受験
王立シルフォード学園
その名の通り国によって建てられた学校である。主に魔法を中心とした勉学を主体としており、実技、筆記と両方の実力が問われる。
シルフォード学園は3年制であり、毎年3月に3年生が卒業し、4月に新入生が入ってくる。
年齢は特に指定はない、が、やはりセオリーというものがあるのかほとんどが16歳である。
シルフォード学園の入試は筆記と実技の2つ能力を示す必要がある。
筆記は魔法について16歳までが知っているような一般的な内容から発展まで。
実技はこれといって決まった形がなく、"己の能力を示せ"というあやふやな内容である。
そして、今は4月。シルフォード学園の前はたくさんの生徒で埋め尽くされていた。
「えー、番号順に並んで、指名された場所に向かってください」
スーツ姿の男がそう言う。生徒には全員に番号札が配られており、生徒たちはその番号が書いてある教室へと向かう。そして、生徒たちを3組に分け、そのクラスで筆記試験を行う。
生徒たちがバラバラと移動し始める。
「えー、試験官のファンです。皆さん宜しく。わかっているとは思いますが説明させていただきます。まず、これから歴史、言語、魔法学の3つを受けてもらいます。試験は1つ50分、休憩10分。そして3時間後、魔法学試験終了後、体育館へ移動してください。そこで実技をおこなっていただきます。」
ぱっと見25歳ほどの黒髪の男…ファンはそれだけ言うと、ペコッと頭を下げてプリントを配り始めた。魔法学に関する歴史のテストだ。
「ではみなさん。頑張ってください」
全員が一斉にペンを走らせ始めた
「では、そこまで!」
3つ目の試験終了の合図が静まり返った教室に響く。
「テストは机の上に置いたままで構いません。このまま案内の先生の指示に従って体育館に移動してください」
ファンがそう言うと受験生達はゾロゾロと教室を出て行った。
(………ん?)
受験生が教室を出て行く最中、1人の人物がファンの目にとまった。
ーーーあまりにも、暗い目をしていた。
(なんの事情があったのかは知らない。しかし、君ほどの年齢の子がそんな目をするなんて、悲しいことだよ)
しかしファンは呼び止めるようなことはせず、ゆっくりと遠ざかっていくその背を見ていた。
「…………っし、テストさっさと集めて採点しちゃおう」
ファンがそう言いながら手当たり次第にテストを取っていく。その過程でテストのできもチェックしていた。
「ファン先生」
集め始めてすぐ、扉の方からそんな声がかかった。
「おや、フット先生。どうしたのですか?」
ファンが振り返ると、そこにはファンと同じくらいの年齢の見た目をした、これまた黒髪の男性が立っていた。
「いやなに、暇だったのでね、手伝いにとでも思いまして。」
フットはそう言うと教室に入り、列ごとにテストを回収していく。
「ありがとうございます。助かります。」
ファンは少し頭を下げ、自分もテスト回収に集中した。
「これは………」
すこし経ち、もうそろそろ全て回収し終わるというところで、フットがある机の前でその手を止めた。
「?どうしましたフット先生」
気になったファンはフットのもとへ行く
「いえ……この子のテスト、一見間違いが見つからないんですよ」
「…どれどれ」
フットが興味深そうに見るそれを、ファンも覗き込む。
「本当だ…。」
シルフォード学園のテストはそもそも満点を取れるようには作られていない。これはもちろん意地悪などではなく、ちゃんとした意図がある。
例えばあるテストで100点を取れる子と120点を取れる子がいたとする。能力的には明らかに120点の方が上だが、肝心のテストが100点が満点ではこの2人は同列に扱われてしまう。
つまり、シルフォード学園では、その者の限界の能力を知りたいのだ。故に8割方はちゃんと勉強していれば解ける問題。この分がしっかり取れていれば記述試験はなんの問題もない。そして残りの1割で実力者と凡夫をふるいにかける応用問題。最後の1割は解かれることを想定していない、いわば限界の問題………
なのだが、ファンとフットが眺めるそのテストはもちろん全ての解答欄が埋まっていた。
「ファン先生、これ最上発展問題ですよね。俺は解けないのでわかりませんが、ファン先生から見て、あってそうですか?」
「ふむ…」
ファンはもう一度食い入るように見る。
「………まだ短い教員人生ですが、たまーに、本当にたまーにこういう子を見ます。」
「それはつまり」
