XIV
蒼の死から1週間が経った。
Y県を脱出した杜一たちは水曽町に戻り、事件があった現場を次々に訪ねていた。
日中はもちろん警察が警備をしているため散策ができない、人気のない深夜を狙って現場に訪れていた。
「ダメだ、ここにも何にもない。」
萊輝がもの惜しそうにそう言った。
彼らは今、4番目の事件現場である草野駅に訪れていた。
そこのところはさすが警察といったとこだろうか、事件の鍵となりそうなものや跡は何1つ残されていない、調査のため持ち帰ったのだろう。
思ったように成果を得られずにいた彼らは、その徒労にイライラを重ねていた。
駅周辺の街灯の光を頼りに足元を見つめる。あるのはただの粒石ばかり。雑草も見える。
「杜一、ここもこれ以上探っても何にも出なさそうだから。そろそろ戻ろう…。」
益弥はライトを顔面で受けながらそう言った。
「…うんわかった。」
杜一の返事はあどけなかった。
以前までは平和に歩いていたはずの道を、今は世間の敵として恐る恐る歩いている、その違和感が彼らの頭の中を巡っていた。
いつもの金木犀の香りも、いつものコオロギの鳴き声も、いつもの山に囲まれたこの土地も、『いつも』ではない奇妙さを放っていた。
月は絵に描いたような三日月型をしていた。三日月に寝転がりたい。子供の頃抱いていた無謀な夢が自然と蘇ってきた。
しばらく歩くと、掘っ建て小屋のようなボロ屋が見えてきた。
水曽町に戻ってきてから、活動拠点にできそうな場所を探し続け、結果見つかったのがこの小屋であった。
長年人の手が通っていないような外観で、少しの揺れが起きても、一瞬で崩れてしまいそうな。強度的には砂の城同然のようだった。
かつての『本部』とは対極の存在だった。
その新しい本部で夜を明かす。周りに家屋など1つもなく、人の歩く姿も全く見えない土地だったゆえ、安心して眠りにつくことができていた。
日が昇っても、彼らはここで日がまた沈むのを待つほかなかった。
益弥は電波の繋がらない携帯を意味もなく眺め、萊輝は小屋にあった木材を片手に持って足踏みをしている。
「ごめん、ちょっと行きたいとこあるから。絶対戻ってくる。」
杜一が立ち上がり、薄暗い声で口にした。
「行くってどこへ?危な…」
萊輝の忠告も聞かず、どんよりとしたオーラを発しながら、杜一は本部を出ていった。
「萊輝、やっぱりあいつ、一昨日のこと…。」
「…だよな…。」
-----夜行性として4.5日活動していたため、久しぶりに浴びた日光は、なんだか懐かしい味を出していた。
明るい山中を歩き続けると、かつての本部が頭を出しているのが見えた。
いつも通りの目立ちたがり屋だ。
今となってはもう過去のこの環境の中で、一昨日耳に入った出来事を思い出した。
父であり、内閣総理大臣であった父創治が、首相退任、政界からの退却を発表した。
次男を失い、長男は連続殺人犯として現在も逃亡中。世間からの批判も受けてしまい、この結果に至った。
紛れもなく自分の責任であると自覚していた杜一は、そのことにまた新たな罪悪感を覚え、自分への嫌悪感を募らせていた。
物心ついた時には既に父は政治の世界で名を馳せていた。いつの日か父のようになりたいと思った時期もあった。
父への憧れもまた、過去のものになってしまっていた。
そんなことを考えているうちに、杜一は今自分が向かうとしていた場所を忘れてしまっていた。元から行く宛なく歩いていただけかもしれない。
陽の光が痛い、それから逃げるために、杜一は一本の木陰に身を寄せた。
背中をその高木に密着させる。背後にもう1人自分がいるようだった。
疲れが全身から吸い取られて行くのを感じる。今背を預けている木が、自分の最大の理解者であった。
「お前も苦労してるんだな…。」
伝わるはずのない言葉を伝えるように、柔和な表情でそう口にした。
自然と目が閉じそうになったその時だった。
「…広瀬くん??」
自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
以前は聞きたくてたまらなかったはずが、今は一番聞きたくない声だった。
「富田さん…。」
日光が照らし、そこに見えた姿は、かつては夢に見ていた『彼女』の姿だった。




