受験-2
「リクト?今確かにリクトって言ったよな?」
「うそ、聞き間違いよ」
「いやでもリクト・ライオスって聞こえたんだがな」
「ああ、年齢的にもいてもおかしくないぞ」
今代の勇者の名がきっかけとなり、体育館内がざわつき始める。受験生達もその名は確かに聞いたが、まだ半信半疑でいた。しかし、次の一声で全員が確信する
「はい」
ざわついた会場にもよく通る声だった。その声は列の中央あたりであがり、やがて列が割れ始めた。
割れた列から出てきたのは金髪、金眼の美男子、今代の勇者、リクト・ライオスその人であった。齢にして14の時に選ばれた特別な属性である光魔法が発現。15の時に選定で勇者に選ばれる。
リクトの登場で会場は静まり返る。
それでもリクトは足を止めず、ゆっくりと試験官へと近づいていった。
やがて、試験官の前まで来て立ち止まる。
試験官は唖然といった感じでリクトを眺めていた。
「……先生」
一向に何も始まらない様を見て、リクトはすこし困った感じでそういう。
「あ、ああすみません。勇者がわざわざ受験に来るなど、かなり珍しいことだったから、つい」
勇者が受験。そんなもの、受かるに決まっている。やがて世界の命運をその背に背負う勇者の発言力はかなりの力を持つ。それこそ、王立だろうがなんだろうが、勇者が入りたいと言えば受験など受けずに入ることだって容易い。
「ああ、そのことですか。確かに頼めば顔パスで受かるって聞いたんですが、なんかズルしているような気がして。」
将来命をかけるというリスクを背負っている身で何を言う、と、試験官は思う。将来のそのリスクに比べたら、こんなすこしの優遇、大したことではない。
(まったく、真っ直ぐな子だ…。いや、だからこそ、勇者なのか)
「ああ、わかった。では切り替えて。受験形式はどうしますか?」
「まず魔法の方で。試験官の方々は俺に向かって様々な魔法を放ってください。」
「ほう、そんな大雑把な説明でいいんですか?」
「はい」
ふむ、と試験官は一度うなづくと、わかりましたと言って他の試験官を呼ぶ。
流石はプロというだけあり、試験官の動きは迅速だった。そして数分もしないうちにリクトは3人の試験官に囲まれる形となった。
「では、これからここにいる私たち試験官全員で君に魔法を放ちます。それで、君はどうするんですか?」
「それはまあ、見てもらったほうが早いかと」
数人の試験官はすこし首を傾けるが、すぐに元に戻す。
「……わかりました。私たちが放つのは全て第2階魔法です。といっても、私たちもこの道のプロ。いくら第2階といっても、威力は保証しますよ」
「よろしくお願いします」
リクトのその一言で、試験官はリクトに手を向ける。
そして
「では、いきますよ。ファイア」
「ウォーター」
「ウィンド」
3人同時に魔法を放った。
魔法は2+5の7属性となっており、それぞれの魔法に1〜10階といったランク付けがされている。例えば、先ほどレックスが扱っていたファイアーボールなんかは第4階魔法に位置する。そして、その第4階から魔法に殺傷能力が出てくる。以後、魔法難易度が上がるのに比例してこの数字も上がっていく。
そして、今しがた試験官が放った魔法はこのランクの第2階に当てはまる。これは、属性にもよるが殺傷能力がほぼないということを表す。本来、火属性のファイアは置いとくとして、水を浴びせるだけ、風を吹かせるだけの第2階魔法などそもそも攻撃力も持たないはずなのだが
「んだよあれ、まじに第2階魔法か?」
「俺今までウィンドとか、ただの涼しい風だと思ってたんだけど…」
受験生たちの言葉通り、試験官が放つそれは確かな攻撃力を持っていた。ファイアは平常運転で、リクトにむかってほのが伸びていくが、ウィンドとウォーターは別だった。
ウィンドは微風などをはなで笑うかのような、まるで空気が確かなもの質量を持ったかのような威力。その風の砲撃が周りの空気を押し除けながらリクトへと向かう。
ウォーターも動揺、本来の姿とは異なり、一直線に、かなりのスピードを出しながらリクトへ向かっていった。
そして、ここまでが試験官のターン。ここからはリクトのターンだった。
自分の真正面と左後ろと右後ろから割と洒落にならない威力の魔法が近づいてくる。実現できるかは置いといて、回避する方法ならあるにはある。しかし、これは魔法試験、何らかの形で魔法をアピールする必要がある。そう考えるとこの状況を打開する方法はかなり制限される。会場全体の期待と不安が入り交じる中、リクトが口を開く
