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満足に寝ることができなかった杜一たち、颯爽とその場を走って逃げ切ることなんてもちろん不可能に近かった。
息が上がるに比例して、背後から聞こえる足音が大きくなるのを感じる。
「杜一このままじゃ…!」
蒼のかすれた声が聞こえきた。
こんな状況の打開策なんて今の杜一に思い浮かぶはずもない。ただ走る、それが究極の結論であった。
「------よせ!高槻!」
焦った様子の声が背中から聞こえる。しかし振り向くことはできない。ただ走る。葛藤が生まれる。
バン!
銃声が鳴り響いた。やまびこのせいだろうか、2度3度その銃声は聞こえた。
まるで耳元で飛行機が飛び立つようだった。
突然の出来事に杜一たちはつい立ち止まる。
ポタリと液体の垂れる音がする、隣からだろうか。
その方を恐る恐る向く。見えたのは膝から崩れ落ちる蒼の姿だった。
「蒼!」
顔が地面にぶつかる寸前で、萊輝は彼の胸を持ち上げた。
振り向くと、警察は足を止めている。放心してるのかどうか。若い方の手に銃が握られているのが見えた。
ドサッ、何かが落ちるような音がした。
そんなことに目もくれず、杜一は急いで彼を背負い、再び走り出した。
それから背後から足音が聞こえてくることはなかった。
なんとか、追いかけてくる警察を撒くことには成功した。しかしサイレンの音は鳴り止もうとしない。彼らの足も止まることはなかった。
金属の匂いが漂う、背中が濡れていくのも感じる。
薄くなる蒼の息を首元で感じながら、意味もなく大声で彼に呼びかけた。
「蒼!しっかりしろ!こんなところで死んじゃだめだろ!」
その声が彼に届いているのかはわからない、しかし何度も杜一は叫び続けた。
「…もりと、おろしてくれ…。」
「ふざけるな!萊輝、益弥!救急車呼んでくれ!」
益弥は少し驚いた表情をしていたが、萊輝は咄嗟に携帯を取り出し1・1・9と番号を押そうとする。寒さと走ることで生まれた震えがそれを邪魔していた。
「らいきやめろ、きゅうきゅうしゃなんかよんだらおまえたちまでつかまるだろ。ここでおれをおいていってくれ…。」
その言葉を受けた萊輝は少し躊躇の様子を見せた。それが人間の性なのかもしれなかった。
蒼の言葉はもはや8割が息だった。呂律も回っていない。
徐々に彼の体が冷たくなるのを感じる。
-------なんで、なんで、なんで。
杜一の足は自然と止まった。
「おいどうした杜一!このままじゃ蒼が…」
益弥の罵声を無視して、彼は背負う「荷」をおろした。
蒼は苦しそうにも笑みをこぼしている。胸のあたりは完全に赤色に染まっていた。
涙ぐみながら萊輝は杜一の肩を押す。そして、再び救急車を呼ぼうとする、しかしその行動を杜一が遮る、その携帯を奪い取った。
「!もり…。」
萊輝は途中で口を閉じた。杜一の横顔が見えたからだ。
パトカーのライトを見つけた時よりも、あたりは暗さを増していた。なぜだろうか、杜一にはその闇夜が朝焼けの空のように見えた。
血まみれの蒼の腕を強く握る。目をつぶった時、一粒の涙が杜一の頰をつたった。
「なんか夢叶った気がする、もりと、ありがとう…。」
意味のわからないことを口にしながら必死に笑う蒼の顔を、3人は目に焼き付けた。
覚悟ができていたのかもしれない。
「蒼、ごめん…。」
杜一が彼に最後にかけたのは、その一言だった。
次の日のニュースにて、蒼の死は以下のように報道された。
『その胸には一本のナイフ、水曽町校長殺人事件容疑者、何者かに殺害される。』




