XIII
「いったいどういうことだ。」
黒崎の図太い声がなった。
またもや犯人に逃げられてしまった県警捜査一課は、Y県警の署に駐留し、次の作戦の思考を始めていた。
事実として、犯人の命を奪ってしまった高槻は、その罪悪感に見舞われていた。
いや、彼の頭を巡っていたのはそれだけではなかった。
小野蒼の死は、「何者」かによる殺害という形で報道された。
水曽町で多くの校長が被害を受け、総理大臣の息子まで殺されてしまっている、そんな状況下で警察による殺害が世間に知れ渡ると、権威失墜では済まないほどになる、それに対する黒崎の計らいだった。
「威嚇射撃は確かに許可した。養成学校で銃の撃ち方を習わなかったのか。狙うにしても普通は足だ-----。」
高く見下ろす黒崎を直視できず、高槻は下を向いたまま黙っていた。
黒崎の目が四宮の方へ向く。
「四宮、なぜ止めなかった。お前が止めていれば、こんなことにはならなかったはずだ。」
彼の目は眼球が飛び出たように四宮の見つめていた。
「私の責任であると、承知しています…。」
隣で頭を下げる上司を横目に、高槻は自分自身にさらなる嫌悪感を覚えた。
ふぅと大きく息を吐き、黒崎は椅子に座る。ドスンと、大きな音がした。
「…俺の到着が遅れたことにも非はある、ただ、当事者であるのはお前らだ。1週間、頭を冷やせ。」----------
短期間の謹慎の命を受け、途方に暮れた高槻は、自分の罪を再考し始めていた。
署内を出て、入り口前階段に腰掛ける。木には葉はもうほとんどついておらず、地面には落ち葉が散乱している。
風がいつもより冷たい。
前と比べて空を飛ぶ鳥も少なくなっている。罵声と思っていたカラスの声さえも、愛おしく感じる。
そんな自然の風景を眺めるのは、現実逃避のように思えてきた。
(俺は警察官、人を殺した人間にそんなこと語る権利…)
「おい、風邪引くぞ。」
缶コーヒーが手元に飛んできた。前を向くと四宮が歩いてきている。
「冥土の土産、だったか?」
冗談を言う彼に、面と向かって目を合わせることができなかった。
「四宮さん、すみません。俺のせいで四宮さんまで…。」
吐息混じりの薄い声で、高槻謝罪の言葉を述べた。
「気にするな。黒崎さんも言ってたろ、俺にだって責任はある。」
慰めるつもりでそう言うも、その後しばらくは沈黙が2人を覆った。
コーヒーの香りが蔓延し、ついでに湯気までも上がっている。高槻はそのコーヒーを未だ開けようとはしなかった。
「四宮さん、犯人たちはこれまで多くの命を奪ってきました。命に順番なんてない、それが正しいのなら、どんな場合であろうと彼らの命も尊重されるべきです…」
プルトップに手をかけ、やっとそのコーヒーを開ける。パカっという音が静かな雰囲気に響いた。
「俺はそんな命を奪った、『犯罪者』なんです。彼らはあれだけ咎められて、俺はその罪を世間には隠し、たった1週間で許されるなんて…。警察官として、彼らを追う権利、俺にあるんでしょうか。」
四宮は大きく息を吐く。白い息が空に消えた。
「…俺の上司に、お前と同じような方がいた。その人も自身の手で犯人の命を奪い、警察としての自分の存在意義に疑問を抱いていた。」
「その方、今は何を…?」
彼の目線が下を向いた。それに気づいた高槻は、ようやく上司の目を見ることができた。
「……自殺した。自分の罪に耐えきれず、彼は自分でその命を絶ったんだ。」
ここまで重い話をされると思わなかった高槻は、少々驚いた表情をしていた。
「自殺の前、俺が彼から聞いた最後の言葉、なんだかわかるか。」
考えようとするも何も思い浮かばない部下は閉口し、上司が自ら話すのを待った。
「『お前は誰も死なせるな。』彼はそう言っていた。俺はお前という新人を預かった、お前の成長を見届ける義務がある。お前の責任を連帯して負う義務がある。お前を死なせない義務がある。」
そう言った四宮は、恥ずかしそうに上を向きながら立ち上がった。
「2時間後、N県に戻るそうだ。そこから俺たちは謹慎に入るがな。」
ポケットに手を入れ、ヤンキーのごとく彼は署から離れていく。
「四宮さん、どこへ?」
「謹慎前の一働きだ。1週間家にこもる前に、動いとかないとな。」
彼の背中はいつもより雄々しく見えた。
警察としての使命を失いかけていた高槻は、上司の助言を受け、なんとかそれをとどめることができていた。
しかし、彼の頭を覆う罪悪感が消える気配はない。
(彼らのやっている行為は正しく「悪」だ。人を殺すなんて、どんな理由があってもあってはならない。)
(でも、警察という「善」の組織にいながら、俺は「悪」を犯した。今の自分の存在は、「善」か「悪」か。そして…)
「『正義』って、一体なんだ……。」
N県に戻ってきた。3日ぶりに見るいつもの署内は、なんだか落ち着く雰囲気が漂っていた。
一働きと言って出ていった四宮が、自殺するのではないかと内心心配していたが、普通に帰ってきた彼の様子を見て、高槻は少しばかり安心していた。
杖志摩はY県の調査をもう一度行うということで、帰ってはいなかった。
黒崎、四宮に一礼し、高槻は署を後にする。
「次ここに来るときは、自分の『正義』を見つけてこよう。」
そう胸に決心した彼がいた。
----------コンコン
「門宮、少しいいか。」
「四宮さん、聞きましたよ、高槻くん大丈夫なんですか。」
署を出る前に、四宮は鑑識のもとに向かっていた。
「ああ、あいつなら大丈夫だ。それより、調べて欲しいものがある。」
彼はポケットからポリ袋を取り出した。
「これは----------?」
その中入っていたもの、それは、形の違う2つの銃弾であった。