「パージクロス」
まるで慌てた様子がなく、どこまでも落ち着いていた。自然体で放たれたその言葉を体現するかのように現れる光り輝く十字架が3つ。大きさは縦に30センチ、横に20センチといった具合。その十字架は試験官が放った魔法とちょうどぶつかる位置に高速で移動する。 数瞬後、その十字架と試験官が放った魔法がぶつかり合う。と、次の瞬間、輝いていた十字架がより一層その光を増し、ぶつかっていた魔法にもその光が届き始める。そして瞬く間に魔法すべてを包み込み、消し去った。後には僅かに目を見開いた試験官と、最初と変わらず落ち着いた様子のリクトの姿が目立った。
「こんな感じです。パージクロスは光属性の特徴、"浄化"の特性を生かした防御魔法です」
体育館が唖然とした空気に包まれる。
それは案に
---いくら防御魔法といってもこの性能はおかしすぎる……
という全員一致の考えを表していた。
魔法には、それぞれが持つテーマがある。
火ならば攻撃力。
水ならば制圧力。
風ならば機動力。
土ならば防御力。
氷ならば拘束力。
これが今ある主な5属性のテーマである。魔法によって相性はあるものの、基本的にこの関係が崩れることはない。戦闘で魔法を使うならば、この特徴が顕著に現れる。
ならば、光と闇は何を表すだろうか。
これは光と闇の属性保持者が極端に少ないが故に、まだまだはっきりとしない部分がある。が、今わかっている時点での主な特徴は、光が"浄化"であり、闇が"無化"である。
これが、光と闇が選ばれた属性と呼ばれる由縁。この2属性はその特徴が故、お互いを含めた全ての属性に対し弱点属性となりえる。
先ほどリクトが見せたパージクロスもいい例である。3属性に対し、たった1属性であの圧倒的な性能。これは光と闇でなければありえないことだ。故に選ばれた属性。故に最強。
テクニックなどの話以前に、光と闇と、その他の属性との間には埋め難い確かな差があった。
「……なるほど、これが選ばれた属性ですか……。リクト受験生、お疲れ様でした。魔法試験はこれにて終了です。あとはあちらで身体能力調査を行なって終了となります」
「ありがとうございました」
リクトはペコリとお辞儀し、その場を後にする。
(やれやれ。評価はS。レックス君も相当だが、やはり今代の勇者は桁外れだな。本当に可哀想なのは、この後にやる生徒になってしまった)
ちょうど名簿のページが終わっており、次の受験生を呼ぶために試験官は名簿のページをめくる。体育館は未だに静まったまま。大半の生徒が次自分が呼ばれることを危惧して、そうならぬようにと神に祈っていた。
(空気も空気だし、さっさと名前を読んでしまおう。)
名簿の1番上にあった名前。その名を確認し試験官は口を開く。
「次、アッシュ・バレンティール君」
「はい」
静かな返事だった。その落ち着き用は、先ほどの勇者を思わせるようで、しかし圧倒的に違うものがあった。言わばその返事には、覇気がない。落ち着きはあるが、逆にいうと落ち着きしかない。
試験官の前に1人の生徒が出てくる。
「君が、アッシュくーーっ!」
ふと、試験官が顔を上げ、アッシュのことを呼ぼうとする、、、が、そっから先の言葉が出てこなかった。
別に言葉が詰まったとか、つっかえてしまったとかではない。原因はアッシュの"目"にあった。
その目は、例えるならば決して波紋が広がらない、黒の湖のようだった。
ひどく落ち着いていて、それでいて何かを恨んでいるようで、達観しているようで……絶望しているようだった。
試験官は、下手をすれば果たしない闇へと引きずり込んでしまいそうなその目と、年端のいかない子供の、あまりにも似合わないそんな表情に気圧されたのだ。
(私もこの職についてながいが故、それなりに多くの子供とも触れ合ってきた。中にはやはり、なんらかの悩みを抱えた子達もいたが、この少年はその比ではない。この少年が抱えているのは、悩みなんてチャチなものではなく、、"闇"そのものだ)
試験官はそこでやっと自分が硬直して少し時間が経っていたことに気づく。仕切りなおすために咳払いをし、姿勢を正してもう一度アッシュを見据えた。
「失礼しました。アッシュ君で間違いないですね?」
「はい」
慣れてきたのか、試験官は目を合わせても落ち着いた対応で話す。試験官からみたアッシュという少年は、大した美形であった。黒髪、黒目で容姿は先ほどの勇者ともタメを張るほど整っている。
そこまで考えて、試験官はあることを思う。
まるで……勇者の対比だ…
