、はい。」
「黒崎さんに伝えろ、広瀬創治の事情聴衆に行くと。」