「はい、非の打ち所がないくらい完璧な答えですよ、これは。」
「…なんと」
ファンの答えにフットは目を見開く。教員である自分ですら解けない問題を、たかだか学生が解いてしまったのだ。驚かないはずがない。
ファンはもう一度テストに目をやる
「名前は………。なるほど、覚えました。実技も頑張ってほしいものです」
名前の欄に書かれたその名を見て、ファンはそう呟いた。
_________
「では次の人、お願いします」
ファン達がテストを拝見している頃、体育館ではすでに実技試験が行われていた。
実技試験の内容は簡単に言うと魔法と身体能力を示すのみ。
示し方にはこれといった決まりはない。というのも、試験官への自分の能力のアピールの仕方は個人で決めていいのだ。
例えば試験方法が対人戦だったとすると、試験官は相手の思考能力や戦闘技術がわかる。
これは攻撃魔法を使う者にとってはやりやすい試験方法だ。
しかし、回復魔法専門の受験生がいた場合、この試験は全く意味がない。
故に、試験方法は自由。対人でもいいし、人形を使った魔法威力の証明でもいいし、傷ついている人を癒す回復魔法のアピールでもいい。
もちろんこのやり方では試験官の負担が半端ないのだが、そこは王立の公務員。全ての生徒の要望に完璧に答えるという離れ業をやってのけていた。
「次、レックス・ランバート君。」
「はい」
レックスと呼ばれた少年が列から出て、試験官のもとへと歩いていく
「では、最初は魔法から見せていただきます。受験方法は?」
「的に魔法を打ちます」
「わかりました」
試験官は横にいた別の試験官のほうをチラッと見る。横の試験官も無言で頷きすぐどっかへ行ったかと思うとすぐに戻ってきた。手には等身大の人形が抱えられている。
「レックス君にはこの人形に向かって魔法を打っていただきます。距離はどこからやりますか」
「ここでいいです」
レックスは人形から10メートルほど離れてそう言った。試験官はすぐに人形を床に固定して離れる。
「では、好きなタイミングで始めてください」
レックスはそう言われて集中を高めていく。
「ふー……」
一度深呼吸をしてから、レックスは手を広げた
「ファイアーボール」
レックスがそう言った瞬間、レックスの僅か後方に3つの火の玉が浮かぶ
「…ふむ、火適性ですか。」
ファイアーボールは難易度的にはそれほど難しくない。16にもなっていればできていても不思議ではない魔法だ。3つになってもそれは変わらない。ただし、3つ同時に操るのならば難易度はぐっと上がる。魔法操作が難しいからだ。
試験官はそれを見てもまだ興味深げに見る程度だが、次の瞬間その顔は驚きにそまる。
「形態変化」
レックスの後ろに浮かぶ火の玉が、先端の尖った杭のような形に変化した。
「形態変化ですか!」
「……いけ」
レックスがそう言った瞬間後ろの火の杭が散らばり、別々の方向から人形に襲いかかり、少しの時間差をおきながら人形の胸を貫いた。そして追い討ちとばかりに貫いた穴から炎が上がる。
「なるほど、素晴らしいですね」
試験官は静かに拍手をする。
「は、はい…」
しかし拍手を送られたレックスは汗だくで、それどころではないといった感じだった。
ファイアボールを形態変化させたうえ、それを別々に動かしたのだから、レックスの負担は相当なものだろう。
「………レックス君の身体能力調査は後に回そう。レックス君、少し休みなさい」
「は……はいっす……」
レックスはヨロヨロと退出して行った。
試験官はその後ろ姿を見届けたあと、手元にある紙を見下ろした。
(評価は……Aといったところだろう。この歳でここまでの魔法操作を行ってみせるとは……次やる子がすこし気の毒だな…)
実際ただのファイアーボールで評価Aをもぎ取ることは難しい。そう考えると、やはりレックスは優秀だった。
(ふむ、まあ、そうも言ってられないな。さっさと次へ行こう)
試験官は次の受験生に多少の同情を覚えながらも、名簿を見る。
そして…固まった…
(そんな……本物か?本物だとして何故こんなところに……。いや、確かに年齢で考えると今年でもう16だ…。となると、ここに入ってくるのは必然なのか?)
「先生?」
他の試験官が不思議そうに呼んだ。その声で試験官はハッと意識を戻す
「あ、ああ。すみません。えーでは、次、リクト・ライオス君」
『!?』
試験官がその名を口にした瞬間、体育館内に衝撃が走った。そう、知らない訳はない。その名は、選定により選ばれた今代の勇者のものだったのだから。