それは、直感に等しいものだった。試験官自身なぜそんなことを思ったのかわからない。しかし本能が告げていた。
まだ対比と思わせる要素は髪と目だけ。金髪と黒髪。全てを照らすような金眼と全てを飲み込みそうな黒目。仮にもこれでは対比と呼ぶには不十分すぎるのだが、
(やはり、そう思わずにはいられない)
「それで、君は受験方法はどうしますか」
今の一瞬の思考を全く読み取らせない態度で、試験官はそう聞く。
「実戦形式で、お願いします」
アッシュがそう言った瞬間、確実に体育館内に動揺が広がった。
試験官もまた、表には出さないものの心の中で多少の波が立った。
実戦形式型試験。王立シルフォード学園では、己の最大の利点を持ってして、魔法的、身体的な実力において試験する。これは、試験内容が"魔法"と"身体"に収まってはいるものの、その実自由と変わりなかった。そして、その試験の両方を手っ取り早く終わらせてしまう方法が実戦形式型試験。その名の通り試験官と模擬戦をし、その時の評価で合否を決めるというもの。形式的にはこれか1番手っ取り早いのだが、ほとんどの生徒はこれをしない。理由は明白、魔法を使った戦闘など、彼等には未知の領域だからだ。そもそも魔法で戦闘などというものは、学園に入ってから教師達にコツコツと教わっていくものである。いくら魔法が使えると言ってもその道の人からみればまだまだ穴だらけ。そんな、言ってしまえばお粗末な魔法を使い、手加減してくれるとはいえプロを相手にするなど、正気の沙汰ではない。
現に、魔法力は十分、身体能力も上々だが実戦形式を希望し、上手く力が出せずに落ちたという生徒も毎年何人かいる。
(さて、彼はどちら側だろうか…)
「わかりました。相手への属性希望などはありますか?」
「特にないです」
受け答えからするに暗い性格というわけではないようだ。ただ、無機質。試験官は今までの会話からそうそう感じ取った。
(実戦形式は属性希望がなければどの試験官がテストしてもいい。ふむ、少し興味がわいた)
試験官は座っていた椅子から立ち、持っていた名簿を置いた。
「でしたら、私が相手を「待ってください」」
試験官に被せるように発せられた言葉。必然的に大半の人間がその言葉の発生源である体育館の扉の方を見る。
そこには。黒髪で、歳も20代というほど若い男、ファンがいた
「ファン先生。」
試験官がファンの名前を呼ぶと、ファンは試験官の方に向かって歩き出す。
自然と全員が道を開ける。
数十秒もしないうちにファンは試験官の前までくる。
「ケリー先生。その子の試験相手、私にやらせてください」
そして頭を下げてそう言った。
「……わかりました。いいでしょう。しかし、何故です?その子とは何かあるんですか?」
ケリーと呼ばれた試験官は冷静に対処したものの、内心では割と驚嘆していた。ファンは気まぐれでこういうことをする人間ではないと知っていたからだ。ファンは真面目で、頼まれた仕事は常に完璧にこなし、わがままらしいことを言ったこともなかった。
すこし若者っぽくないと思ったこともある。
そんな彼が、何故そんなことを言ったのか気になったが故の質問だった。
ファンはすこし微妙な顔をして、ケリーにしか聞こえない声で話し始めた。
「ケリー先生も気がついたでしょう。あの少年のあの目は、他の子と比べても異質です。きっと何かを、とんでもない何かを経験してきたと思うんです。私はそんな彼のことをすこしでも知りたい。模擬戦で拳を合わせることにより、すこしでもわかることがあるかもしれない。故にテストチェックも早々に切り上げてきました」
「なるほど」
ファンの意見はケリーにも十分に理解できた。事実、自分も模擬戦を通して彼を理解したいとおもった。
(ここは、ファン先生に任せてみるか)
「では、ファン先生、お願いできますか?」
ケリーは優しい笑顔でそう言った。
「はい!」
言われたファンも満面の笑みを浮かべて答えた。
「実戦形式型試験の試験官を務めさせていただきます、ファンです。というか、先程も名乗りましたね。」
向かい合うファンとアッシュ。
「アッシュです」
(アッシュ!?彼が…)
アッシュという名を聞いて思い出すのは先程のペーパーテスト。
(これは、侮っているとやられるのは僕の方かもしれない…)
「では、お互い準備はいいですね」
頃合いと悟ったのかケリーが声を上げる。瞬間、アッシュとファンはお互いに身構える。
「はじめ!!」
始まりの合図と同時に魔法を詠唱する声が聞こえた。